第65話 一年生 冬
「――ゃん! 舞ちゃん!」
自分を呼ぶ声に、舞は急速に意識を覚醒させた。
目を開くと、目の前には涙を流す紗江の顔があって。
「……さ、えさま?」
喉がカラカラで、しゃがれた自分の声に驚きながら、舞はなんとか彼女の名前を呼ぶ。
よく見ると、ここは校庭のようで。
紗江はボロボロの制服姿で、額からは血を流している。
自分が意識を無くす直前の事を思い出し、舞は上体を起こす。
「あの大ムカデは――」
その言葉に、紗江は思わずといった風に吹き出した。
「ふふ。もうね。終わったんだよ。全部。全部ね……」
囁くように告げた紗江の身体が傾いだ。
「――紗江様っ!?」
舞は慌てて紗江を支えて、声をかける。
「あは……ちょっと疲れちゃった。でも、どうしても、これだけは言っておきたくてね」
紗江は顔を上げて舞を見つめ、ふにゃりと笑顔を浮かべる。
「おかえりなさい。舞ちゃん……」
そうして紗江は静かに寝息を立て始める。
遠く、救急車のサイレンの音が聞こえてきて、近づいてくるのがわかる。
「紗江様、あのっ! 大丈夫ですか?」
ワケがわからず、戸惑う舞。
「――寝かせて差し上げてくださいまし」
そこに紅葉が歩み寄ってきて、そう声をかけた。
「あれから三週間近く経ってますの。もう年の瀬ですわ。その間に、いろいろあったんですのよ。ええ、それはもう、いろいろと――」
そうして紅葉は、これまでにあった事を教えてくれた。
「……わたしが鬼女に捕まっていた?」
「そうなんですの。なぜ貴女を捕らえたのかは不明なままですが……」
紅葉は少しためらって舞から視線を外し、首を振って再び舞を見つめた。
「……鬼女に憑かれていたのは、川添茜さんでしたわ」
それは舞と同じクラスで、同じ文芸部。そして<戦乙女>にも付き合ってくれていた親友の名前。
「なぜ茜さんが? いつから……」
「今、川添さんは意識不明でして。正直、倒したは良いものの、わたくし達にもわからない事だらけでして……」
救急車が到着したのか、周囲が慌ただしく動き始めた。
舞達の元へもストレッチャーを押して、救命士達がやってくる。
「とにかく今はゆっくりなさって。その間にわかる事も増えてくるでしょう」
そうして舞と紗江はストレッチャーで救急車へと乗せられた。
救命士の質問に二、三応えていると、まるで身体が休息を求めるように眠気がやってくる。
翌日、茉莉は<雲切>で、莉杏先生と共に、シロカダ様の庵に来ていた。
紗江達も今回の事件が結局なんだったのか知りたがったのだが、あの事件に関わった大半が、今は入院中の身だ。
結局、シロカダ様の話を理解できるであろう、茉莉と知恵袋として莉杏先生が代表して庵を訪れる事になったのだった。
囲炉裏のある散らかった板の間に通され、茉莉と莉杏は座布団の上に腰を下ろすと、さっそくとばかりに切り出す。
「結局、あの鬼女はなんだったんじゃ?」
「……困ったのう。吾も制限がなければ言えるのだが……」
そう前置きをして、シロカダ様は口を開け締めする。
「この通り、言葉にできんのだよ」
「それなら、質問に答える事はできますか? その……首肯などで」
莉杏先生の提案に、シロカダ様はうなずく。
「それならば可能だ。前提知識を持つ者には制限が甘くなる」
その言葉に莉杏先生はアゴに手を当てて、少し考える。
「ESAに留学した時、今回と似たような事件を聞いた事があります。
性格などは上手く隠していたようなのですが、嗜好や癖などが変わっていたそうで。しかも次第に奇行が目立つようになり、時折、理解できない言語を話すようになったとか。
不審に思った友人が、悪魔祓いを精霊教会に頼んだところ、国際資格の勇者が呼ばれたそうです……」
莉杏先生の話に、シロカダ様はうなずく。
「典型的な、連中の発見例だな。しかし勇者に対応してもらえるとは運が良い。勇者は連中にとって、吾ら貴属以上の天敵だろうからな」
