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唄う神器とわたしの魔法  作者: 前森コウセイ
一年生だけの帰宅部
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第53話 一年生 初冬

 ――彼女は、その少女を見つけた時、自分が囚われたのを自覚した。


 あの少女と触れ合いたい。


 あの少女と共にありたい。


 だから、彼女はその為に動き出した。





 千葉から東の太平洋上にポツンと浮かぶ、三洲山(みすやま)の冬の訪れは早い。


 十一月の終わりには北風が吹いて枯れ葉を散らし、十二月にもなると、稲株の残った田んぼに霜が降りる。


 上女(かみじょ)の生徒達も寮から校舎へと向かう短い距離でさえ、寒さを嫌って分厚いコートを着込むようになる。


 教室には暖房が入り、自販機に並んだホットドリンクが好評になる十二月の初週の放課後、帰宅部一年の四人は部隊棟のプレハブに、いつものように集まってお茶をしていた。


「――天恵(あめ)先輩は進学試験の為に引退。咲良様とお絹さんは修学旅行……」


 プレハブの隅に置かれたダルマストーブに焙られ、とろけたようにテーブルに突っ伏しながら、紗江は言う。


 加湿の為にストーブに置かれた薬缶(やかん)の蓋が、カタカタと規則的な音を立て、それがまた眠気を誘ってくる。


 (らん)など一足先に、こたつの猫よろしく丸くなって寝息を立てていた。


 肌寒くなるこの時期、異界(ラビリンス)に潜る上女生徒の数は激減する。誰だって温かい部屋の中で、お茶でも飲みながら、ゆっくりと過ごしたいのだ。


 それでもわずかながら、異界に潜る者も居ないわけではないのだが、三年生が引退し、二年生が修学旅行に行っている今、一年だけで潜ろうという部隊や班はほとんどない。


 結果、帰宅部も暇になって、こうしてプレハブでお茶の時間を過ごしているのだ。


「……修学旅行って、何処行ってるんだっけ?」


 紗江は身を起こし、購買で買ってきたみかんに手を伸ばしながら、紅葉(もみじ)に尋ねる。


「――七泊八日で帝都、京都、太宰府の弾丸特急旅行と聞いてますわ」


「うわぁ、上女(うち)の行事って、時々、頭おかしいよね」


「なんでも、一週間で防人(さきもり)の歴史を近代から巡るっちゅー話じゃぞ」


 紗江と同じく、みかんを剥きながら、茉莉(まつり)がそう説明する。


「……ふぅん」


 防人の歴史と言われても、いまいちピンとこない紗江は、みかんを口に放り込みながら、空返事で応えた。


「……暇ですわねぇ」

 紅葉もまた思った事をそのまま口にし、

「暇だねぇ」

 紗江が応じて、

「本当に退屈じゃのう……」

 茉莉がうなずきで応える。


 三人は完全に暇を持て余していた。


 と、そんな時、プレハブのドアがノックされる。


「どうぞー」


 返事をすると、ドアが開けられ、現れたのは舞だった。


「みなさん、こんにちわ。今、平気ですか?」


「平気平気。ちょうど暇だねぇって話てたんだ。座って。お茶でいいよね?」


 紗江は空いてる椅子に舞を座らせ、来客用の湯呑にお茶を煎れる。


「で、今日はどうしましたの?」


 紅葉がそう促すと、舞は困ったように頬を掻いた。


「今、二年生の先輩が居ないじゃないですか。ウチの隊、私と(あかね)さんだけに、なっちゃって……」


 茜というのは、彼女の部隊<戦乙女>の一年生で、同じ百合組の生徒だ。


「それで、茜さん、今日は風邪をひいたみたいでお休みで、異界に行けなくてですね……」


 舞は二年生が居なくても異界に潜る派だったようだ。


 顔を赤くしてもじもじとする舞に、紅葉はピンと来て、人差し指を立てる。


「ひょっとして、一緒に異界(ラビリンス)に潜ろうというお誘いですの?」


「はい。よろしければ、いかがでしょうか?」


 赤い顔のままうつむいて告げる舞。


「ふむ、面白そうじゃの」


 真っ先に反応したのは、茉莉だった。


「最近は皆のナビにも慣れてきておったから、ここらで他部隊の者をナビしてみるのも、良い経験になるうかもしれん」


「そうですわね。先輩方が居ないからこそ、今のわたくし達の実力も測れるかもしれませんわね」


 紅葉も乗り気になっている。


「――よくわからないけど、異界(ラビリンス)に行くなら、あたしも行く~」


 目をこすりながら蘭が手を上げ、紗江はうなずいた。


「じゃあ、ちょっと準備して、行ってみよっか?」





 その頃、咲良は絹と一緒に、帝都にあるホテルのロビーで、食事会場に向かうため、班員である未央と環を待っていた。


 (クラス)の垣根を取り払って組まれた班の中で、咲良は、GW(ゴールデンウィーク)以来仲良くなった(たまき)と、同じ百合組の未央(みお)を誘って、絹と一緒に四人の班を組んでいた。


 紗江と舞が仲良くなったのをきっかけに、咲良は自然と、舞の部隊に所属している未央とも話すようになったのだ。


「あの人付き合いの苦手な咲良ちゃんがねぇ」


 絹が腕組みしながら、しみじみとうなずく。


「なんだ? どうした突然」


 咲良が怪訝な顔を見せると、絹はにやにやとした顔を咲良に寄せた。


「だって~、私、修学旅行は咲良ちゃんと二人で回ることになるんだろうなぁって思ってたんだよ? それがまさか咲良ちゃん自ら、環ちゃんや未央ちゃんも誘いたいって言い出すなんてねぇ」


