第57話 一年生 初冬
咲良達は、京都では主に寺社仏閣を回る事になった。
学校が挙げた箇所を一定数回り、後日、感想文を提出するのだ。
寺や仏閣は主に、癒やしと応報に関する魔法を司り、神社は共存と祟りに関する魔法を司っていて、どちらも防人にとって切り離せない要素である為、ガイドや寺社の案内役の説明を聞く生徒達の顔も真剣だ。
とはいえ、彼女達も年頃の学生である為、自由時間ともなると土産物屋で嬉しそうに買い物を始めたり、どこに行こうかと相談し合うようになる。
「――さて。それじゃあ私達は月輪の家に向かうとするか」
絹がゴネてみんなで買う事にした抹茶ソフトをたいらげ、咲良はみんなにそう告げる。
「そうだね~。未央ちゃん、短い時間だけど、ごめんね~」
絹の言葉に、環もうなずきを返して同意する。
「そんな事は。それではご案内致します」
そうして一行はタクシーを拾って、移動を始めた。
タクシーで月輪の屋敷に着くと、咲良達は遠慮して、近所でお茶でもしていようかと話していたのだが、未央がそれを止めた。
「何代か前に好事家がおりまして、蔵の中にはそれなりに価値のあるものもございます。もしよろしければ、それをご覧になってお待ち下さい」
と、未央が家人を案内に付けると、咲良達も拒否はできなかった。
案内された蔵の中は、確かに一見の価値があった。
元々、来客に見せる為に、この蔵を改装したのだろう。まるで美術館のようにガラスケースが並べられ、その中に古い美術品や刀剣をはじめとした武具などが納められている。
なるほど、これなら確かに時間を忘れて堪能できると、咲良は思った。
家人の説明も――ひょっとしたら慣れているのかも知れない――淀みなく、まつわる来歴は面白く、興味の惹かれるものばかりだった。
そうして、蔵の一番奥手まで来たところで、一行は足を止める。
そこに置かれていたのは、それまでの物とは毛色が違っていた。
銀色の鉱石に覆われた紅い珠。
「――宝石、でしょうか?」
咲良同様、違和感を感じたらしい環が頬に手を当てて呟く。
「ここまで絵とか陶器とか武具だったのに、これだけ宝石なんだね~」
絹も興味深そうに腰を屈めて、それ覗き込んだ。
「――騒煩器と、そう呼ばれてるそうですよ」
振り返ると、そこには未央が立っていて。
彼女は咲良達のすぐ後ろまでやってきて、みんなと同じように騒煩器と呼んだそれを覗き込む。
「騒煩器?」
耳慣れないその言葉に、咲良達は首を傾げた。
「公家の間では、それなりに知られた話なのですが……一種の人工神器を造ろうとした、その名残ですね」
「人工神器だと!?」
その言葉に、咲良は息を呑む。
「ええ。時は幕末。政府軍に対して、形勢の不利を悟った会津藩が、志願した五名の少年少女を用いて行った実験なのだそうです」
と、未央は皆に語りだす。
「当初の目的は、魔道器官の強化が目的だったと伝えられています。結界内を精霊で満たし、より稼働効率の高い魔道器官に仕上げる――しかし、そこで事件は起こりました。
理由はいまだ判明しておりませんが、その結界内に濃密な瘴気が発生し、少年達を包み込み――瘴気が晴れた時、少年達の姿は、まるで魔物――鬼のような姿となっていたそうです」
「人が……魔物に?」
咲良の問いに、未央はうなずきで応える。
「――それでも彼らは自我があり、会津の戦で大いに活躍したそうですよ。白鬼隊の名は皆さん、ご存知なのでは?」
それは会津の悲運の少年兵部隊――白虎隊内で獅子奮迅の活躍を見せたとされる、小隊の名。
「彼ら五人を討つのに、政府軍は百名を超える犠牲者が出たと言われております。
――これは、その時に討ち取られた白鬼の魔道器官なのだそうです」
「そんな事が……」
「当初は政府軍も、会津軍が魔物を操っていたと誤解したようですが、調査の結果、元は人だったとわかり、箝口令を敷いたそうですよ」
言葉を失う咲良達に、未央は笑みのまま屈めていた身体を起こした。
「一説には、これを使えば、神器に勝るとも劣らない力を手にする事ができるそうですが……皆さん、興味はございます?」
まるで探るような未央の目に、咲良達は苦笑する。
「鍛錬なくして手に入れた力に、なんの意味がある?」
「過ぎたる力は身を滅ぼすとも言いますしね。それこそ白鬼隊のように……」
「私も必要ないかな~。なんかまともな生活できなさそう~」
すると未央は微笑み、優雅に一礼した。
