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ゼノの追想譚 かつて不死蝶の魔導師は最強だった  作者: 遠野イナバ
外伝『第0章』

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00 本当のプロローグ

 眩しいばかりの夕焼けだった。

 紅に染まった野山を駆け抜け、私は盗まれた宝剣を探して例の場所を訪れた。


『白の民どもに、〈光蝶の剣(クラウ・スピル)〉が奪われた。宝剣の守り手よ。急ぎ蛮族どもから竜神殺しの剣を取り戻してこい』


 そう命じられて、幾日が経っただろう。

 幸い、この千里眼があるおかげで少ない情報でも辿り着くことが出来た。

 木々の上から灰色の建物を見下ろし、私は千里眼を使う。


 中にいるのは白衣を着た男女と武装した戦士が数十名。高い外壁に阻まれた、大小混じりの部屋がずらりと並んだ大型施設。

 白の民たちが『研究所』と呼ぶ建物だ。


 ここでは星霊──私たちが光蝶スピル、あるいは精霊フィーブラと呼ぶ存在の観測・分析を行っていると聞く。


 近隣の村から仕入れた情報によると、魔族を使った非人道的な実験を繰り返しているという。

 ひと月前も南の、いや、この場所からは北になるが、ユーハルドという小さな魔族の集落が陥とされたと耳にした。


 そして、そこの魔族たちは全員この施設で飼われている、とも。


「さて、行くか」


 私は日没の闇に乗じて建物へと侵入した。

 結果は、……失敗だった。


「侵入者だ! 探せっ!」


(面倒だな、嗅ぎつけられたか……)


 施設二階の明かり窓。

 そこを叩き割って入ったのが悪かった。

 割れる窓ガラスの音を聞きつけ、集まってきた奴らの怒声が耳に突く。

 私は身を隠して長い廊下を進み、武器──銃とかいう銀色の筒を手に持った敵をやり過ごして考える。


(このまま遂行してもいいが……)


 村長むらおさには、白の民に目撃されずに戻ってこいと厳命されている。

 だから見つからないよう慎重に進んだつもりだったのだが、まぁバレた。


 しかし見つかってしまったものはしょうがない。

 ほとぼりが冷めるまで、どこか潜伏できそうな場所はと、あたりを見回す。


「扉……か?」


 壁と同じ乳白色をした無機質なドア。

 取っ手がない。

 どうやって開けるのだろう。 


 あたりを警戒しながら扉らしき壁に手を伸ばすと、触れる前にシャッと音を立てて横に動いた。

 驚いた。

 触らずとも開くとは、どういう仕組みなのだろう?


 私が中に入ると壁は勝手に閉まり、開いたときには点灯していた緑の光が消えていた。


(月……)


 ずいぶんと広い部屋だ。

 天井には大層無防備な大窓がついている。

 侵入者の自分が言うのもなんだが、研究所ここは上部の警備が手薄だ。

 風の魔法で上から入ればご覧の通り、簡単に侵入できる。


(庭園か?)


 靴音を消して歩く。

 暗くてよく見えない。

 目を凝らすと花畑が見えた。

 室内庭園というやつだろう。

 手入れされた花々が、静かな微風に揺らされて、心地のよい音を奏でている。


 それらを視界に収めつつ、私は庭園奥の出入り口へ向かって歩いた。


「──あなた、誰?」


 ふいに、女の声が聞こえた。

 女といっても少女の甲高いそれだ。

 凛としていて、よく通るその音に、私は足をとめて首を巡らせる。


 ──いた。


 白い花畑の中に佇む緋色ひいろの髪をした小柄な少女。

 腰まで覆う長い髪。

 頭頂部でぴょこんと立った、ひとつの跳ね毛が少々間抜けな印象を醸し出している。

 薄水色の変なワンピースをまとった十五歳せいじん前後の大人。……いや、白の民でいえば十歳ほどの容姿をした子供が立っていた。


(赤……)


 あどけない顔にまった瞳は髪に劣らず燃える赤。

 炎の色をした少女は、おそらく白の民が『魔族』と呼ぶ存在。


 ──私たち、赤の民の同胞どうほうだろう。


 私が顔だけ向けると、たたたっと、少女が走ってきた。

 大きな瞳で興味深そうに私を観察している。

 こちらが黙っていると、首をかしげてたずねてきた。


「んんん? もしかして迷子の新入りさん? ここ広いもんね。良かったらお部屋まで案内するよ」


 私の前に右手を差し出す。


「? 喋れない? ……そっか、キミの村もあいつらに燃やされちゃったんだね。でも大丈夫だよ。あっちに行けばみんないるから──っていっても、セイレイジッケン? とかいうので、だいぶみんなも死んじゃったけどね」


 えへへ、と哀しいのか楽しいのか、よく分からない笑みを浮かべて少女は私の手を引っ張り、歩き出す。


「行こ」


「違う」


「?」


 少女が振り返る。


「ここには村長むらおさの命令で来た。あるものを回収し、持ち帰る。……迷子の新入りじゃない」


 任務のことをぼかして答えれば、少女はキョトンとした顔で首を曲げた。


「あるものって?」


「言えない」


「んんー……? えっとつまり、ドロボーさん?」


「違う。我らが村の宝を取り返しに来た」


「宝⁉ えっ、すごい! どんなの? 金ぴかーな王冠とか、山いっぱいのリンゴ?」


「言えない。この手を放せ」


「わかった! じゃあ、倉庫に案内すればいいんだね!」


「必要ない」


「ねえ、キミ名前は?」


「…………」


 こいつ、まったく人の話を聞いていない。


 私が乱暴に少女の手を振りほどくと、「あっ」と間抜けた声が少女の口から零れた。


(ここには……、入ってこないのか?)


