第50話 一年生 秋
※この物語はフィクションです。
特定の団体、組織、思想、民族、及び作者の思想信条とは、いっさい関係ありません。
合同文化祭三日目は、メインステージでの三年生の演目鑑賞だ。
昨日の謎の襲撃もある為、本日は警察がゲート周辺で警備に当たってくれている。
この舞台の為に、二年生は今朝早くから観客席を階段上に組んで、準備していた。
中等部を含めた全生徒と来客を合わせると、千人を超える観客達を前に舞台に立つのだから、三年生達の緊張は否が応にも高まる。
一方、鑑賞する側は気楽なもので。
紗江は桜組にあてがわれた一角で、蘭と紅葉に挟まれて椅子に座り、しおりの最終日のページに目を落としていた。
「天恵先輩の百合組の番は――」
演目内容はくじ引きで決められたそうで、合唱、舞踊、演奏、演劇の四種の中から、三年百合組は演劇を引き当てていた。
上男も同様に四種の中からくじ引きで決めているそうだから、これも一種、両校の対抗戦のような体を成している。
「演劇は両校、最後のようですわね」
紅葉がしおりの百合組の項目を指さして、紗江に見せる。先に上男の上演があって、最後に百合組のようだ。
「演目は――三洲山恋唄? 有名な演目なの?」
「紗江ちゃん、それ紗江ちゃんのご先祖様のお話」
三洲山育ちの蘭が解説するように、人差し指を立てる。
「片辺センセが言ってた、望月家の姫が穂群家に嫁入りするお話。須波家の御曹司の横槍があって、すったもんだするんだよ」
「須波家、感情ごとで、はっちゃけ過ぎじゃありませんこと?」
この御曹司の父の代では友情を拗らせて内戦まで起こしている。それを思い出したのか、紅葉が呆れたように呟いた。
一方、紗江はというと、ご先祖様の話と言われても、五百年以上昔の人の話だ。実際に会えているシロカダ様と違って、いまいちピンと来ない。
そんな事より気になるのは、配役の方だ。
「お姫様はきっと加賀先輩だよね?」
「きっとそうですわ!」
「天恵先輩はヒーローの穂群ノ君だね」
三人は確信をもってうなずき合う。
紅葉など、すでに脳内で加賀先輩のお姫様姿を思い描いて、顔を真っ赤に染めている。
そうこうしている間に、ステージが幕開き、上男の三年生が現れた。
紗江達は拍手で彼らを迎える。
最初の演目は、鳴刀や鳴槍を用いた演舞のようだった。
ゲート前で警官らに押し止められてなお、声を張り上げて抵抗する連中を前に、静江はこめかみを押さえて、ため息をついた。
十分ほど前から、どこからともなく続々と現れたのだという彼らは、『華族至上主義をヤメロ』だの、『軍国主義反対』だの、『華族は搾取をヤメロ』だのと言った、プラカードを手に喚き散らしている。
(今日は結愛を連れてこなくて正解だったねぇ)
内心で静江は独りごちる。
昨日のテロまがいの事件もあった為、領主にして学校の理事でもある静江は、今日も後始末と今後の対策を話し合う為に上女を訪れていた。そんな折、彼らがやってきて、警官と揉めていると聞き、静江が出張る事になったのだ。
「――若者の軍国教育はんたーいっ!」
「――差別主義教育やーめろーっ!」
警官の制止も聞かず、声を張り上げる彼らの格好は、お世辞にも小綺麗とは言えず、
(明らかに小遣い目当ての連中じゃないか……)
静江は馬鹿らしさに鼻を鳴らす。
「――領主は市民の声を聞けーっ!」
ただでさえ、昨日の事件でイラついていた静江は、その声にキレた。
「ああ、いいさ。聞いてやろうじゃあないか」
「――あ、理事!」
上女の事務方や教師達が止めようとするが、静江は無視して、帯から扇子を取り出し広げ、彼らの前に進み出る。
「だ、誰だ、おまえ!」
「おまえこそ誰だい? 市民を名乗ってたが、どこの市民だい?」
「か、上洲市の市民に決まってるだろうが!」
