第52話 一年生 秋
『――なんだぁ? その声は衣笠だなぁ?』
粘つくような竜一の声音が<五行陽型>から響く。
『学生が教師に楯突こうって言うのかぁ?』
ゆらりと<五行陽型>が動いて、長杖の石突で地面を叩く。まるで駄々っ子のように何度も何度も繰り返されるそれに、地面が砕けて破片が飛んだ。
『ここまでの事をしでかしておいて、まだ教師面とは!
秦竜一! 貴方の歪んだ思想、私が潰します!
――さあ、いざっ!』
<戦姫・甲>が吠えて、誘うように身を低くした。
『ガキが舐めるなぁっ!
――火精、喚起ぃ!』
<五行陽型>の周囲に黒線が走って円を描き、一メートルほどの火球が三つ出現して、<戦姫・甲>へと放たれる。
<戦姫・甲>が鳴響処理された薙刀を振るうと、風切り音が鳴り渡って、結界が結ばれ、迫る火球を阻んで打ち消した。
『ハアァ――ッ!!』
舞の気合の声に応じて、<戦姫・甲>が吠え、胸の家紋の、風に流される虫の垂衣のついた市女笠――風流衣笠が強く輝く。
力を溜め込むように、身を低くした<戦姫・甲>を中心に、事象干渉領域が幕開き、<戦姫・甲>の背中に家紋が大きく結ばれる。
『――火精、喚起! 喚起! 喚起!』
まるで怯えたように<五行陽型>が火精を連打するが、<戦姫・甲>の結界に阻まれ届かない。
『俺の魔術だぞ!? ガキなんかに止められるはずがない! なぜ届かないっ!? なぜ魔法なんて時代遅れのものに阻まれる!
――女なんかに、ガキなんかに負けるものか!』
叫びながら、<五行陽型>はさらに火精を喚起。
甲冑と同じほど――五メートルほどの大火球を生み出し、
『――くたばれ、クソガキぃッ!!』
烈帛の気合と共に撃ち放つ。
結界が砕け、爆炎が舞って<戦姫・甲>を包み込み、火柱となって宙に立ち昇った。
『ハハハハハ――っ! バカが! 低能が俺に逆らうからそうなるんだ! 低能! 低能! 低能がぁ!』
まるで発狂したかのように、竜一が哄笑して火球を連打する。
だが――火柱の中、ゆらりと巨大な影が蠢く。
『公家の魔法は己を守るに長けたもの。秦竜一、貴方は魔法を舐め過ぎです!』
薙刀が一閃されて、突風が吹き荒れ、火柱が消し飛ぶ。
火の粉の舞い散る中、真紅の騎体は三重に張られた結界の中で無傷で構え、<五行陽型>へと一歩を踏み出す。
『やめろ! 来るな!』
火球は結界に阻まれる。
『お、俺は現代派のトップになる男だぞ!』
しかし火球は薙刀に切り払われる。
『……通告します。甲冑を脱いで、警察に投降しなさい』
薙刀の間合いで足を止め、舞が簡潔にそう告げる。
『俺はぁ――っ!』
だが、竜一はそれを受け入れず、頭上に両腕を掲げて大火球を喚起した。
『――ならば、終わらせます!』
<戦姫・甲>が逆袈裟一閃。
巻き起こった衝撃波が、荒れ狂う突風となって周囲を駆け抜ける。
激音と共に火花が散って、<五行陽型>の左腕が吹き飛び、<戦姫・甲>は薙刀を持ち替え、身を捻ってさらに袈裟斬り。
<五行陽型>の右腕が飛んだ。
『ハアァ――ッ!』
さらに身を回した<戦姫・甲>は横薙ぎを放って、<五行陽型>の首を跳ね飛ばす。
左右の腕が落ち、それからわずかに遅れて、<五行陽型>の頭部が轟音を立てて、地に落ちた。
突風がいまだ吹き荒れるその場に、残心して構える<戦姫・甲>。
「――お見事っ!」
退避していた静江の声が、やたらはっきり辺りに響いた。
居合わせた警官によって護送車が手配され、ゲート前で騒いでいた連中と一緒に、秦竜一もまた、連行されていく。
護送車が来るまでの間に警官が聴取したところによると、昨日の魔熊も、彼ら現代派による犯行という事がわかった。
魔獣の入手経路や資金源など、詳しい事はこれから取り調べが行われる事になるが、ひとまず文化祭を襲った危機は去ったといえるだろう。
舞も簡単に聞き取りされたが、物陰から現れた月輪先輩が、
「お手洗いに向かっていたら、秦先生が甲冑で暴れているのを見て、止めなければいけないと思い、行動した」
と、説明したところ、そのまますんなり受け入れられた。
緊張していたのが馬鹿らしくなるくらい、すんなりだった。
そして今、舞は<戦姫・甲>を脱いで、部隊棟のプレハブで、静江を前にお茶を啜っている。
月輪先輩にも同席して欲しかったのだが、彼女は舞台の裏方作業を理由に、さっさと退散してしまった。
「いやあ、見事な武だった。あれで無免というのだから恐れ入る」
静江は上機嫌で、舞が出したお茶をひとすすり、顔を綻ばせてそう告げた。
「すまなかったね。時間を取らせちまって。どうしても礼を言っておきたくてね。
――助かった。ありがとうね」
頭を下げてくる静江に、舞は恐縮して、慌てて両手を振る。
「と、とんでもない事です。あ、あの、お顔をお上げください。私こそ、差し出がましいマネをしてしまって……」
「いやあ、あんたがどんな想像してんのかは知らないけどね、さすがに私も無手じゃあ、甲冑の相手はしんどいよ」
静江は苦笑して、お茶をもうひとすすり。
