第42話 一年生 秋
十月もなかばになり、学校の周囲を覆っていた稲穂が刈り取られた頃、上女と上男の生徒達は両校の間にある、広々と空いたその休耕田に集まるようになる。
抜けるような高い空、わずかに冷たさが混じり始めた空気に、稲株から香る藁の香り。
道路から見て奥手側、田の西端では今年の収穫の高さを誇るように、大量に稲が稲掛されている。
そんな田んぼの上を、上男の甲冑<武士九十九式>がのしのし歩き、各田の端に木杭を打ち込んでいく。肩楯や佩楯、背部の武装嚢を外された<武士九十九式>は、完全武装時に比べてスッキリと細身の印象を受ける。
甲冑用の大金槌で太い木杭が打ち込まれ、周囲に不規則だが心地よい打音が響き渡るのは、この時期の村の風物詩だ。
文化祭の準備である。
村の休耕田を借りて、防人大付属の上男上女両校合同で行われるそれは、上女が女学校という性質上、男性を校舎内に入れるのが憚られる為、校外である休耕田で行われるようになった。
かつては別々にそれぞれの学校が文化祭を開催していたのだが、基本的に出会いのない上男側と、お嬢様育ちで男に免疫のないままでは、将来困るという上女側の利害の一致から、合同で行われるようになったのである。その両校の動きの背後に、当時、赤子を背負って登校していた、とある女傑の動きがあったのは言うまでもない。
木杭が打ち込まれた先から、上女の<若葉〇式>も加わって木板を渡していき、瞬く間に木製の床が出来上がっていく。その床に、具足を着けた両校の二年がブルーシートを敷いて固定すれば、そこは元休耕田とは思えない、ちゃんとした会場の完成だ。
「甲冑の土木力ってすごいねぇ」
見る間に出来上がっていく青い床を前に、紗江は思わず呟く。
「あら、内地でも工事現場などで使ってるではありませんの。ご覧になったことございませんの?」
紅葉が不思議そうに首を傾げる。
「それは見た事あるんだけどさ、実際にこうして、作業してるのをずっと見る事ってないじゃない? 改めてすごいなぁって」
紗江の見つめる先では、出来上がった青い床に、今度は模擬店用の支柱が次々と並べられていっていた。
「アメリアだと、大陸横断鉄道の敷設に精霊像を使ったんだって」
木杭が打ち込まれる打音が響くたびに、耳をピクピクさせながら、蘭が言う。
精霊像とは、アメリア精霊帝国での甲冑の素体の呼び方だ。
本来は戦う為に作られた甲冑が、こんな風に戦う事以外でも誰かの役に立てる事が、紗江はなんとなく嬉しかった。
会場設営地の前の道路には、今、両校の一年生が並び、会場が作られていく様子を見学している。
文化祭は設営から運営まで、基本的に二、三年生が主体となって行われる。
一年生や中等部生はお客さんであり、中でも一年生はこうして設営などを見学して、来年に備えるのだ。
稲掛されてる稲に、万が一にも被害が出ないよう、会場の西側に柱が立てられ、それを支柱に白いシートが張られて壁が作られる。その壁の前に骨組みが組まれて、瞬く間にメインステージの完成だ。
「あそこで天恵先輩と加賀様が演じられるのですね」
うっとりと両手を握りしめて紅葉が呟く。
文化祭は二年生が模擬店、三年生が演劇や合唱、合奏といった演目を披露するのが通例で、天恵の三年百合組は演劇を行うのだという。
「あれ? 紅葉ちゃん、加賀先輩の事、好きなんだっけ?」
紗江が尋ねると、紅葉は両手を握りしめたまま、ぐるりと振り返る。
「格好いいではありませんか! <先陣>部隊長にして生徒会長にして三年主席! 文武両道。あれこそ目指すべき撫子ですわ。
――あ、もちろん、咲良様も大好きですわよ? でも咲良様は武に偏重しすぎと申しますか、時代は女であっても学もあるべきなのですわ」
めっちゃ早口だった。
ちょっと引きながら、紗江はコクコクとうなずいて紅葉をなだめる。
「目指すべき撫子なら、あたしは静江様のが、かっくいいと思うな」
と、蘭が思わぬ名前を口にする。
「あの方は別格ですわ! 蘭さん、生きる伝説と現役女子高生を比べるなんて、意味のない事、すべきではありませんわ!」
紅葉の否定に、紗江も同意した。アレは目指すべき目標にするにはハードルが高すぎる。自分と同じ年には母を生んで、背負いながら登校していた、尊敬すべき「頭のおかしさ」をもった人なのだ。
そんな事を話している間にも会場設営作業は進み、二年生が具足でパーテーションを乗せた荷車を運び込み、分担してブースを作っていく。
