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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
外伝『第0章』

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02 ゾンビ×魔封じ×脱出

 優しげな男の声だった。

 壊した壁から姿を現したのは青年と同じ白衣を着た若い男で、声に違わず優しい微笑を讃えていた。

 指先で、うねった黒髪を弄びながら中に入ってくると、男は青年の肩をぽんと叩いた。


「『魔族は生かして捕らえて実験に使え』。ここを管理しているブレダ司令官の命令だ。まさかとは思うが、あの方に盾突くつもりかい?」


「……っ、そのようなことは」


「うん。よろしい。──では」


 そこで言葉を切り、男は少女に冷たい視線を向ける。


「被検体297号。こちらに来なさい。仕事だ」


「仕事? なにをするの?」


「南の地での帝国との小競り合いにて、その力を示してもらう。司令官殿のお達しだ」


「! イヤ! 戦争なんかに手は貸さないよ!」


「手を貸すもなにも命令だ。お前に拒否権は無い」


 男がぱちんと指を弾く。

 壊れた壁の奥からわらわらと人が出てきた。


「あれは……」


 だらんと腕を垂らし、背中を丸めて佇む人々の顔には生気がない。


 しかも土気色の肌からは灰、だろうか? 


 細かい砂がこぼれるようにさらさらと、空気中に灰が流れて舞っている。

 ところどころむき出しになった皮膚からは白い骨が晒され、あまり長く見ていたいものではなかった。

 少女が息をのむ。


「みんな⁉」


「ふっ、会えて嬉しいか? 被検体297号。……まあ、この通り全員意識は無いがな」


『…………』


 うつろな目で少女を見つめる人たち。少女が険呑な表情で男に問いかけた。


「みんなになにをしたの?」


「なにもしていない。キミと同じ実験に使った奴らの末路さ。キミも見ているだろう? その石を埋め込むと、肉体が膨れ上がり、やがて自我を失うさまを。本来はその状態になった時点で廃棄処分するんだがね。まあ、再利用というやつさ」


 男が「行け」と命じると化物たちは私に襲いかかってきた。


「レイ所長! あのような死者を愚弄するような真似は倫理にもとる行いだと何度も!」


「倫理か。それを言えば我々の実験こそ倫理にもとると思うがな。それに、あれはまだ死んでいない。生きているではないか」


「…ッ!」


 青年が唇を噛む。

 どうでもいいが、かすかに漂うこのドブ臭い匂い。

 どうやらあの化物たちの口から漏れ出ている瘴気が原因だろう。


 ──瘴気。


 ぱっとみ黒い霧のようなものだが、赤の民にとっては有毒だ。

 しかし隣の少女は平然としている。

 きのう毒を無効化する加護を持っているとか言っていたから、彼女にはさほど関係ないのかもしれない。


 私はローブで口元を覆い、敵の数を数えた。


(多いな)


