第58話 一年生 初冬
※鬱回まではいきませんが、反省回――いわゆるシリアス回です。
苦手な方は、「冬」エピソードまで待って、一気に読みをおススメします。
目覚めると、紗江は病院のベッドの上にいた。
寝返り防止の為に、身体はベルトで固定され、胸部にはコルセットが巻かれている。
「……起きたかい」
その声に顔を右に向けると、そこには疲れた表情の祖母の姿。
「おばあちゃん……わたし……」
「――物部さんに録画を見せてもらったよ。なにがあったかは把握してる」
「……みんなは?」
「あれから四日経ってるからね。緋野さんも露木さんも退院してるよ」
「――舞ちゃん、は?」
紗江のその問いに、静江は目を伏せて首を振った。
「防人が神隠し事件として、異界内を捜索してるが見つかってない」
紗江は息を呑んだ。
「なぜ衣笠さんが連れ去られたのか、なぜ異界内で突発異界災害が発生したのか、わからない事だらけだ。
――紗江ちゃん、あんたは今は怪我を治す事だけ考えな」
紗江の怪我は、癒術を用いてもすぐに完治できるものではなかった。表面上の傷は癒せたものの、砕けた肋骨がいまだ完全に繋がっていないのだという。
「……おばあちゃん。わたし、あの時、みんなを置いて逃げようとした……」
吐き出すように、紗江は告げる。
「みんながっ! 舞ちゃんが捕まってたのに、逃げようとしたんだっ!」
叫ぶと背中と胸がひどく痛んだけれど、それ以上に心が痛くて。
紗江は溢れる涙を拭おうともせずに、静江に叫ぶ。
「鬼女を見た時、頭が真っ白になって。でも、今なら勝てないまでも、みんなを逃せると思った。でも……わたしの舞いも魔法も――神器さえもなにも通じなくて……」
――殺される。
そう思った時、逃げる事しか考えられなかった。
無様に地面を這ってでも、逃げようとしてしまった。
感情の赴くままに、紗江はあの時の気持ちを静江に吐き出す。
最後にはもはや言葉にならず、ただ嗚咽し続ける紗江の手を取って、静江は優しく告げた。
「それでもあんたは、最後の最後に、衣笠さんに手を伸ばしたじゃないか……」
「それは……防人が来てくれて、助かったと思ったからだよ……」
もはや力なく呟く紗江に、静江は首を振ってため息を吐く。
「やれやれ重症だ。とにかく、あんたはしばらくゆっくり休みな。あんたが思っている以上に、傷ついてるみたいだよ。
――身体よりも心がね……」
そう言って静江は立ち上がると、病室を出ていった。
ひとり取り残された紗江は、右腕で目元を隠して涙を流し続け。
「……わたしは弱い……」
その呟きは自身の心に、ひどく重くのしかかった。
「――紗江が目覚めたそうじゃ……」
茉莉がスマホを切って、プレハブ内のテーブルに座った蘭と紅葉に告げる。
その言葉に、ふたりは心から安堵したように吐息し、それから表情を引き締める。
「……無様ですわ」
「なんにもできなかったね……」
大ムカデが現れた時、紗江にすべてを背負わせてしまったという思いが、ふたりの心を占めていた。そして、その直後に現れた鬼女には手も足も出せずに、昏倒させられている。
二人とも、情けなさと悔しさから、自然、拳を強く握りしめてしまう。
「そもそもなんで、異界内に突発異界災害が発生しましたの?」
「――それなんじゃがな。封鎖区画の村瀬様に聞いたんじゃが、どうも最近、突発異界災害の発生率が上がってきとるらしくての。本州でさえも、週に二、三件のペースで確認されとるらしい。
異界内での発生を確認できたのは、今回が初めてだそうじゃが、気づかれてなかっただけで、これまでも発生していた可能性もあると、村瀬様はゆーとった」
茉莉の説明に、蘭と紅葉は息を呑む。
今回の事件を受けて、上洲異界は学生や一般人の入場を規制している。
あの大ムカデのような強力な魔物が徘徊していないか、防人が確認するためだ。
「歯がゆいですわね。強くなりたくても鍛錬もできやしない」
「あたし達、ちょーしに乗ってたんだと思う」
夏休みの鍛錬を経て、天恵を助ける為、大人相手に大立ち回りを演じて勝利できた事もあって、自分たちは強くなれたのだと、そう思っていた。
だが、大ムカデを鬼女を前にした時、二人はただ逃げるしかできなかった。
「あたし、紗江ちゃんに謝りたいよ……」
蘭は思う。あの時、もう少し上手く立ち回れていたなら。紗江に負担をかける事はなかったはずだ。悔しさに涙が零れそうになる。
「わたくしもですわ……もう少し癒術の腕を磨いていたら舞さんだって……」
紅葉が後悔から、吐き出すように告げる。
あの時、紅葉にできたのは、舞の浅い傷を治す事だけ。きっと絹なら、意識を取り戻させる事だってできたはずだ。
「ワシだってそうじゃ。もっと上手く指揮できたはずなのに、結局、紗江に判断を委ねてしまった」
三人の気持ちは、どんどん沈んでいく。
「舞様もいまだに見つかっとらんしのう……」
「――それなのですが。なぜ、あの鬼女はあそこまで執拗に、舞さんを狙ったのでしょうう?」
「録画見る限り、舞ちゃんになにかしようとしてたよね?」
蘭の言葉に紅葉がうなずき、ふたりで茉莉を見る。
「なにやら文様が浮かんどったが……少なくともワシの知る刻印ではない。シロカダ様に映像を送って調べてもらっとるトコじゃ」
なにもかもが後手に回っている感覚に、三人はひどい焦燥感に苛まれる。
そんな時だった。
「うわ~。話には聞いてたけど、ホント、沈んでるね~」
場違いとも思える、明るいほんわかとした声音。
「反省は良いが――これでは落ちるだけだろう……」
と、苦笑交じりの声が続き、三人は入り口を振り返った。
そこには土産袋を下げた、咲良と絹が立っていて。
「――先輩!」
三人は思わず、救いを求めるように、二人に駆け寄っていた。
落ちに落ちた、紗江のテンション。
次回の特殊視点をもって、「初冬」が終わり、「冬」が始まります。
「冬」のテーマは絆(書いててちょっと恥ずかしい)
どうやって紗江が立ち直るのか、消えた舞ちゃんはどうなるのか。
どうぞお付き合い頂ければ幸いです。