 部屋の外から聞こえる怒声。私を探す足音が近づいてくる。

 しかし素通り。

 どうやらこの部屋に入る様子はないようだ。


(なら、もう少しいるか)


 花壇の端に座る。

 なぜか少女も私の隣に腰をおろした。


「わたし、シェリアリーゼ。ユーハルド村の長の娘。キミは?」


「………………」


「あ、なにか食べる? クッキーで良ければ持ってるけど──ほら、可愛いでしょ? 動物の形をしてるんだよ」


「いらない。それからそれ、食べないほうがいいと思うよ」


「なんで?」


「毒入りだから」


「毒ぅ⁉」


 半分ほど口に含んだ菓子をブッと吐き出すと、少女は慌てた様子で『水、水……』と咳き込んだ。

 しかしすぐに『あ、大丈夫だった』と言って、少女は笑った。


「わたしね、毒には耐性あるんだ」


「耐性?」


「うん、竜神の祝福。出されたものは好き嫌いせず食べましょーっていう制約と引き換えに、状態異常の解毒と無効──つまり、毒とかお酒とかに強いんだ。薬が効かないのは難点だけど、とにかく元気ってことだよ」


「そう」


「キミは? どんな祝福を持っているの?」


「………」


 無視すると、少女はぷくーっと頬を膨らませて勝手に話し始めた。


「ここね、セイレイジッケンっていう、研究をしているんだってさ」


「そう」


「でね、赤の民を使うとそのセイレイジッケンが成功しやすくなるんだって。だから私の村も狙われて、みんなセイレイジッケンに使われちゃったの」


 左胸の上に手を滑らせ、少女は目を細めた。


「わたしもね、心臓むねに変な石を入れられた。この石を埋め込まれた人は魔力が暴走して化物になっちゃうんだ。ここの人たちは、わたしのことを久々の成功体だって言ってたけど、きっとわたしもいつかあんな風に化物になっちゃうのかな……」


 下を向く。

 弱弱しい声。


 だから、なにが言いたいんだ?


 私にはおよそ読み取ることのできない感情を抱えているらしい少女は、膝を抱えて顔をうずめた。

 その瞬間に少しだけ少女の未来が垣間見えた。


「──大丈夫だと思うよ」


「え?」


「ここに居る限り、キミは化物にはならない。貴重な成功例サンプルとして厚遇され、限られた余生を過ごせるはずだ」


「そうなの? もしかしてキミ、未来が視える祝福とか持ってるの?」


「………」


「むぅ……、まただんまり。べつにいーけどー」


 少女はすねた様子でふたたび膝を抱えた。


「でもそれって、ここから出たら化物になっちゃうってことだよね? やだな。ずっとここに閉じ込められるなんて……。わたし、白の民は嫌い。同じ人間なのに魔力を持っているからってわたしたちのこと『魔族』だなんて呼んでひどいことするんだもん」


「そうか」


「でもね、ここの人のたちは嫌いじゃないの。確かにセイレイジッケンは痛くて苦しいけど、終わると頑張ったねって頭を撫でて褒めてくれるんだ。おいしいお菓子だってくれるし、花が好きだって言ったら、ここを好きに使っていいって種もくれた」


 少女がポケットから小さな種を取り出す。


「ゼノスの花。わたしのいちばん好きな花なんだ。雪みたいに白い花なんだけど、中心が太陽の色をしててね。咲くと綺麗なんだ。キミの髪と瞳と同じ。もしかして、キミの名前もゼノスっていったりするのかな?」


「さあね。それよりも、私はもう行く。邪魔したな」


「あっ……」


 どこか残念そうに漏れ出た吐息に背中を向けて私は室内庭園を去った。


 ◇


 それからすぐに施設を出た。

 その日はひとまず近隣の森に潜伏し、翌日ふたたび例の研究所へと向かうことにした。


 森の中に入るとベルルーク──私の従兄に当たる男が鍋を囲ってたき火をしていた。


「戻ったか。ほれ、食うか?」


「いらない。それより火を消せ。敵に気づかれる」


「問題ねぇよ。結界、張ったからな」


 言われて、上空に目をやれば薄い水の膜。

 ここら一帯をすっぽり包み込むように、水でできた結界が半円状に展開されている。

 ベルルークが得意とする水の魔法。

 これなら煙も外には出ない。


 私は丸太に腰かけると、焦げた魚の串を手に取った。


「どうだ、剣はあったか?」


 ベルルークがわんを差し出す。

 受け取り、口に含めばキノコ汁のようだった。

 紫とか緑とか、色彩豊かなキノコが入っている。

 私は口に含んだ汁を吐き捨て椀を地面に置いた。


「わからない。けれど、あるとは聞いた」


「あ? まさか奴らに聞いたのか? 村長に言われてんだろ、白の民に姿見られんなって」


「見られていない。赤の民の娘に聞いた」


「娘? ……まさか、例の実験体か?」


「さあな。もう寝る。それからそれは食べないように」


 鍋を一瞥してから毛布にくるまり横になる。

 ベルルークがなにか言っているようだが、構わず私は目を閉じた。

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