 魔法で一気に蹴散らすことは出来るが、おそらく壁の向こうにもまだ控えているのだろう。

 まともに相手をすれば体力を消耗する。

 私はただちに撤退することにした。


「竜神殺しの剣は我が手に戻った。もうここには用はない。撤退する」


「この状況からどうやって逃げるつもりだい?」


「こうする」


 水路に向かって手をかざす。

 たちまち濃霧が室内を覆う。

 すべてのものを白く染め上げる中、私は駆け出し、来た道を引き返す。

 ばたばたと廊下を走り、そして考える。


おさには白の民に見られるなと命じられている……。こうなったら、この施設ごと燃やしてしまうのが効率いいか」


「ええ⁉ そんなことしたら森にまで被害が出るよ⁉」


 ……何かついてきている。

 首だけ顧みると、少女が追ってきていた。


「……なぜいる」


「わたしも一緒に行く! 連れてって!」


「却下。足止まといだ。さっさと奴らのところに帰れ」


「部屋まで案内してあげたでしょ! それに捕らわれてる同胞を助けようって気にならないの⁉」


「ならない」


「むぅ! じゃあ、いいよ。勝手についていくから!」


 というわけで、ともにここから脱出する羽目になった。

 出入り口はさきほどいた部屋から最も遠い場所にある。

 施設への侵入時に殺した幾十人もの白の民の亡骸。

 それを飛び越え、私は廊下を疾駆する。

 しばらく走ると、出入り口が見えてきた。


 あとはこのまま外に出て施設に火を放ち、ベルルークと合流したら任務完了だ。

 その後はまた、いままで通り剣の守り人としてベル湖の湖島にこもるだけ。

 案外簡単な任務だったな、と私が小さく息をついているとうしろを走る少女が歓喜の声をあげた。


「やった、出口!」


 しかしすぐに悲鳴に塗り変わる。


「きゃあ⁉」


「⁉」


 刹那、私の視界を白い光線が覆った。

 急いで立ち止まる。

 うしろへ振り向くと、やはり白い光線の向こうに、男に腕を絡めとられた少女の姿があった。


「──」


「おっと、魔法なら使えないぞ?」


 杖を向ける私に紫色の水晶を見せる男。

 ひし形の、手のひらサイズの鉱石だ。


「魔封じの石だ。いかな魔族とて、これを前に魔法は使えまい」


「魔封じの石……」


 魔力を持たない白の民どもが、対魔族用に開発した鉱石で、大気中に漂う魔力そのものを霧散させる効果がある。

 つまり、魔力の塊である魔法も、対象者に届く前に消滅してしまうのだ。


「なるほど。どおりで発動したはずの魔法がかき消えたというわけだ」


「ふ、はははははは!」


 男は哄笑すると、壁に付いた光る板みたいなものを指で撫でた。

 私の右隣の壁が、シャッと開く。出てきたのは例の化物たちだった。

 少女が叫ぶ。


「ひゃあ! はやく逃げて逃げて!」


「無理だ。石が私の手にある限り、あの少年は化物どものエサになって終わりさ」


『ウガァアアア!』


 両腕を振り上げ、化物どもが私に襲いかかる。


「……」


 姿勢を低くして私は杖を真横に振るった。


「──なにぃ⁉」


 驚愕に目を剥く男。

 少女の間抜けた顔。

 なにをそんなに驚いているのか? 

 杖の先端についた刃で化物を一掃すると、私は短く息をついた。


「我らが魔法しか使わぬとでも思ったか? このように武器の扱いにも長けている」


「……ぐ、やるではないか。まさか槍術が得意とはな」


 男はひくりと喉を鳴らし、賞賛の言葉を吐くと、少女を放り投げ、服の下から妙な銃を抜き取った。


 銀白色の筒。

 その表面には青い文字で何かの命令式が刻まれている。


「これは魔動銃まどうじゅうといってね。まだ試験段階のものだが、いまキミを囲っている光のレーザー。それを持ち運べるようにしたものだよ。ゆくゆくは、国のひとつも滅ぼせるくらいに強力な兵器にするつもりさ」