文化部用の展示スペースだ。
全体的な配置として、西側中央にメインステージが置かれ、その前に観客席。柵で仕切って、さらにその前に二年生が行う模擬店スペースが並ぶ。その模擬店スペースを挟むように南北に、文化部展示用のスペースが作られた。
そんな会場を見回しながら、紗江は頭の後ろで腕を組む。
「タマ姉の百合組は洋菓子屋さん、お絹さんの桜組は自作小物屋さんって教えてもらったんだけど、咲良様だけ教えてくれなかったんだよねぇ。
――二人はなにやるか知ってる?」
「残念な事に、わたくしもわかりませんの。いくら咲良様にお聞きしてもお教えくださらなくて……」
「ふっふっふ。あたしは知っている……」
蘭が右手の甲で頬を撫でながらボソリと呟く。
「二年睡蓮組は女中喫茶をやるみたいだよ」
「――女中喫茶っ!?」
紅葉は思わず大きな声を出してしまい、周囲に見られて口を押さえた。
「た、確かな情報ですの?」
「昨日、<雲切>の甲板でお昼寝してたらね、隣の部隊棟から聞こえてきた。睡蓮組って言ってたから間違いないよ。サプライズの為に秘密にしてるんだって」
話していた二年睡蓮組生も、まさか隣で獣属が聞き耳を立てているとは思わなかったのだろう。
「しかもね、洋装なんだって」
紗江と紅葉に顔を寄せ、こっそりと蘭は告げた。
「――洋装っ!?」
ドギャーン! というオノマトペでも背負いそうな勢いで紅葉は仰け反る。洋装女中姿の咲良でも想像してしまったのか、鼻から赤いものが一筋垂れる。
「うわあぁ、紅葉ちゃん、鼻、鼻っ!」
紗江はスカートの隠しからティッシュを取り出して、慌てて紅葉の鼻に押し当てる。気持ちはわからないでもない紗江である。
「こ、これは失礼。でも、ぜひとも行かねばならないでしょうね」
「撮影オーケーだといいねぇ」
ぐふふと笑う、紗江と紅葉。
「――あのっ、紗江様?」
そんな紗江の肩を叩く者が現れる。
「おや、舞ちゃん。どーしたの?」
振り返ると、そこには夏休み前に異界で助けた衣笠舞が、ちょっと引き気味で立っていて。
深呼吸して気を取り直した舞は、胸に手を当てて切り出す。
「あの、文化祭をご一緒に回って頂けませんか?」
まるで決死の覚悟を決めたように告げる舞に、紗江は即答だ。
「うん、いいよ。ふたりもいいよね?」
「……紗江さん、そういう意味ではないと思いますわ」
「紗江ちゃんって、そーいうトコあるよね……」
同意を求められた二人は、困ったよう言う。
「ん? どういう事?」
「舞さんは、紗江さんと二人きりで回りたいと仰ってるのですわ!」
「え? なんで?」
「それは……」
紅葉は舞の方を見て、言い淀む。舞は舞で顔を俯かせてモジモジ。
「みんなと一緒の方が楽しいと思うけどなぁ。それにどのみち二人きりは無理だと思うよ? 結愛が――妹が遊びにくるからね」
言いながら、紗江は取り出したスマホで結愛の写真をみんなに見せつける。ランドセルを背負って喜んでいる結愛を写した、渾身の一枚だ。
「――ま、舞さんっ、とりあえず今はみんなで良いと仰っておきなさい。当日、わたくし達が、上手い事取り計らって差し上げますからっ」
埒が明かないと察した紅葉が、舞にそっと耳打ちする。紅葉は彼女の気持ちがよくわかる。自分だって、咲良と二人きりで回れるものなら回ってみたい。
舞は救いの女神に出会ったような顔で紅葉を見つめ、そして頷いた。
「で、では、皆さんとご一緒でも構いませんので、私もご一緒させてください」
「ぜんぜんオッケー!」
快諾した紗江に、舞はひとまず胸を撫で下ろし、礼を言った。
「では、約束ですよ!」
そう言って、嬉しそうに小走りでクラスの方へと帰っていく舞を見送り、蘭は思い出したように紗江達を見る。
「衣笠ちゃんって言えば、探索部隊作ったらしいよ」
「へえ?」
「中層にも行けるように、二年の先輩達も引き込んで、今じゃ本人も具足付けて毎日通ってるって」
「あんな事があったのに、鍛錬を続けるなんて、偉いねぇ」
紗江が感心して呟けば、蘭は首を横に振る。
「あの子の目標は紗江ちゃん。紗江ちゃんの隣に並べるくらいに強くなりたいって、公言してるらしいよ」
蘭は鈍感な紗江に、少しでも舞の気持ちが伝わるよう、フォローのつもりで話題を投げたのだが。
「やだ、なにそれ、照れる~」
肝心の紗江は頭を撫でながら、おどけて応えるだけだった。伝わってはないない。
これは面倒な事になりそうだ。と、蘭と紅葉は顔を見合わせてため息をついた。