だが、しんどいだけで、負けるとは言わない辺り、この御仁の底知れなさを感じ、舞はますます恐縮する。
「衣笠さんと言ったね。公家の出で、あの武は相当、努力したんだろうね? 師を聞いてもいいかい?」
「……夏の間、遠縁の武家に門戸を叩きましたが、師と呼べるほど長くは見てもらっておらず、学校の授業と合わせての……ほぼ独学です」
「なるほどね。それで処々、ちぐはぐな印象があったんだね。しかしそれであの動きだ。誇っていいよ」
静江の手放しの称賛に、舞は顔を赤くしてうつむいてしまう。
「その……憧れの人が居まして……その人の動きを真似てるつもりなんですけど、やっぱり武器が違うとうまく行かなくて。自分なりに、工夫してみてるつもりなのですが……」
「ああ、ウチの紗江かい?」
なんでもない事にように告げる静江に、舞は飛び上がってその顔を見た。
「――ええっ!? な、なんでっ」
顔が耳まで真っ赤になるのを感じる。
「そりゃわかるさ。あの円運動から繰り出す連続斬撃は穂月に連なる動きだよ。
いいね、あんた。もし行き詰まってるなら、ウチにくるかい?」
それは願ってもない申し出で。
舞はこんな幸運があっていいのだろうかと。夢ではないのだろうかと、こっそり太ももをつねってみた。ちゃんと痛かった。
「薙刀なら、ウチにも使い手がいるから教えてやれるし、魔道ならあたしが教えてやれる。毎週土曜に紗江が泊りがけで帰ってきて稽古してるから、やる気があるなら、一緒に来るといい」
それが決め手だった。
「――ぜひっ!」
舞はテーブルに頭をぶつける勢いで頭を下げた。
そんな舞の様子に微笑みを浮かべ、静江は鷹揚にうなずく。
「じゃあ、紗江にも伝えておくから、土曜に一緒に来ると良い」
上女校内でそんな事があったとは露知らず、合同文化祭のメインステージは大盛りあがりだった。
そして、最後の演目である三年百合組の舞台が開幕する。
緞帳が開き、中央に立って高らかに望月の姫君への愛を謳いあげるのは、穂群の君に扮した加賀鈴乃先輩で。
「――――っ!?」
紗江は思わず声を上げそうになって、口を押さえたが、要らぬ心配だった。
男性和装の加賀先輩に、黄色い歓声があちこちから飛ぶ。横を見ると、紅葉は顔を真っ赤にして鼻を押さえていた。
「てことは、ひょっとして……」
紗江の呟きに同意するように、蘭と紅葉もうなずく。
果たして、その予想は正しかった。
穂群の君の言葉に応えるように、舞台袖から望月の姫に扮した天恵が現れる。
天恵は花の刺繍飾りが施された、白の単衣を纏い、ウィッグなのか、長髪になっていて。
「――控え目に言っても、天恵先輩、きれぇー」
薄化粧された天恵は、スポットライトに照らされて、ひどく美しく見えた。
思わぬ配役に驚かされた上女生徒達の前で、天恵は洗練されたアルトで返歌を紡ぐ。
三年百合組の演劇が終わった時、観客達は魅了され、惜しみない拍手が会場を包んだ。
「天恵先輩、こっち見てーっ!」
「加賀様! こちらをー!」
カーテンコールで、紗江と紅葉がスマホ片手に手を振りまくり、二人に苦笑されたのは言うまでもない。
こうして、三日間に及ぶ合同文化祭は幕を閉じたのだが、その裏で起きていた秦竜一による甲冑暴走事件について、生徒達が知るのは、翌週の全校朝会になってからだった。
魔獣襲撃のテロも、彼の仲間による犯行と知らされ、生徒達の話題をしばらく独占する事となる。
なかば洗脳されたようになっていた、秦のシンパの現代派生徒達は、しばらくの間、肩身の狭い思いをする事になり、上女内でのその勢力を縮小させていく事になった。
壊された自身の甲冑を前に、一条洸司は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「――まさかここまでやってくれるとはね……庶民てのは本当に野蛮だ」
その言葉を受けて、嘆息を漏らすのは、彼の専属女中である月輪未央だ。
「そうなるよう、彼を煽ったのでしょうに……」
「だが、ここまでやるとは思わないだろう?
――あーあ。素体まで負傷してる。これは工房に送らないとダメだな」
装甲に開いた穴を覗き込み、呟いた彼は、足元の破片を蹴り飛ばす。
「しかも肝心の成果は得られないと来た。
――やはり穂月の地元で、その跡取りを孤立させるのは無理筋だったか。
それにしても、もうちょっとやりようがあっただろうに。あの魚類め……」
そのあからさまな嫌悪感と共に放たれたセリフに、未央は面白そうにクスクスと笑った。
「それでもまったく益がなかったわけではないですよ?」
「ほう。面白そうだな。聞かせろ」
興味を持ったのか、洸司は未央に顔を向ける。
「はい。それでは――」
長かった秋が終わりました。
このエピソードは、舞ちゃんが精神的に成長するきっかけを得る為の物語でした。
ただ守られるだけを厭う彼女が、どうなっていくのか、紗江達の成長と共に見守ってください。
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