第六十一話 ダブルデート
ヒュッケの胸ぐらを掴んじゃいそうな勢いだったけど、
せっかくの綺麗な服がしわになっちゃう。
思いとどまって手を引いて店の間の路地に連れて行く。
現場の指揮官がまるで作戦を理解していない。
致命的だよ。
緊急作戦会議だ、こっち来い、オラァ。
「なにやってんのよ、あんた。サリアほったらかして
フィニクスと遊んでる場合? あんたはそうでもないかもだけど、
サリアにとっては特別な日なんだよ?」
「おいおい、落ち着けって。こういうのはまず男同士、
女同士で場の空気を作るんだよ。んで、頃合いを見て二つの空気を
混ぜ合わせる。手順ってもんがあるだろうが」
「二人きりのつもりでって言ったでしょ。ただのダブルデートに
なってるじゃないのよ」
「違うのか?」
「ぜんぜんちゃうわ。私たちは護衛って言ったでしょ」
「いや、そういう建前なんだろ? ノエルに聞いたぜ、
お前、フィニクスといい感じなんじゃねえの?」
「はああ⁉ そんなわけないでしょう。何がどうなったら
そんな話になるのよ?」
「いやだってお前、フィニクスと一緒にいるときは顔が違う」
思わず自分の顔を触ってしまった。
違うよ? フィニクスのことそんな目で見たことないよ?
ないよね? オトがフィニクスといると嬉しそうだから……。
「おいあれ、大丈夫なのか、あのお嬢ちゃん」
振り向くと路地の入口から顔を半分だけ出したサリア。
なんかいつもと目が違くない?
ガラス質の皮膚が目に入っちゃったみたいに色が変わってない?
「ちょ、ちょっと待っててね、サリア。すぐ戻るから」
「仲いいです……よね、お二人。邪魔でしょうか?
わ、たしお邪魔なんでしょうか? 言ってくれればいいのに……
帰、え、えりますよ? 邪魔なんですよね?」
ヒュッケと二人して頭をぶんぶんと振った。
怖いよ。なにあのどす黒いオーラは?
嫉妬? サリアって結構、重い感じ?
ヒュッケは軽そうだからちょうどいいかな。
……うん、きっとそうだ。
三人で路地から戻って最初にしたのは、迷子になった
フィニクスを探すことだよね。
あの図体でどうしてすぐ見つからないの?
見つけたときには花いっぱい買わされてるし。
私もサリアも花まみれで目立ちまくり。
迷惑なんだけど怒る気にもなれないんだよね……
っていう感覚に覚えがあった。
「……謎が解けた気がする」
「そうか。実は俺もだ」
「へえ、フィニクスのはどんな謎?」
「ノエルやオーロラと一緒のときは迷わない。
あの二人は俺が迷わないようにしてくれていたんだな」
「いい友達だねえ」
「クルスの謎は?」
「う~ん? さっきヒュッケに言われたんだけどね、私はどうやら
フィニクスといるときは他の人のときと態度が違うみたいなの」
「そうなのか、だが気にする必要はない。俺を恐れるのは
概ね正常な反応だ」
「ああ、違う違う、怖くなんかないよ。むしろ逆。
さっきフィニクスを探してて思ったのよ、迷子になったオトを
探してるときと同じ気持ちだなって」
「俺はオトと同じか……」
「少なくとも、私の頭のどこかの部分はフィニクスにオトと
同じものを感じてる。そんな落ち込んだ顔しないでよ。
子供だって言ってるんじゃないの。何ていうかな、一緒にいるほうが、
一人でいるより自然なことって思えるような……」
「それならわかる」
「ほんと?」
「俺も同じものを感じている。たぶん」
「たぶんかよ~」
でもそのくらいがいい。
はっきり言葉にできないくらいがちょうどいい。
言葉にすると、途端に壊れてしまうものもあるから。
お昼は好きなもの買って食べ歩き。
サリアにはこういうののほうが新鮮かと思って。
ヒュッケはサリアにおいしいものをいろいろ教えてて、
サリアはそれを歴史的な文化遺産の話みたいに聞いてる。
確かに、徐々に距離が縮まってるね。
「手順……か。綿密に計画された分刻みのスケジュールよりも
効果的だなんて知らなかったな。
なんか私だけはりきっててバカみたいよね?」
「綿密な計画と変化に対応する柔軟性。この両立を作戦という」
「誰が言ったの?」
「オーロラだ」
「たまにはフィニクスの言葉が聞きたいなあ」
「俺は所有者が変わると以前の所有者の記憶がなくなる。
オーロラに所有されてから二年ほどの記憶からでは、
たいした言葉が出てこない」
「え? それじゃあ──」
ヒュッケとサリアが大声で笑いだして、私たちは
反射的に周囲を警戒する。
フィニクスの音への反応が私と同じレベル。
笑い声だろうとなんだろうと、目視で確認するまでは
そこに危険があると考える。
常識の通じない相手と戦ってきたから身に付いた感覚だ。
すごく役に立つよ、魔術のある世界なんかだと。
どうやらヒュッケが買ったピロシキみたいなのが、
もはやネタレベルでスパイシーだったってだけ。
二人とも舌を出して、見せあって、楽しそう。
「……今日みたいな日のことも、持ち主が変わると忘れちゃう?」
「全てだ。何も残らない」
「記憶を外部に保存するって方法もあるよ?」
「できない」
フィニクスは自分の頭を指先でつつく。
「頭の中にも術式が入ってる。ノエルによると、記憶や言語を
司る場所にだ。感情も抑制されている」
目眩がする。
フィニクスという人間を完全にモノとして扱ってる。
記憶と人格さえも、道具を制御するために最小限に抑えて。
ジョンソン・グラヴィスと何が違う?
