第61話 一年生 冬
朝日を受けて銀色にきらめく<雲切>は、三洲山山頂から下降し、眼下の山林へと向かった。
すぐそばを川が滝と流れ落ちる岩山に、ぽっかりと空いた穴を潜り降り、拓かれた畑のすぐそばに着底させる。
「……待ってたぞ」
庵からシロカダ様が出てきて、船上のみんなにそう告げた。
そして、甲板まで上がって来て、紗江を見つめる。
「――紗江よ。行くのだな?」
「ポンコツになったわたしでも……みんなが助けてくれるから」
紗江は胸の前で拳を握りしめて、力強くうなずいた。
魔道器官はいまだに応えない。けれど。
できると思えた。
やれるはずだ。
「今度こそ、わたしは……ううん。ちがうね。
――わたし達は、舞ちゃんを助け出す!」
シロカダ様は薄く笑って、吐息する。
「おまえは本当に……美咲とは別の意味で困った子孫だよ。
調べはつけてある。あとはおまえらの頑張り次第だ」
そう言って、シロカダ様は手を一振り。
目の前にほのかに光る板のような映像が浮かぶ。
「マススキャナ……あー、質量計測によると、上女の校庭に位相がズラされて、構造物が存在している」
言葉の意味が理解できなかった紗江は、助けを求めるように茉莉に視線を向ける。
「要するに人工異界がある、という理解で合っとるじゃろうか?」
「そういう理解でいいよ。
あいつらが良く使う手さ。いまだにこの地に生きる者を、多少知恵の回るサル程度にしか考えてないのさ」
吐き捨てるように言うシロカダ様。
「シロカダ様は、あの鬼女を知ってるの?」
「茉莉に送ってもらって映像は見た。
――少なくとも今回現れたありゃ、魔物じゃないぞ」
紗江以外のみんなは、すでに聞かされていた為に驚きはない。
「吾も制約があって、詳しくは言えんのだが……そうだな。アレは人に憑く怨霊のようなものと思うといい。おまえ達が魔道で装束を纏うように、瘴気の皮を被って、鬼女となっとるんだな」
「つまり……アレは人間って事!?」
「どちらかと言えば、吾ら貴属に近いな。性質は真逆ではあるがな。
吾が直接手出しはできんが、先に制約破りをやらかしたのはあちらだ。
おまえ達がアレを拘束できたら吾を呼べ。憑いてるものを落としてやろう」
シロカダ様が胸を叩いて請け負い、紗江はうなずきを返す。
「こんなに……こんなに簡単な事だったんだね……」
また涙が出てきそうだ。
そんな紗江の頭をシロカダ様は撫で。
「おまえはソレが当たり前のようにできていたからね。因縁の相手に似たものを見て、少しだけ自分を見失っていただけなのさ……」
それからシロカダ様は、<雲切>甲板にいる全員を見回す。
「段取りは伝えた通りだ。
――結愛よ。おまえがお話しすれば、異界は顕界する。
おタマよ。きっとヤツはすぐにそれをやったのが結愛だと気づくだろう。幼子を前線に出すんだ。おまえがしっかり守るんだよ?」
「は~いっ」
「はい!」
結愛が片手を挙げて返事をし、環はお辞儀で答える。
「え? ゆ、結愛も来るの?」
紗江が戸惑ったように言うと、
「おねえちゃん。ユメね、ユメもおねえちゃんをお手伝いできて嬉しいんだよ?」
「紗江よ。結愛は船から降ろさんから安心しろ。穂笹様という戦力もある。
――ワシらを信じてくれんか?」
茉莉が紗江に告げれば、紗江はそれ以上抗えなかった。
「異界顕現後、吾は上女校庭に結界を張る。現れる魔物を外に出さん為と、ヤツを逃さん為にの。思う存分、ぶっ飛ばしてやるがいい」
拳を突き出し、紗江の胸を軽く突くシロカダ様に、紗江は苦笑。
「そうだね。絶対に舞ちゃんを取り戻してみせるよ」
<雲切>で上女に戻り、準備を始める。
咲良と天恵が甲冑を着込み、絹が具足を身に着ける。蘭と紅葉、茉莉が装束を身にまとってる間に、<戦姫>を着込んだ環が戻ってきた。その背後には、生徒会長マークの<若葉○式>を着込んだ加賀会長と、具足姿の副会長、雨崎和香の姿があって。
「加賀様。協力感謝する」
天恵が甲冑のまま、加賀会長に右手を差し出せば、
「ウチの生徒に関係することですもの。協力するのは当然でしょう」
加賀会長はそう応えて、その手を握り返した。
「衣笠さんを救う為なのですから、私もお力添え致します」
「月輪! 来てくれたか!」
具足姿で現れた未央に、咲良が声をかけた。
「――防人からも協力させてもらいますよ」
「――村瀬さんっ!?」
帰宅部の部隊棟の前に、いつの間にか、彼女が率いる防人帰宅困難者救援部隊の<天女一〇式>五騎が並んでいた。
「――紗江ちゃんっ!」
蘭が目を輝かせて紗江の手を取る。
「紗江さん、おわかりになって?」
紅葉もまた、紗江の手を取って、誇らしげに告げた。
「おねえちゃん。もう大丈夫だよね?」
結愛が嬉しそうに見上げてきて、紗江は涙が溢れるのを止められなかった。
「……そうだね。わたしには……こんなにも助けてくれる人達が居たんだね」
「そうだよ~。今回はたまたまタイミングが悪かっただけ。反省なんて後回しにして、悪いヤツをぶっとばさなきゃ!」
絹が人差し指を立てて告げて。
「……もう、ひとりで立ち上がれるわね? 紗江」
咲良が優しい口調で告げれば、紗江は涙を拭ってうなずいた。
「――はいっ!」
彼女は光板に浮かぶ景色を眺め、鼻を鳴らした。
光板の中で、撫子達が甲冑や具足をまとって、この設備の前に集まってきている。
「本当に見つかってるじゃん。旧き者なんて、時代遅れのロートルと思ってたんだけどなぁ……」
言いながら、光板を操作して、目の前に魔物を生み出していく。
「このままじゃ、本当にお小遣いなくなっちゃうよ。どっかで取り返さないとなぁ」
彼女は背後で眠っている舞を見る。
「舞ちゃんで動画撮ってアップすれば、収入になるかな? そうだ。そうしよう」
笑みを浮かべて呟いた。
「どーせあいつらに、位相境界を破る手段なんてないんだ。時間が来たら、ボクの勝ち~」
――と、その時だ。
「ん? なにをしようとしてるんだ?」
光板の中で、一隻の浮舟が設備の上空にやってくる。
その舳先には、二年の女子に支えられた、小さな女の子の姿。
女の子はゆっくりと左手を前に差し出す。
不意にそこに青い輝きが宿って。
『――ねえ? そこにいるんだよね?』
――瞬間、位相境界が破られた。
いよいよ反撃の狼煙です。
ここまでお待たせして、本当に申し訳ありません。
言い訳をさせていただくと、紗江はブレたわけじゃないんですよ? 迷ったんです。
「救いたいものはあるのに、力が及ばない」そこを表現したかったんです。
ここからはバトルの連続です。
魔道を使えなくなった紗江は、どうやって舞ちゃんを助け出すのか。
どうぞお待ち下さい。




