第六十二話 摘発
足を怪我していて立てない患者を、サリアが助けに行こうと
するのを止めなくちゃいけなかった。
今、口出しすれば間違いなく拘束される。
あの無感情で黙々とした仕事ぶりには見覚えがあるんだ。
魔法少女のときに遭遇したテロ容疑の摘発。
一般市民に紛れるテロリストを見つけ出すために、
そこにいる全員をテロリストとして扱う。
子供でもだ。
だから必要になるのが感情の排除と思考の停止。
容赦なんて知らない。手順に含まれてないからね。
「フィニクス、これはどういうこと?
あの人たちは何をしてるの?」
施療院を捜索している騎士たちはフィニクスに気づいている。
でもお互いに何も言わずに無視。
これは、そうしろって言われてるな、オーロラに。
「感情は抑制されてても、無感情になることはできない?
だから外されたんでしょ」
「場所を変えよう。俺が見ていては彼らもやりにくい」
「やめ……させては、もらえないんですか?」
サリアの必死の懇願から、フィニクスは目を逸らす。
ほんと、嘘つけない人。
「サリアさん、フィニクスの旦那が困ってる。
フィニクスの旦那が黙ってるなら、こいつはたんに妖精騎士団の
横暴ってわけじゃない。信じてはもらえませんか?」
いつも早口のヒュッケがゆっくりと諭すように喋ってる。
サリアを理解してあげられるのは自分だけ。
そう信じさせるように、優しく包んで他の音を遮断する。
人はいろんな面を持ってるもんだ。
人の心を操るでもなく、そっと触れて一方向に動かす。
手の動きと言葉だけでね。
こういうのが魔術の源流なんじゃないかと私は思ってる。
「きょ、きょうはもも、もう帰り、たいです……」
吃音が戻ってきてる。
サリアにはショックが強かったみたい。
人を人として扱わない。外形呪詛でもないのに。
サリアには理由もなく迫害されているように見えるだろう。
外形呪詛のために父親にすら疎まれてきた彼女にとって、
迫害される『理由』のある彼女にとって、それは絶望だ。
「そうだね、だいぶ歩かせちゃったし、疲れたよね。
じゃあヒュッケ、悪いけど私たち、サリアを送っていくから」
サリアはうつむいて、ヒュッケの袖をつまんでいる。
怯えた子犬だね、これは。
フィニクスのほうを見ようともしない。
「あ~~、サリアさんは俺が送ってくよ。近いし、問題ない。
今日は楽しかったよ、またこういう日を作ろう」
「うん、それがいいかもね。サリア、またね」
サリアは口の中でもごもごとお礼のようなものを言った。
私のほうは見てくれるから、今日が楽しかったというのは
たぶん共有できてる……と思いたい。
だって並んで歩く二人の距離は今朝から比べたらだいぶ近い。
「それだけでも、今日という日に価値はあったよね」
「そう思いたいな」
「…………私がなんのこと言ってるかわかるの?」
「あの二人のことだろう? 男女のものかはわからないが、
互いに好意を持ち始めている」
「あれ? 正解だ」
「無感情にはなれないからな」
「さっきは言い過ぎた、ごめん。非難する気はなかったの」
「いや、先に言っておかなかった俺が悪い。クルスが知っていれば
作戦の範囲に近づいたりしなかっただろう」
私たちも施療院から離れ、どこに向かうというのでもなく歩いてる。
予定をぎゅうぎゅうに詰めた午後にぽっかり穴が空いた。
天気はユシフによくある太陽の掠れた晴れ。
気温は低めで隣にはまだ何か言いたげなフィニクス。
こんなふうに予定がふいになって不機嫌な私にマリは言ったっけ。
贈り物だよ……て。
さすが、中身も本物の魔法少女は言うことが違う。
「せっかくだし、次に行く予定だったとこに行かない?
