エピローグ 一年生 初春
紗江は一月、二月を病院で過ごす事になった。
退院した直後に、さらにひどい怪我を負って入院するような事になった為、医者が完治まで退院許可を出してくれなかったのだ。
入院してから知らされたのだが、紗江の右腕と左脚の骨にヒビが入っていたのだそうだ。
三月の頭になってようやく、退院を許可され、紗江は久々に出た外に、朝の空気を思い切り吸い込む。
雪解けの冷たい空気に、ほんのり香る若葉の香り。
見れば、桜が咲き始めていた。
「――いー、天気だねぇ」
思い切り伸びをして、紗江は呟く。
身体はすっかり元通り。
魔道器官も小さな事象干渉領域ならば、開ける程度には回復してきている。
医者はよくわからない事を言っていたが、要するに『身体が回復してきた証拠だ』という事らしい。
駐車場に行くと、車の外で煙草を吸ってる源三が待っていて、紗江に気づいて煙草をもみ消そうとした。
「あ、吸ってていいよ。タマ姉、手続きでもうちょっとかかるみたい」
紗江は煙草の臭いが嫌いではない。父も吸う人だったから、むしろ落ち着くくらいだ。
「ありがとうございます。しかし、結局、お嬢が最後になりましたね」
源三に言われて、紗江は苦笑する。
あの事件に関わって入院していた、撫子達の話だ。彼女達は皆、すでに退院している。
「そりゃ、無茶しちゃったしね。先生にも怒られちゃったし。
考えてみれば、わたし一年に三回も入院してるじゃん。しかも入院のたびに期間が長くなってる!
――ねえ、源さん。わたし深層のご令嬢ぽくない?」
途端、源三は吹き出し、紫煙にむせて咳き込んだ。
「それが病気なら、そうなんでしょうが――お嬢の場合、怪我ですからね」
むせ笑いながら、源三は告げる。
そんな話をしている間に、環がやってきて、三人は車に乗った。
――今日は卒業式だ。
「ぜんばい~、おべでどうございばす~」
顔を涙でぼろぼろにした絹が、天恵に抱きつきながら告げる。
天恵は困ったような顔で絹の頭を撫で、助けを求めるように周囲の帰宅部の面々を見回すが、みんな『次は自分だ』という顔で、涙を堪えている。
「……ああ、私は本当に幸せ者だね」
呟くと、涙がこぼれた。
上女に来て、帰宅部を作ってからの三年間の事が、次々に思い起こされる。
決して楽ではなかったけれど、充実していた、と断言できる三年間だ。
「ほら、絹くん。新部長がそんなんじゃ、後輩に示しがつかないだろう?」
「そもそもそこなんですよぅ。なんでわたしが新部長なんですかぁ?
普通に言ったら咲良ちゃんでしょ~」
天恵に抱きついたまま、泣き顔で訴える絹。
「私は修めた武の性質上、どうしても前線に出がちだからな。
――隠桐。私では、おまえのように広い視点を持って対応する事ができないから、おまえを推挙させてもらった」
咲良が肩を竦めて答え、天恵がうなずいて絹の肩を叩く。
「絹くん、君の性質と武は、十分、部長にふさわしいものだよ。自信を持って引き受けて欲しいな」
そう告げられて、絹は不安げに一年生達を見る。
「みんなもそれでいいの~?」
「お絹さんには、いろいろ教わったしね」
紗江が笑みと共にうなずき、
「後衛指揮も見習わせて頂くところが、たくさんありましたわ」
紅葉も髪を払って、同意する。
「時々、圧がすごい時あるけど、基本、優しいしね~」
蘭が告げれば、
「その視点の広さは、ワシにもぜひ教授して欲しいのじゃ」
茉莉もコクコクとうなずいて、賛同を示した。
そんな後輩達に、絹はうなずきと共に表情を引き締め、
「わかりました。隠桐絹。まだまだ未熟者ですが、謹んで新部長、拝任させて頂きます」
天恵に防人式の敬礼を示す。
「うん。頼むよ。
一年のみんなも、絹くんを支えてあげてね」
そうして天恵が一年を見回すと、もはや堪えきれなくなった一年達は、
「――天恵先輩っ」
天恵に殺到して、絹ごと抱きしめて泣き出した。
「ああ。本当に幸せ者だ」