「その時、その憑かれた者が口にした言葉が、『アウター』という名だったそうです。
――シロカダ様。これは今回の件と同じ存在と考えて良いのでしょうか?」
シロカダ様は頷き、それからやや首をひねる。
「……断言はできんな。
――連中にもいくつか種類というか……派閥があってな。
昨日の映像を茉莉に送ってもらって見たのだが……全体的に言動が幼かった印象を受ける」
「そこがワシも気になっておったんじゃ。しかもアヤツ、あれだけの事をしておいて、『たかが遊び、ゲーム』と言っておった」
その言葉に、莉杏先生が顔を上げ、バッグの中からメモ帳を取り出してパラパラとめくる。
「別の案件で――これはエウロパ連合王国ですが。
勇者資格認定に現れた者が、悪魔憑きだったという話があります。
その時に彼女が口にしたのが、『ステータス』や『レベル』といった、まるで現実をゲームと捉えているような言動の数々だったそうです。
結局、騎士団に討伐されたそうですが、その際に口にした己を指す言葉が『ゲーマー』だったそうです」
「今回の件は、どちらかといえば、そちらに近いのだろうな。
……連中は総じて人に憑き、瘴気をもってこの世の理を乱す者達だ。
中でもそやつらは、遊び気分、面白半分でそれを行う」
そこで莉杏先生が身を乗り出す。
「彼女は魔物を使っていましたが、その関係は? 彼らが魔物を生み出しているのですか?」
その言葉に、シロカダ様は首を横に振る。
「それに答えられるなら、吾はここまで長く、この地に留まっていたりはしなかっただろうな……」
少し寂しげなその表情に、茉莉も莉杏先生も言葉に詰まる。
そんな二人に、シロカダ様は申し訳無さそうに頭を掻いて。
「ま、そういう存在も居るという話だ。そうそう出くわすものでもない。
――だからこそ、吾もこんな近場に居るとは気づけなかったんだがな。
この地を護る貴属として、本当に申し訳なく思う」
そうしてシロカダ様は真剣な表情で、二人に頭を下げる。
「そ、そこまでしてもらう事では!」
莉杏先生が慌てて手を振り、
「そうじゃ! 結局、最後はシロカダ様に助けてもらったんじゃし!」
茉莉が莉杏の言葉に同意して、コクコクとうなずく。
「そうか? そうだな。じゃあ、そういう事にしようか」
途端、シロカダ様はニカッと笑って、再び頭を掻いた。
「じゃが、そうするといよいよアヤツが舞様を捕らえた意味がわからんのじゃ」
「ああ、それなら想像だが、予測はできるぞ」
首を捻る茉莉に、シロカダ様はなんでもない事のように告げる。
「――きっと身体を乗り換えようとしてたのさ。
鍛錬で何度か相手をしたが、舞は見目が良いからな。
元の地味目な身体から乗り換えようと思ったとしても不思議ではない。」
「そんな事が!?」
莉杏が口元を押さえて驚く。
「ただ、相性が良くなかったか、さらになにかしようとしていたのか……そこまではわからんが、アヤツ自身が想定していたより時間がかかっていたようだね。
だからおまえ達は間に合った」
シロカダ様は煙管を取り出して、一服。
「今度、時間がある時、憑かれてた娘と舞を連れてきてくれ。直接見れば、もうちょっと調べが効くやもしれん」
シロカダ様のその言葉に、二人は頷きを返した。
ボロボロに荒れた校庭を校舎の屋上から見下ろし、一条洸司は鼻を鳴らす。
「――これはおまえの想定外だった、という事で良いんだな?」
背後で畏まった未央が、礼をして答える。
「……気づけずに申し訳ありません」
「それで? おまえの計画とやらは破棄になるのか?」
胸ポケットから煙草を取り出して咥え、洸司は尋ねる。
その問いに、未央は首を振って表情を綻ばせた。
「いいえ。むしろ進展したと言ってもいいでしょう。
――あの子供は、実におもしろい事をしてくれました」
あまりにも綺麗に笑う為に、洸司は思わず咥えた煙草を落としてしまった。
「大丈夫ですよ。洸司様。
――神器はいずれ、貴方のものです」