「そうですよね。出過ぎた真似を申しました」
「いや。面白いものを見せてもらって感謝する。まだまだ私達の知らない事もあるのだなと思わされた。
――それより、月輪、ご両親とはもう良いのか?」
「ええ。元々、頻繁に連絡は取っておりましたので。
ところでみなさん、もう少々、お時間を頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「それは構わないが、どうかしたのか?」
「ええ。私が来年から着ける甲冑の着感試験を行いたいと家人が。よろしいでしょうか?」
未央の言葉に、三人は目を輝かせる。
この場に居るのは武に強い関心を持つ者ばかりなのだ。興味を持たないわけがない。
「――月輪の伝来騎か! ぜひ私達にも見せてくれ!」
咲良達は未央に案内されて、隣の大蔵に移動した。
大蔵の奥の台座に腰掛けられた甲冑は、白を基調にどころどころに黒と赤の縁取りが施され、その面もまた純白をしていて、烏帽子のような黒色の冑と、そこから流れる紅い放熱器が特徴的だ。
装甲服を着けている事から、後衛型の甲冑なのが見て取れる。
「――一条家支族に伝わる、量産雌型特騎<白拍子・雨>です。
それではみなさま、少々失礼しますね」
そう言って、未央は具足を着ける為に、懸架台へ歩いていった。
「――純粋な後衛舞踊系甲冑は初めて見るな」
咲良が感慨深く呟けば、
「そうだよね~。紗江ちゃんの<舞姫>も舞踊系だけど……」
絹も腕組みしてうなずき、それから言葉を濁す。
「<舞姫>はウチの者が、『俺らが考えた、さいきょーの甲冑』をスローガンに、悪ノリに悪ノリを重ねたもので……」
環は恥ずかしそうに肩を寄せて答えた。
その言葉に、咲良が納得したように環を見る。
「それで姉妹機の<剣姫>もあの性能なのか」
「はい。<舞姫>に搭載する機能を、思いつくままに、当時、実働可能だった<剣姫>で試験を行いまして……」
「道理で、扱いの難しい騎体になるわけだ」
以前、ものの試しと<舞姫>や<剣姫>を着させてもらった時の事を思い出し、咲良は思わず苦笑する。
あまりにもクセが強すぎて、咲良では歩かせるのが精一杯だったのだ。
「そういえば、隠桐は甲冑はどうするんだ?」
もう数ヶ月もすれば、咲良達も三年生だ。甲冑の授業がはじまる。
「それがねぇ、ウチはずっと男系だったから、雌型の伝来騎がなくてね~。
私は学校から<若葉〇式>借りるつもりでいたんだけど~」
尋ねられて、絹は困ったように首を傾げた。
「パパが『どうせ防人大に進学してからも使うんだから』って、ノリノリになっちゃってね~。
ほら、ウチって夏に、どっかのブタさんがやらかしてくれたお陰で、大量にお金が舞い込んだじゃない?
だから――甲冑製造部門立ち上げちゃった……」
困ったように嘆息する絹に、思い当たる事でもあったのか、環が手を打ち合わせた。
「あ、ひょっとしてウチの家人が、このところ、やたら諏訪へ出張してたのって……」
「そうなんだよ~。穂月家とは海運と船を卸す関係だったでしょ? 昔からお付き合いがあったみたいでね。パパったら甲冑部門の立ち上げで、穂月家に技術提供を願ったんだって~」
道理で最近、源三が弓に関して、やたら調べていたわけだと、環は納得した。
「素体の組み上げまでは順調みたいでね~。冬休みに帰省して、試験稼働の予定だよ~」
なんだかんだで嬉しいのは嬉しいのか、絹は胸の前で拳を握りしめて、笑顔でそう告げた。
そうこうしている間に、未央の用意が整ったのか、<白拍子・雨>の白面に紫紺の貌が結ばれ、ゆっくりと動き出した。
『――感触は悪くありませんね。このままひと差し舞ってみます』
<白拍子・雨>から未央の声が響き、甲冑は装甲服の帯に挟んだ鉄扇を手に構えた。
そして、ゆっくりと舞い始める。
それは穂月流の跳躍を交えた円を中心としたものとは異なり、舞台を広く使う直線的な、それでいて静かな舞い。
舞いが終わった時、咲良達は惜しみない拍手を未央に送った。
「――お粗末様です」
未央は<白拍子・雨>を着たまま、照れたような声色で、優雅にお辞儀して見せた。
昨日はお休みしてしまい、申し訳ありませんでした。
今日はいつもよりちょっと多めでお送りしました。
え? 紗江はどうした?
咲良様の方も今後、大事なお話なんです。見捨てないで~。
次回はちゃんと紗江のお話の予定です。