「べ、別に良いだろう? 穂笹(ほざさ)は武において尊敬できるし、月輪(つきのわ)はあれで、中々に面白い魔道観念を持っていてだな……

 ――それに人付き合いと言うなら、隠桐(よぎり)だって誰も誘ってないじゃないか」


 顔を赤くしながら咲良は言い訳する。


「私の場合は~、クラスの子に誘われてたけど、咲良ちゃんと回りたかったからね~。咲良ちゃん、親しくない子と一緒は嫌でしょ~?」


「嫌というわけではないぞ。苦手なだけだ」


 同学年であっても、いまだにメディアに露出していた頃の事を、あれこれ聞いてくる者達がいるのだ。咲良はそういう者達を苦手としていて、余計に人付き合いの苦手さに拍車をかけさせていた。


「わかってるわかってる~」


「そ、そんな事より、だ。隠桐、聞いたか?」


 形勢不利と悟った咲良は話題を変える事にした。


「一年達はどうやら、今日は衣笠(きぬがさ)と一緒に異界に行っているようだぞ」


 先程、紗江から届いた伝文(メール)を絹に見せながら、咲良は告げる。


「あ~、そっかぁ。今、<戦乙女>も二年はこっちだもんね。異界で鍛錬したいなら、一年同士で組むしかないかぁ」


 納得したように、絹は手を打ち合わせる。


「一年だけで、無茶しなければいいんだがな……」


「もう、咲良ちゃんは心配性だなぁ。去年の咲良ちゃんも、たいがい無茶してたよぉ? 先輩達、頭抱えてたもの~」


「――きょ、去年は私もまだまだ未熟でっ!

 ……割り切れてない部分が……あったのよ」


 後半は言い訳めいて、ごにょごにょと呟くような答えになってしまう。


 咲良は去年の自分を思い起こして、気恥ずかしくなった。


 早く強くなりたいと、一人前の撫子になりたいと、そんな事ばかり考えていたように思う。


 ――美咲様や慈雨(じう)様のように。


 一人でも多くの人を救える撫子になりたいと、その為に日々、苛烈な鍛錬を自身に課していた自覚もある。


「そういえば、今年になってからだよねぇ? 咲良ちゃん、なんか柔らかくなった」


「そうか? むしろ一年達の良き先達となれるよう努めているつもりなんだが」


「口調が二年になって急に硬くなったのは、それが理由だったんだね~。

 でもねぇ、雰囲気っていうのかなぁ? 前みたく自分を追い込みすぎて、今にもはち切れそ~って感じは、なくなったかなぁ」


 絹は人差し指を頬に当てて小首を傾げて微笑んだ。だが、その答えまでは求めていないようで、絹はすぐに話題を変える。


「――口調って言えばさぁ、天恵(あめ)先輩も口調変わったよね?」


「あれは戻ったんだろう。あの人は……慈雨様の背中を追って、慈雨様のようにあろうとしすぎていたんだ」


 同じく帯刀慈雨という英雄に憧れているからこそ、咲良にはわかる。


「慈雨様が昔言っていたよ。天恵先輩は本当は武より知に長けた子供だったそうだ。にも関わらず、あれほどの武を身に着けている。相当の努力をされたのだろう」


 天恵のそういう部分を咲良は、慈雨と同じくらい尊敬している。


「文化祭の合戦、天恵先輩すごかったよね~。<若葉〇式>一騎で<武士九十九(もののふつくも)式>三騎相手に勝っちゃうなんて、頭おかしいんじゃないかな~って思ったよ」


 絹は弓撃で甲冑を転倒させるという、頭おかしい自身の技を棚上げして、天恵を評した。


「は? そんな事になっていたのか? 私は前線に居たから、気づかなかった……」


「クラスの子が録画してたはずだから、今度もらってくるね~」


 そんなとりとめのない会話を続けていると、エレベータの扉が開き、環と未央が姿を現した。


「――大変、お待たせしました」


 律儀に深々と頭を下げる環と未央に、咲良と絹は苦笑する。


 二人とも女中をしている為か、お辞儀ひとつとっても洗練されている。


「気にしなくていい。月輪は実家からの伝話はもういいのか? 急がせてしまったなら、こちらこそ済まない」


「ええ。京に来るなら、一度は家に顔を出せとの事でして……皆様にご迷惑なので、断ってきたところです」


「それならば、せっかくの機会なんだ。気兼ねする事はない。私達も付き合おう。

 個人行動は咎められるかもしれないが、班で動くなら問題はないはずだ」


 咲良の提案に、未央は再び深々と頭を下げ、

「ありがとうございます。では、後ほどそのように実家に連絡します」

 そう言って、嬉しそうに微笑んだ。


「穂笹も、もういいのか?」


 咲良が尋ねると、環は困ったように頬に手を当てて苦笑する。


「はい。大奥様と御家のみなさんに、ご当地地酒を入手するようにと懇願されまして。先生に理由を話して、代わりに購入してもらえるよう、お願いしてきました」


 未成年に酒の土産を頼む穂月家の面々に、咲良も苦笑するしかない。


「それじゃあ、みんな揃った事だし、ご飯にいこ~」


 絹が右手を振り上げ歩き出し、三人もまた、彼女に続いて歩き出した。

新エピソード導入回です。


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