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第六十四話 怒りの追跡

 怒りというものは視野を狭める。

 いつもならすぐに気づけることに気づけない。


 ワイルズが言ってくれなかったら闇雲に探し回って、

 さらに時間を無駄にしていた。


「アレポだ。オトと一緒にいたはずだ。

さっきのでかい声のやつ、あれでアレポを呼んでみろ」


「聞こえるの?」


「あいつはキツネみたいな耳してるだろ?

呼んだら不思議とどこからでも帰ってくるやつなんだ」


「本当に犬? ちょっと怪しくなってきたなあ」


 でも今はアレポにすがるしかない。

 顎が痺れるくらいの『拡声』、やってやる。


 よし、いくよー……


「アァーレェーポォォーーーー‼」


 周囲が静まり返るくらいの大音量。やればできるもんだ。


 音が消えてった空を見上げてると、長く引き伸ばされた一音が

 降ってくるみたいに返ってくる。


 犬の遠吠え。


 連鎖しながらこっちに近づいてくる。


「聞こえたか? アレポの合図だ」


「うん、遠吠えは向こうのほうから近づいてきた」


 私が指さしたほうを見て、ワイルズが舌打ちする。


「議事堂のほうじゃねえか。混乱に乗じてってやつか」


「私が行く。ワイルズは他の人が戻ってくるのを待って、

できるだけ広範囲を捜索して。相手が魔術を使ってるなら、

何があるかわからない」


 ワイルズが手を差し出すから、なんで急に握手? って思ったら、

 大振りのナイフだった。


 自分の身は自分で守るのが当然の時代。

 こういうときならなおさらね。


 鞘ごと受け取ったナイフをポーチにベルトで固定し、

 議事堂に向かって移動開始。


 くそっ、ほとんど帰ってきたときの道じゃない。

 もしかしたら近くにいたのかも……。


 自分の胸にナイフを突き立てろ。


 想像して、怒りを殺せ。


 放火で焼けた建物から立ち上る黒煙。

 大勢の怒号や悲鳴。


 散乱するのは破壊と暴力の痕跡。


 血を流して座り込んでいる人、倒れている人も、今は見ずに

 混乱の中心へ突き進む。


 昔はこんなこと考えられなかった。


 誰一人見捨てない、強い決意があった。


 おもちゃを振り回す子供みたいに魔法少女の力を振り回し、

 みんなを守れてると思ってた。


 わかってなかったんだ。


 『みんな』を守ることと『誰か』を守ることは両立しない。

 それで一度、私は魔法少女をやめた。力を失った。


 だから決めてたのにな。


 みんなでも誰かでもない、オトを守る私になるって。

 あのときの失敗は繰り返さないって。


「宗ちゃん……どうか、オトを守って」


 無意識に走りそうになる自分を抑えないといけない。


 自分が走り回るんじゃなく、走り回ってる人たちの動きを追え。


 オトをさらった何者かが、どのルートを取るか思考を追え。


 ルート上に、壁際でうずくまる大きな人影を見つけたときには

 やっぱり駆け寄っちゃったけど。


「カザフ! どうしたの? どこか怪我してる?」


 歪めた顔を上げたカザフは明らかに私を警戒してる。

 わき腹を押さえて立ち上がり、傍らのこん棒に手を伸ばす。


 これは当たりかも。


「待って、あなたが見たのは私じゃない。オトを……

オトを見なかった? どっちへ行ったか教えて」


 息も荒いし、目がうつろだ。思ったより出血してる?

 意識が朦朧としてるなら私がわからないかも。


「……姐さんが坊ちゃんを連れてたんで、声をかけた。

危ないから家に戻れって。近づいたら刺されて……坊ちゃんが

泣き出して、引っ張って連れて行った……向こうへ」


 カザフの指した先。見覚えがある、どこへ行ったときだっけ?


 どうした?

 行けよ、なんで止まってるの私?