「そりゃおかしいね。ウチの領民はみぃんな私の顔を知ってんだ。そして私もあんたらくらいの年頃の奴ぁみんな覚えてる。で、あんたはどこのどちら様で?」
静江の言葉に戸惑った男は、周囲の仲間と視線を交わし合う。
「話を聞けって言うから出てきてやったんだ。私が穂月領主の静江さ。
――さあ、市民様とやらは、なにを聞かせてくれるんだい!」
静江の一喝。
一瞬黙りこくった彼らは、自身が気圧されたと気づくと、まるで火が着いたかのように口々に罵声を張り上げた。
「あーあー、やかましいったらないね。これが市民の声とやらかい? そこらのガキでもまともに喋るだろうさ」
言いながら、静江は扇子を横薙ぎに一閃。事象干渉領域が自称市民らを包み込み、途端、彼らは口をつぐむ。
突然の事に戸惑い、口を押さえたり、手で開こうとする男達。
「――聞いてやるから順番に喋りな」
静江が指を鳴らせば、先程、上洲市民を名乗った男が口を開く。
「お、俺達は華族の不当な搾取を糾弾する為にだなぁ!」
「それが高校の生徒達になんの関係があるんだい? それを訴えたいなら、役所なり、領主議会なり、帝国議会なりに行きな。
――次だ」
再び指を弾く静江。今の男が押し黙り、別の男の口が自由になる。
「そもそも俺達の税金はお前ら華族に贅沢させる為に納めてるわけじゃないぞ!」
「それも議会案件なんだがね……いいかい? 私ら華族は贅沢してるわけじゃないんだ」
「パ、パーティしまくってるだろうが!」
「それが仕事なのさ。パーティで出される食材や調度は、主催者が他の華族――引いてはその領地に売り出したい商品なんだ。私達華族はそれを吟味し、自領に持ち帰るかどうかを判断する」
「結局、贅沢してるじゃないか!」
男の叫びに、静江は嘆息して頭を振った。
「例えば、だ。あんたが同じように贅沢したとして、何人にそれを紹介できる? 販路を都合してやれる? そして逆にそれを機にして、自領の商品をどれだけ売り込むことができる?
――私らはね、そういう事を考えて、あんたらの言う贅沢をしてんだ。代わってくれるなら代わって欲しいくらいだよ。まったく。次!」
さらに別の男を促す。
「そもそも益荒男や撫子、防人などという軍事力は他国との緊張を――」
「――軍事力を保有してない国があるかい。次!」
「し、しかし、九条結界がある我が国に、軍事力など必要ない!」
「――九条結界が守ってるのは本州だけだ。しかも陛下になにかあったら、消える防壁さ。その万が一が起きた時、誰が御国を守る?
そもそも防人は他国相手じゃなく、対異界防衛の組織だよ。
こんなのは中学公民で習う話だろうに。異界が溢れた時、あんた達が守ってくれるのかい?」
静江は次々と指を打ち鳴らしては、男達の主張を論破していく。
「だが、この学校は子供達に思想教育を行って――」
「――思想教育? いざという時に意思統一されてない者がなんの役に立つ?
上女も上男も生徒達は、自ら覚悟を持って、望んで入学してんだ。外野がガタガタ抜かすんじゃないよ」
いい加減疲れてきた静江は、煙管を取り出し、煙草を詰めて、火皿を弾いて鳴らすと、紫煙を吸い込み、一息。
「そもそもあんたらこそ、頭数ばかりそろえて、意思統一ひとつ満足にできてないじゃないか。しかも言い分はすべて、子供らに向けるような内容じゃないと来ている。
……あんたら、いったいなにをしたいんだい?
――いいや、言い方を変えてやろうか? 誰に言われてやってるんだい? 現代派っ!」
確信を突いた静江の一喝に、男達は息を呑み、咄嗟に視線を静江の背後に向ける。
その視線を追うように、静江はゆっくり振り向いて。
「……ようやく尻尾を掴んだよぉ。秦先生?」
背後で顔を青ざめさせる男に、目を細めて見せた。