「そうか」


「……まあ、魔族に〝こんなオモチャ"は興味ないか」


 どこか残念そうに肩をすくめて言うと、男は私の眉間に銃口を向けて別れの言葉を告げた。


「さようなら、名も知らぬ魔族の少年」


 青白い閃光が頭部を打ち抜いた──いや、そうはならなかった。


「うあぁああァッ⁉」


 廊下に響き渡る男の絶叫。

 コン──、と魔封じの石が床を打つ。

 右手を押さえ苦悶の声を上げる男と、私のあいだを遮る緋色の髪。

 少女が、正面から手鏡を向けて男の前に立っていた。


「これ使って!」


 ぽいっと私に向かって手鏡を投げると少女は魔封じの石を掴んで廊下の向こうに放り投げた。

 光線の檻の隙間を縫って手鏡を受け取り私は思った。


「これをどう使えと?」


 いまのように光を反射して、ここからうまく脱出しろと言いたいのだろうが、こんな小さな手鏡ひとつじゃ私の身体は通れない。

 よって、普通に風の魔法を放ち、光を吐き出す箱ごと破壊した。

 男が少女の髪を掴み、喚き散らす。


「貴様! 被検体の分際でこの私に刃を向けるか!」


「痛い!」


「ぐっ──」


 暴れる少女の腕が男の鼻面にぶつかる。

 その拍子に男の手から赤毛がするりと抜け、少女は床に転がる。

 少女が上を向く。

 そこには少女の額に向けた銃口があった。


「いいだろう。上には白き悪魔に殺されたと報告しておく。この私に歯向かうものには死を与えてやる」


 少女が目をつぶる。



「させると思うか?」



 私が杖を振るうと、男の右腕が吹き飛んだ。


「うぎゃあああああああああああああああ!」


「はあ……、さきほどから喚き散らしてばかりでうるさい男だな」


 腕とともに床に落ちた魔動銃を拾いあげる。

 そのまま男の眉間に押しあて、私は引き金を引いた。


「さようなら。いい夢を」


「ま──」


 音もなく、白い光が男の頭部を貫いた。

 どさりと男が床に倒れる。


 目を見開き、驚いた表情だ。

 おそらくこんな子供に殺されるとは微塵も思っていなかったのだろう。

 馬鹿な男だ。


 動かぬ敵から少女に視線を切り替える。

 両手で口を覆い、呆けた顔をしていた。


「……こ、殺しちゃったの?」


「見ての通りだ。さっさと出るぞ」


 無感情に告げると、急にぽろぽろと少女が涙をこぼした。


「なぜ泣く?」


「だって、死んじゃったから……」


 ひっくひっくとしゃくりを上げる少女に私は眉をひそめる。


「……意味が分からないな。お前を殺そうとした奴だろう?」


「そうだね。なんでだろ? ……わからないや」


 えへへ、と初めて会った時のような、変な笑顔を浮かべて少女は立ち上がった。

 涙を拭うと、ぐっと拳を握り、少女は言った。


「よし、外に出よう! そしたら一緒にアップルパイを食べよう!」


「断る。私はリンゴが嫌いだ」


「ええ! なんで⁉ あんなにおいしいのにぃ⁉ ──じゃあ、いいよ。ここから出たら何かおいしいごはんをおごってね」


「なぜ私がお前におごらなければならない?」


 迷惑だ。


「……まあいい。くだらないことを言っていないで外に出るぞ」


「はーい!」


 元気よく少女が手を挙げる。

 すると、通路の奥からかつんとかつんと靴音が響いた。

 先の青年だ。


「マーナ博士……」


「シェリーちゃん……」


 男の死体を一瞥すると、悲しそうな表情を浮かべて青年は口を開いた。


「まもなく軍が着く。そこから出てもすぐ捕まるだけだ。ついておいで。脱出路まで案内するから」


「え? ぐ、軍? どうしよう!」


「どうせ虚言だ。その話を信じる通りは無いな」


「そう思うなら構わない。けれど、僕は忠告したよ。このまま捕まり実験体にされたくなければ、彼らとの戦闘は避けるべきだ」


 いかな君とて魔封じの石の前では無力だろう?

 そう続けて青年はきびすを返した。まぶたを閉じる私の耳元に吐息がかかる。


「どうする?」


「……言うとおりにする」


「え! 意外な反応⁉」


 人を珍獣かなにかのようにまじまじと見てから少女は「じゃあ行こ」と歩き出した。


「あの男のいうことは嘘ではない──、か」


 さきほど目を閉じたときに()()()


 ここから数キロ離れた平原を、煙を上げて駆け抜ける騎馬隊がいた。

 その後ろに鉄でできた船、『陸船』と呼ばれる白の民の兵器が続いていた。


 よほどここの場所を落とされたくないらしい。

 その理由はおそらくこの剣と、彼女。

 わたしは前を歩く少女を見てわずかに思案する。


「現状で唯一の成功体、ね」


 あの少女に到達するまでどれほどの同胞が狩られたことか。

 想像するのは容易いが、考えただけでため息が出る。

 白の民どもはいったい何を造ろうとしているんだか。

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