第64話 一年生 冬
紗江は胸の前で拳を握る。
相変わらず魔道器官は動かないけれど。
――やれるはず。
――できるはずだ。
「――大丈夫! みんながいるよ、おねえちゃん!」
結愛の手の青は強く輝いたままで、まるでそれに押されるように、紗江は<舞姫>に歩き出す。
「リアクターもフィールドもなしで動く甲冑だとぉ?
――させないよ!」
大鬼が叫んで、立ち上がろうとしていた。
『それはこちらのセリフです!』
大鬼の前に<剣姫>が立ちはだかる。
「邪魔するなぁ!」
『――ッ!』
大鬼の瘴気と<剣姫>の事象干渉領域がぶつかり合って、<剣姫>が弾き飛ばされた。
大鬼は紗江を睨んで、駆け出す。
鳴刀を杖にして立ち上がった咲良が叫ぶ。
「紗江に事象干渉領域を――っ!」
この場に集った撫子達が立ち上がり、原初の唄でハーモニーを奏でる。
咲良に確信はなかった。
――けれど。
(他者の事象干渉領域で魔法を使える、あの子なら――)
「あ――――」
撫子の唄に、精霊光が紗江を取り巻いて踊りだし、大きな事象干渉領域が包み込んだ。
大鬼が事象干渉領域に阻まれて、紫電を散らす。
舞い踊る精霊光を浴びて、紗江は左右に両手を広げた。
みんなの唄が聞こえる。
(……応えなきゃ、ね)
精霊光が胸に集まり、白い輝きを放った。
「――それが、おねえちゃんの魔法なんだね」
結愛の言葉に、紗江は首を横に振る。
「ちがうよ。結愛。これは、みんなのための魔法だったんだ」
それを自覚した途端、ひどく自然に魔道器官が切り替わったのがわかった。
「――目覚めてもたらせ。<遺失神器>……」
静かな呟き。
瞬間、純白の光が紗江を包み込み、制服が解けて装束へと変わった。
白の具足が四肢を鎧い、顔に面が現れる。
「――紗江!」
「おねえちゃん!」
茉莉と結愛が歓声をあげた。
「おまっちゃん! 結愛をお願い!」
茉莉に声をかけて、紗江が鞍上に飛び込めば、<舞姫>は待ちわびたように面に、黄金の文様を走らせ、貌を描き出す。
「お待たせ、<舞姫>。さあ、踊ろうか……」
黒の甲冑が純白へと染まっていく。
青のたてがみが燐光を放った。
「――なんだそれ……なんだそれなんだそれっ!
なんでおまえがそんなモノを持っている!?
――おまえはリアクターの壊れた欠陥品だろう!?
ロストアークなんて、チートじゃないか! ズルいぞ! どうやった!?
聞いてない。こんなのがここにあるなんて、ボクは聞いてないぞ!?」
まるで怯えたように喚き散らす大鬼に、<舞姫>は両手に鉄扇を構えて対峙した。
「あ――――」
みんなの唄が支えてくれる。
ただそれだけで、紗江は心が安らぐのを感じた。
<舞姫>の胸に象られた月下穂群の家紋から事象干渉領域が幕開いて、撫子達が開いてくれたものと合一する。
鈴の音が響き、太鼓が鳴った。
『――私は手を差し伸べる誰か……』
唄が胸の奥から奏でられ、紗江は一歩を踏み込む。
「や、やめろ! 来るな!」
大鬼が退き、強固な事象干渉領域に瘴気が散らされる。
笛の音が奏でられて辺りに高く木霊する。
『――私は抗おうとする祈り……』
太鼓の音が拍子をあげて、鈴の音が連続で打ち鳴らされた。
「わ、わかった! もうここから出ていく!
――ああっ!? なんで!? なんでなんでスフィア解除できないんだ!?」
精霊光が花道を作り、<舞姫>が鉄扇を開いて上下に捧げ持つ。
「――ちくしょう! たかが遊びじゃないか! ゲームじゃないかっ! なんでなんでなんで!」
大鬼は不意に押し黙り、腰を落として腰の刀を抜いた。
「ボクはこんなところで終わらない! まだまだやりたい事があるんだ!」
叫んで刀を下げ構えた大鬼が、瘴気を撒いて事象干渉領域にぶつかる。
『――私は嘆きを打ち砕く、ただひとつの心……』
瘴気と事象干渉領域の境界で、紫電が激しく迸り、周囲を白く染め上げた。
そのぶつかり合いが拮抗し。
「オオオォォォォォ!」
『ハアァァ――ッ!』
大鬼と紗江の声が周囲が響き渡る。
その時。
「――紗江ぇっ!」
大鬼の後方で、咲良が拳を突き出すのが見えた。
「ぶっ飛ばしてしまえっ!」
普段咲良が使わないような言葉での心強い励ましに、紗江は口元を綻ばせる。
「――はいっ!」
応えるように事象干渉領域が、さらに強く固く広がっていく。
振るわれた大鬼の刀を左の鉄扇で受けて、<舞姫>はくるりくるりと身を回す。
瘴気が流され、大鬼を捕らえた。
右の鉄扇で大鬼を弾き上げると、その巨体が宙を舞った。
太鼓の乱打が周囲に響く。
『あ――』
事象干渉領域が奏でる三重の原初の唄が、魔法となって大鬼を拘束した。
「いやだいやだいやだ!
――誰か!」
大鬼の悲鳴が響く中、<舞姫>が花道を駆け抜ける。
『――これがみんなが紡いでくれた、わたし達の魔法だッ!』
振るわれた鉄扇が大鬼の四肢を斬り飛ばし、身を回した<舞姫>は扇を上下に開いて両手を突き出す。
『――輝けッ! <伝承宝珠>ッ!』
閃光が爆発して、胴だけになった大鬼の甲殻を打ち砕いた。
大鬼の身が霧散して、中から上女の制服を着た、メガネの少女が飛び出す。
<舞姫>で少女を宙で掴み、紗江は声の限りに叫んだ。
『シロカダ様ぁ――ッ!』
瞬間、白銀色の光柱が降りてきて、校庭を染め上げた。
そびえていた建築物も、溢れていた魔物も。
――すべてが光柱に呑み込まれていく。