一時は卒業すら諦めたというのに。こうして卒業を祝ってくれる後輩達に囲まれている。
「咲良くん。あとは頼むよ?」
一年生にもみくちゃにされながらも、天恵は咲良に告げる。
「お任せください。あなたの理想と夢は、きっと私達が引き継いで行きます」
「ああ、安心した」
――帰宅部が、長く続いて、いずれ上女の伝統になって行ってくれたら。
それは天恵が部隊の結成当初から夢見ていた事だったから。
涙を拭って、視線を巡らせると、通りの向こうで、自分と同じように後輩達にもみくちゃにされている、加賀鈴乃と目が合った。
『――決着は、防人大で』
声は聞こえなかったが、唇の動きでそれがわかった。
「そうだね。そうしよう」
こちらの声も聞こえなかったろうが、伝わったようで。
加賀はウィンクして指鉄砲を弾く仕草をしてみせた。
天恵は空を見上げる。
桜香る真っ青な空は、どこまでも澄んでいて。
「……本当に良い日です。お姉様――」
後輩達の頭を撫でながら、天恵は静かに呟いた。
舞は卒業式を終えると、バスに乗って病院を訪れていた。
川添茜のお見舞いだ。
彼女はいまだに意識不明のままで。
舞は自身が退院してからというもの、時間を見つけてはお見舞いに訪れていた。
ベットで眠る茜を見つめ、パイプ椅子に座った舞は、その日あった何気ないことを話していく。
なぜそうしているのかは、自分でもよくわかっていない。
ただ、そうする事が、茜と過ごした日々が嘘ではなかったと、今日もその延長にあるのだと、舞にはそう思えたのだ。
「それでね、茜さん――」
「――こんにちわーっ」
と、病室の入り口から飛び込んできた元気な声に、舞は肩を震わせる。
「さ、紗江様!?」
「あ、舞ちゃんも来てたんだ? わたしも入院中は毎日来てたんだけど、今朝、退院でバタついちゃってね。今になっちゃった」
てへへと頭を掻いて舞の隣へやってくる紗江。
「どうして……ですか?」
舞はまさか紗江が、茜の見舞いに来ているとは思っていなかった。紗江が入院中にお見舞いに訪れた時だって、そんな事は一言も話していなかったのだ。
「茜さんは、その……紗江様にひどい事をしたんじゃ……」
「それは怨霊の所為みたいだしね。こうして関わったんだから、わたしは茜ちゃんとも友達になりたいんだ。へへ……」
照れくさそうに笑う紗江が、舞には眩しく見える。
「……紗江様は、本当にお強いのですね……」
「そんな事ないよ。
――本当に、そんな事ない。
みんなが教えてくれたんだ。みんな……みんなが、誰かが誰かを助けられる『誰か』になれるんだって。だから、わたしはその輪を少しでも広げたい。
だからね、舞ちゃん。もし舞ちゃんに、わたしが強く見えるんだったら」
紗江は人差し指を立てて、にこりと笑う。
「――それが、わたしの魔法って事かな」
舞は涙が滲むのを感じた。
「あれ? 舞ちゃん。ここ笑うトコだよ? おーい、舞ちゃん?」
敵わない。
もっともっと努力しなければ、置いていかれてしまう。
舞が膝の上で拳を握りしめた時。
「……うぅ」
茜が呻いて、ゆっくりと目を開く。
「……ここは?」
紗江が歓声をあげて、茜を覗き込み、柔らかな声で告げる。
「――おかえりなさい! 茜ちゃん!」
「唄う神器とわたしの魔法」一年生編<了>
二年生編「輝く神器とわたしの唄」へ続く……
以上で、「唄う神器とわたしの魔法」一年生編が終了となります。
二年生編となる「輝く神器とわたしの唄」は、プロット作成の上、順次投稿開始しますが、少々お時間を頂けたらと思います。
また、タイトル変更にともない、一度、こちらを完結とさせて頂けたらと思います。
ここまで紗江達の物語にお付き合い頂き、本当にありがとうございます。
引き続き、二年生編にもお付き合い頂けたら、幸いです。
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