「行ってください、姐さん。俺は大丈夫です……」


 ああ、これを聞きたかったんだ。

 カザフならそう言うだろうって思って、待ったんだ。


 このまま行ったら、さすがに自分を許せない。


「あ、姐さん何を? 大丈夫です、ほっといてください」


「黙って。こんな傷に効果があるかわからないけど、治癒符を貼っとく。

あとはしっかり傷口を押さえて。圧迫止血よ」


「す、すみません、こんなときに」


「ごめんね、オトを連れて戻ってくるから」


 およそ二十秒のロスは走って取り返す。


 刺されたカザフのもとからいきなり全力疾走する女なんて、

 逃げたようにしか見えない。


「逃げたぞ! 追え、追え」


 ……そうなるよね。


 議事堂を守ってる傭兵なら精神に作用する魔術は防衛済み。


 そもそもこんな混乱した状況では、他の感情が激しすぎて

 多少の精神への干渉なんて受け付けない。


 手のひらに綴った術式を全身に広げていく感覚。


 あとが怖いけどやるしかない。


 魔術がダメなら物理で振り切る。


 身体能力を強化するような魔術は苦手、というかできない。

 けど、筋力を強化する方法はシンプルな増強以外にもあるのです。


 『痛覚遮断』


 これで身体を痛めかねない無理な使い方ができる。

 一時的な火事場のバカ力状態。


 やりすぎると筋や腱の断裂を招く危険な魔術だけど、

 放浪生活で鍛えられた自分の身体を信じよう。


 うおお、風が気持ちい。


 急にマッチョになった気がして、前方の傭兵が横に振った槍を

 片手で止められそう。


 でも、私の身体の耐久力はこれっぽっちも強くなってないから、

 片手で止めようものなら骨が折れる。


 スライディングで潜り抜け、もう一人の傭兵の肩に手を乗せて

 跳び箱の閉脚飛びで頭上を飛び越えた。


 あ~~今いったわ、腕の付け根がごりっていった。


 痛みはキャンセルできても、身体が発するエマージェンシーは

 痺れとなって駆け巡る。


 怖いけど、今はもっと怖いことがあるから名前を呼ぶね。


「オト‼」


 返事はないけど、聞こえる。

 ちょっと甲高くて情けないけど、必死に戦う勇者の声。


 アレポが吠えてる。


 捉えた。感知範囲圏内。


 暴徒がバリケードにしたのか、木箱が積まれた路地に入り、

 壁を蹴って一気に飛び越える。


 見えた!


 オトを抱えた偽クルス……似てるかあ?

 私、こんなに不細工かあ?


 その足にアレポが噛みついてて、怒った不細工な偽クルスが

 足を振り回して壁にアレポを叩きつける。


 それでもアレポは放さない。


 あんまり無茶しないで。アレポが傷ついたらオトが泣く。


「アレポ、離れて!」


 私の声に反応してアレポは飛びのくように離れる。

 よたついてる。骨? 内臓じゃないよね?


 アレポの献身は私に充分な時間を与えてくれた。


 オトを抱えたまま今の私から逃げきれる距離じゃない。

 相手もそれがわかったのか、迎撃態勢。


 ヘンだ……


 本人を前にして『参照』を解除しない?


 魔術師同士の戦いなら、使える魔力の総量が勝負を決めると

 言っても過言じゃない。


 私が魔術師だとわからない……はありえない。魔術師なら

 全身に張り巡らされた『痛覚遮断』に気づかないわけがない。


 ……それなら、このままいく。


 私の顔をした誘拐犯にナイフを突き出す。


 ネコ科動物みたいな鋭い踏み込みに誘拐犯は慌て、

 抱えていたオトを盾にした。


 怒りが変身の自動トリガーになってなくてよかった。


 オトは殺す気でナイフを突き出す私に本気で怯えてる。

 オトにこんな目で見られるなんて、頭がおかしくなりそう。


 ただ、誘拐犯が魔術師じゃないのは確実。


 左手と右手に持ってるものを数秒、入れ替えて見せるだけの魔術に、

 こうも簡単に引っかかる魔術師はいない。


 左手のナイフが消え、オトの腕を掴む。

 同時に右手に握った本物のナイフで誘拐犯の喉を突く。


 目の前で私の顔が恐怖に歪んでる。


 いい気味。いま私が一番殺してやりたいのは私自身だ。


 久しぶりに街に出て、知り合いができて浮かれて油断して、

 オトをさらわれた役立たず。


 このままオトを引っぱり合えば、誘拐犯は喉を貫かれる。

 オトを放して下がるしかない。


 そのタイミングでオトを誘拐犯から引き離せば……奪還成功。


 オトを抱きしめてあげたいけど、誘拐犯がバゼラートを抜いてる。


 バゼラート……3、40cmくらいの小剣。

 街で暴力を売り物にしてる連中が好んで使う。


 大振りの薙ぎ払い。


 余裕がない。少し乱暴だけど、オトを私の後方に放り出す。

 痛いだろうけど、我慢して。あとで何でも食べさせてあげる。


 首をナイフで守りながら前進し、肩でバゼラートを根元で受ける。

 速度が出る前なら棒で叩かれるのと同じ。


 こいつ、男だな。


 すかさず空いた手で拳を握って私のわき腹を殴ってきた。


 乱暴な男ってのは、女相手だとすぐ拳を握る。

 一発殴れば片が付くと思ってる。


 わき腹を殴られるくらい、今の私には軽すぎる罰。


 衝撃で内臓が悲鳴をあげる。

 唾と息を吐きながら、誘拐犯の髪を掴んで引き寄せる。


 女は拳を握らないの。ハグが大好きだから。


 引き寄せた誘拐犯の顔面に頭突き。


 陶器が割れるような感触。額が切れたかな?

 汗とは違うものが流れ出る。


 誘拐犯がのけ反る。


 私はナイフを逆手に持ち替え、相手の腕に沿って滑らせて

 手首を掻き切るようにバゼラートを絡めとる。


 男の野太い悲鳴。


 バゼラートが地面に落ち、親指が取れかかってる。


 私が不器用でよかったね。

 手首を切り落としてやるつもりだったよ。


 誘拐犯を壁に押し付けて、首筋にナイフを当てる。


「なぜオトを狙った? オトの何を知ってる?」


 我ながらひっどい声だ。

 背後でオトがギャン泣きするのも無理ないよ。


 これじゃあ、どっちが偽物なんだかわからないね。

読んでいただき、ありがとうございます。

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