……ってなんだよ、その靴の中に毒蛇でも発見したみたいな顔は」
「ヘンだ、クルスが優しい……」
「私はいつも優しいでしょ。オトみたいなこと言わないでよ。
どっちにしろ次は休憩がてらのんびりする予定だったの。
ティ・ニーリエ公園。ボート遊びなんかもできる、憩いの場よ」
「ボート……を、作るのか?」
「それの何が楽しいのよ? いや楽しい人はいるかもだけど。
乗るの! ボート漕いで遊ぶの……
ああ、こいつぜんぜんわかってない」
さっさと連れてって見せてあげよう。
ティ・ニーリエ公園は近年に整備された、アンセル自身が
発案したものとしては最後の事業。
よって市民にはアンセル統治の象徴としても親しまれる。
議会がティタニアの別名であるディアナ広場に改名しようとしたとき、
それはもう、すごい反発にあった。
当たり前ですよね。
なんでああいう人たちってそういうことわかんないんだろ。
「自分で漕いでるな。彼らは労働がしたいのか?」
「朴念仁の意見、いただきました」
「男女一組で乗る決まりでもあるのか?」
「カップルの定番ですので」
「俺たちも乗るのか?」
「この流れで平然とそれ言われると、逆に安心する」
「クルスを安心させられて嬉しい」
木陰に寝っ転がって、座ろうともしないフィニクスを
見上げながら話してると穏やかな気持ちになれる。
話しにくいことも、素直に話せる気がしてくる。
「さっきの施療院でのことだけど、あれは何をしてたの?」
「オーロラの指示だ。一つ一つ手がかりを探して捜索するより、
派手に、そして容赦なく摘発することで相手のほうを動かす」
「摘発するのは誰でもいいってわけだ。正規軍の発想じゃないね。
さすがは特務隊。……褒めてないよ」
「ノエルは反対した。俺は加減ができないから外された」
「珍しい。あなたたち三人はいつも同じ方向を向いてるって
思ってたんだけどな」
「そうでもない。ノエルは協会を優先するし、オーロラは俺に軍事的な
相談はしても、政治的な相談はしない」
「ということは今回は政治がらみだ」
「だろうな。ただ、本国から何か言われたかもしれない」
「本国っていうと……アガートラム?」
「グラヴィス邸ではオーロラが提唱した新体制の特務隊を失い、
現在、ユシフの治安は悪化の一途だ。失敗が重なったと、オーロラを
批判する声が出るのは避けられん」
「ふうん……アガートラムの当主様っていっても、
安泰ってわけじゃないのね」
グラヴィス邸の調査を議会が決定した、そのときから何かが始まってた、
なんて考えてしまうのは眠いから?
早起きしすぎたかな。
少しだけ目を閉じて、ボートの上で語らう恋人たちの声を
遠くに聞きながらぼんやりと……
草を踏む音。
風に乗って香る、焼けた砂のような匂い。
浅い眠りのときによぎる夢かと思って目を開けると、
すぐ目の前にフィニクスの顔。
赤ん坊のように遠慮なくまっすぐ見つめてくるターコイズの瞳。
心を写し取られそうで、怖くて目を逸らしても、
私はどこまでも大きい彼の影の中だ。
オトがよくつかんでいる編んだ髪。
いくつも垂れかかってくるそれを、
どれか一つでも掴んで引っ張れば、唇が触れる距離。
「お前が欲しい」
昔のこととかすごい勢いで頭の中を駆け巡るの、
あれなんて言ったっけ?
ダメ、出てこない。言語中枢死んでる。
頭も身体も自分のものじゃないみたいで、下が地面なのに
どこまでも沈んでいくみたいな感覚。
なるほど、落ちるって言うわけね。
でも私はもう十代の女の子じゃなくて、魔術師で。
意識の変性や身体の変調、感覚の変容を術式による
魔力のサイクルの中に取り込んで。
要するに自身を対象化することに慣れすぎた。
「い……きなり、何すんだてめえ!」
あとはまあ、こういうところは昔からダメだと思ってて、
ビックリすると爪が出る猫みたいにパンチが出る。
照れるにしたってもうちょっとかわいいリアクションが
あるだろうにねえ……。
こんなだから、昔っから彼氏の一人もできないんだよ。
読んでいただき、ありがとうございます。
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