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第51話 一年生 秋

 (はた)竜一はうわずった悲鳴をあげて駆け出した。


 こんなはずではなかった。


 生徒達にこの学校のあり方の歪さを伝え、より自分の理念を広めたかっただけ。


 なぜ否定される。


 なぜ警官や教師達は理解しない。


 ――俺は、俺達はこんなにも差別されているのに!


 あの女にちょっと脅されたくらいで、自分を売ったあいつらもあいつらだ。


 所詮、金目当てのクズどもだ。信念が足りないから、すぐに言い負かされる。


 ――俺は違う。俺は特別なんだ!


 支離滅裂な思考で向かう先は、上女内にある、教員用の甲冑駐騎場。


 実践魔道学教諭である竜一には、学校貸与名目で甲冑――<五行陽型>が貸し出されていた。


 それは現代派の仲間達によって用意され、文部省の仲間を経由して回されてきた魔術士用の特騎で。


「おまえ達が悪いんだ。昨日の警告さえ無視して、まだ華族讃歌を続けるから……」


 血走った目で呻くように呟く。


「……逃げ切ってやる」


 三洲山を出て、内地の仲間達の元へ戻れば、まだ再起できるはずだ。


 どのみち教職など腰掛けに過ぎない。学校内で数年シンパを作ったら、引き上げる予定だった。それが早まっただけ。内地の仲間達は喜んで自分を迎え入れるだろう。


「そうだ。それがいい」


 喉が引きつったような笑いを漏らし、竜一は具足を着ける為に懸架台に向かった。






「――口で負けて、結局、暴力ですか。底が知れますね」


 教員用の甲冑駐騎場を物陰から見つめ、未央は目を細めて哂い、ポケットからスマホを取り出して、伝話をかけた。


「私です。予想通り、あの男は暴力に訴える事にしたようですよ。

 ――ええ。そうです。わかりやすい形になりましたね。免許? 大丈夫ですよ。校内は私有地扱い。免許は無くても平気です。

 今、あの方を止められるのは、あなただけ。やってしまいましょう?」


 未央の言葉に、伝話の相手が息を呑むのがわかった。


「――理不尽を振り撒く者には粛清を。なにも間違った事ではありませんよ。

 まして相手は暴力にてそれを行おうとしているのですから。それをさらなる暴力で押さえつけられたところで、文句など言えるはずもありません。

 ……さあ、舞さん。強く、なりましょう?」


 笑みを濃くして、未央は諭すように告げた。






 具足を着けた舞は、月輪先輩との伝話を終え、スマホをしまうと、部隊棟の一番奥の駐騎台に座した自分の甲冑を見上げた。


 夏休みに帰省した時に、送ってもらったものだ。


 ――<戦姫・甲>


 公家の大家、近衛家の支族である衣笠(きぬがさ)家が保有する、雌型(めがた)量産特騎だ。


 全身を真紅に塗り染められた装甲。


 額から頭部の曲線に沿って、後ろに流れる二本の角飾り。


 放熱器である、たてがみは鮮烈な白。


 腕を覆うほどの肩楯が、紗江の<舞姫>に似ていて、舞は気に入っている。


 動かせるのは、夏の帰省でわかっている。


 鍛錬を積んだ今なら、戦闘も可能だろう。


「……強く、なるんだ」


 まるで自身に言い聞かせるように、舞は呟く。


 <戦姫・甲>の真紅の無貌(むぼう)を見上げ、うなずきひとつ。舞はその背後にある鞍上の入り口へと歩き出した。



 同調器である真紅の面を着け、具足を鞍上の固定具に乗せる。


 深呼吸して事象干渉領域を開けば、面の内側に制御構文が流れて、すぐに外の景色が映し出された。


 <戦姫・甲>の無貌の面に、純白の文様が走って相が結ばれるのがわかる。


 駐騎台に懸架された薙刀を手に取り、確かめるように軽く一振り。


「……動く。動かせる」


 <戦姫・甲>は夏に、はじめて着た時に比べて、思った以上に軽くて。


「私、強くなれてるんだわ……」


 口に出してみて、実感する。


「――これならっ!」


 部隊棟から出て、教員用の甲冑駐機場の方を見据えると、舞は<戦姫・甲>を走らせた。





 教員用甲冑駐機場に轟音が響く。


 <五行陽型>が追跡を遅らせる為、他教員用の甲冑を破壊して回っていた。


 魔術特化型甲冑特有の長衣のような装甲服を風に揺らし、哄笑しながら手にした長杖を振り降ろす<五行陽型>。


 特に念入りに狙っているのは、公家華族一条家の濃紺の特騎だった。


 装着者の居ない甲冑は容易く倒れ伏し、打ち振るわれた長杖に面が割られる。


『……はぁはぁ、いつもいつも俺を舐めてるから、こんな目に遭うんだ!』


 竜一の怒声。


 この時になって、ようやく破壊音を聞きつけた、警官や学校関係者が駆けてきて、目の前の惨状に言葉を失う。


『――おまえら、踏み潰されたくなければそこをどけ!』


 威嚇するように長杖を振り、一歩を踏み出せば、居合わせた者達は慌てて後ろに下がる。


『そうだ。おまえら愚民は黙って、賢い俺の言う事を聞いていればいいんだ!』


「――やれやれ、特権階級批判をした口で、上から目線で民衆抑圧発言とは、恐れ入るね。あんたら現代派はいつも支離滅裂だ」


 遅れてやってきた女――静江が煙管を片手に、小馬鹿にしたように<五行陽型>を見上げる。


「結局、あんたらは民の為に活動してるんじゃなく、ただ自分達が特権側に回りたいだけなんだろう? 

 だから簡単に民を見下すし、民もそれを察して近寄らない。

 ま、あんたらに言わせれば、それすらも()()、なんだろうが……まったく、都合の良い愉快なおつむだよ」


 静江は紫煙を吐き出し、面倒臭そうに首を捻った。


『お、おまえみたいな奴がいるから、社会が良くならないんだ――ッ!!』


 竜一の叫びと共に、<五行陽型>が長杖を振り上げた。


 警官や学校関係者が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す中、静江だけが笑みを貼り付けたまま動かない。


「……小僧、私とやろうってのかい?」


 まるで見下すような呟きに、竜一はさらに激昂した。


 なぜこの女は恐れない。なぜ笑っていられる。


 ――これが武家華族というものなのか?


 脳裏を過ぎった考えを打ち消すように、竜一は長杖を握る手に力を込める。


(いいや、この女だって、甲冑(おれ)の力の前には無力なはずだ!)


『――俺の力を思い知らせてやるっ!』


 <五行陽型>が振り上げた長杖を振り降ろす。


 ――瞬間。


 一陣の赤い風が吹き抜け、<五行陽型>の前に立ちはだかり、

『――させません!』

 気合の声と共に、振るわれた薙刀が長杖を打ち払った。


『……先生。いえ。現代派、秦竜一! 貴方の相手は私がします!』


 振るった薙刀をくるりと回して腰溜めに構え、<戦姫・甲>が高らかに告げる。


『――いざ、尋常に勝負っ!』

 主人公不在で申し訳ありません。

 ただ、舞ちゃんの成長も、この物語の重要なポイントなのです。

 次回、舞ちゃんの甲冑初陣です。


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