フィニクスがオーロラを最優先で守ろうとするのも、
そう定められているだけでなく、今の自分を守ろうとしてるから?
だって持ち主が変わったら、今のフィニクスにっとては死と同じだ。
「俺のために怒るな」
フィニクスが私の肩にそっと手を置く。
「……でも、あなたにされてることは魔術師として最低の──」
「だとしてもだ。お前の怒りは静かで暗い。好きじゃない。
オトの前で笑うように、俺の前でも笑ってくれ。
それを覚えていられないのが寂しいと思うくらいには、感情がある」
すう……っと、ヒュッケとサリアの声が遠ざかる。
絶望が私の世界から音を遠ざける。
私には助けられない。
それがわかってしまう自分が嫌だ。
「あ……の、クルスさん、どうしました?」
サリアの心配そうな声に、とっさに笑顔を作れる自分もね。
ヒュッケが夜警をやってるときの目になってるけど、
小さく首を振って何もないって伝える。
「なんでもないよ。サリアが笑ってるのが嬉しくて泣きそうに
なってただけ。それ食べないならちょうだいよ」
「午後はどうすんだ? 午前の予定はだいぶトんじまったけど。
フィニクスの旦那のおかげでな」
「仕方ないと諦めてもらえると嬉しい」
「オトと同じことを言うな。午後の予定はね、観劇です。
最近、話題になってる『オティヌスの花嫁』。
今日、旧市街の野外劇場で公演するんだって」
「あ、キャスが観、に行ってました。興奮しすぎて感想が
何を言ってるのか……わからなかった」
「女は演劇が好きだねぇ。俺にはもう一つ面白さがわからんね。
フィニクスの旦那は……もう眠そうな顔してるぞ」
「評判もいいんだから、絶対おもしろいって。ちなみに、
あまあまの恋愛ものです。覚悟するように」
ドロッドロの近親相姦ものでした。
そういうシーンもガッツリあります。マジで脱ぎます。
コンプライアンス? まだ発明されてません。
でもあんな奥手なサリアでも、そういうので笑うんだよね。
物語として割り切れればOKなの?
権力批判とセットになってるっていうのもあるんだろうけど、
私は気まずい。フィニクスの顔見られない。
周りに気をつかって同じタイミングで笑ったりするのに忙しくて、
内容なんてほとんど頭に入ってこなかった。
「いや~~、思ったより面白かったじゃねえか。女装して王の娘に
近づくなんざ、執念だよなあ」
「自分のいも、とと知らずにね。ふふ、でも結末はあっけなかった」
「……楽しんでいただけたようで、嬉しいわ」
「俺には少し難しかったな。王は二人を許したのに、
なぜあの兄妹は王を殺したんだ?」
「そりゃ全部、王様が悪かったからね……」
なんて感想を言いあいながら……ていうかほぼ聞きながら、
旧市街をぶらぶらと歩いてたら、遭遇した。
小さな施療院──医は仁術、とか言ってそうな感じの──
を武装した男たちが取り囲んでいた。
患者が外に引きずり出され、犯罪者のように並べられる。
抵抗した治癒士はその場で拘束。
執拗に、手を切断した患者はいなかったかと詰問してる。
容赦なく、全員を容疑者として。
ちょっと信じられなかったな。
それをやってるのが、妖精騎士団だなんて。
読んでいただき、ありがとうございます。
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