第63話 一年生 冬
建築物の屋上に集まった、濃密な瘴気の中から、まるで伸び上がるように雌型の大鬼が姿を現す。
鈍色の甲殻に覆われたその姿は、鎧武者のようで。
「ガア――――ッ!」
咆哮と共に広がった瘴気が、周囲の精霊光を薙ぎ払う。
『――甲冑以外は退避! 物部さん、回収を!』
『わかった!』
鈴乃の声に従い、<雲切>が下降してくる。
まるでそれを狙いすましたかのように、大鬼が建築物を蹴って跳び上がる。
『――させません!』
<雲切>の後部甲板に待機していた<剣姫>が、大太刀を振りかぶって宙に身を躍らせた。
「――邪魔だよ!」
高いソプラノと共に、大鬼は右手を一閃。
<剣姫>の大太刀が折れ弾かれて、さらに振るれた左の蹴りに、<剣姫>自身も<雲切>を巻き込んで吹き飛ばされる。
墜ちた<雲切>は、校庭の地面を大きく抉って止まった。
「アハハ! 墜ちた墜ちた!
これで位相境界を破った、あの変な力も使えないだろう?」
着地した大鬼は手を叩いて哂う。
「――欠陥品は……しぶといな。まだ生きてるのか?」
紗江は<雲切>の手すりに引っかかるようにして、痛みに顔を歪めていた。
再び<雲切>を襲おうとする大鬼を、甲冑が取り囲んだ。
「なんだい? デッドコピーと骨董品が、ボクのフルチューンカスタムのバイオアーマーとやろうっていうのかい?」
大鬼は面倒くさそうに右手で首を撫でて、頭を回す。
「そもそもさ、甲冑だっけ? ボク、それの弱点、知ってるんだよね」
途端、大鬼から濃密が瘴気が溢れ出した。
甲冑が開いた事象干渉領域が、紫電を散らして割れ砕けていく。
瘴気がさらに広がって甲冑を覆うと、面の貌が消失し、甲冑達は倒れていった。
「――思った通りだ! アハ! フォースフィールドがあってこそ甲冑は動けるんだ! 着者というリアクターがあっても、フィールド頼りの駆動系が動かなければ、そんなもんなんだよね、ソレ!」
動かなくなった甲冑の背から、撫子達が這い出して逃げ出そうとするが、濃密な瘴気の前に、その場に膝をついていく。
「とりあえず、邪魔されないように、これは壊しておこうか」
大鬼は拳を振り上げ、手近な甲冑に叩き込んでいった。
「――紗江、おい、紗江!」
朦朧とする中、名前を呼ばれて紗江は意識を覚醒させた。
見ると、頭の上にサーベイを乗せた茉莉が、結愛を背負って紗江を揺さぶっていた。
「おまっちゃん、結愛……無事でよかった」
「咄嗟にサーベイが守ってくれたんじゃ。おまえまで手が回らなくてすまない」
言いながら、茉莉はスマホを取り出して、癒術をかけてくれる。
手すりにぶつけた脇腹が痛かった。治りかけていたのが、また折れたかもしれない。
「今、どういう状況?」
言いながら紗江はフラつきながら傾いた甲板に立って、船体の向こうを覗き込む。
途端、頭に血が登りそうになった。
濃密な瘴気の中で、大鬼が哄笑しながら甲冑を壊して回っていた。
「――あいつ……」
「落ち着け紗江。みんな甲冑からは脱出済みじゃ。
じゃが、瘴気に捕らわれて身動きできそうにない……」
悔しそうに茉莉が告げる。
「どうにかしなきゃ! どうにか……」
魔道器官はいまだに動きそうにない。
紗江はせわしなく視線を彷徨わせ、そして気づく。
「……精霊光がまだ消えてない?」
見れば、瘴気に捕らわれたみんなを助けようと、加賀会長達が事象干渉領域を合わせて抗っていた。
「まだみんな頑張ってる。なら、わたしも……」
手すりを掴んで地面に降りる。
小太刀も鈴鉄扇さえもが、墜落の際にどこかに行ってしまっていたけれど。
「わたしには――まだこの身体がある……」
唄も舞踊も身体さえあればできる。
「――おねえちゃん!」
構えた紗江に、結愛が声をかけた。
「おねえちゃんの魔法は、きっと応えてくれるよ。がんばって!」
うなずきで応えて、紗江は目を閉じる。
「あ――――――」
自らの肉体を楽器として紡がれる、長い長い原初の唄。
打たれた柏手に応じて、精霊光が白に染まり、足踏みに合わせて踊りだす。
振るった右手さえもが空を切って鳴り、精霊光は加賀達の元へ。
事象干渉領域がわずかに広がり、瘴気を押し退ける。
「あ――」
紗江の声に結愛の声が重なる。
「お、おい、結愛!?」
「茉莉おねえちゃんも! 一緒に!」
促されて、茉莉は事象干渉領域を開いて原初の唄を重ねた。
結愛が左手を前に差し出し、その甲を青く輝かせる。
「――みんなに届け! おねえちゃんの唄!」
結愛の左手がより一層強く輝き、辺りを青に染め上げる。
「あ――――」
なおも紡がれる紗江の唄に応えて、精霊光は明滅し、まるで加賀達を励ますかのように舞い踊る。
紫電が一層強くなり、事象干渉領域が広がって、ついには瘴気を押し流した。
捕らわれていた者達が、驚愕の顔で紗江達を見る。
そして、大鬼も振り返って結愛を見た。
「……おい。その輝きはなんなんだ? なにをしている! 欠陥品――ッ!!」
大鬼が天を仰いで咆哮して、結愛に向かって走り出す。
紗江が結愛と茉莉を庇おうと前に立った。
「――二人は逃げて!」
今の紗江は、あの大鬼に抗えるとは思えなかった。けれど、二人を逃がす時間くらいは作れると思った。
――だが。
「大丈夫だよ。おねえちゃん」
結愛は手の甲を光らせたまま、笑顔を浮かべて告げる。
「あの子はおねえちゃんの唄と舞いが大好きだからね。
――ほら、来たよ!」
結愛が空を指差し、風切り音が辺りに響く。
「――なんだ!?」
大鬼がそちらを振り返った瞬間、その顔面に鋼鉄の拳が叩き込まれた。
土煙をあげて大鬼が吹き飛ぶ。
そうして、もうもうと舞い上がった砂埃を切り裂いて現れたのは――
「――<舞姫>っ!?」
紗江が驚きの声を上げる。
「この子もおねえちゃんと踊りたいって」
結愛が嬉しそうに紗江を見上げて告げると、<舞姫>は応えるように、紗江に背を向けて鞍上への装甲を開く。
「――踊って。おねえちゃん!」




