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唄う神器とわたしの魔法  作者: 前森コウセイ
あの時あったこと
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第41話 一年生 初秋

 ※本話は前半、人によっては精神的にクる描写があります。

 精神的に追い詰められている際や、病気中などの読書は避け、体調の良い時にお読みください

 紗江が気づいた所は病院のベットで、父の勲と母の静香が半泣き顔で見下ろしていた。


 父がナースコールし、すぐに医師と看護士がたくさんやってきて、なにやら身体を調べていて、それで紗江は身体の感覚がまったくないのに気づいた。


 動かせるのは目とまぶただけ。


 焦ってそれを訴えようにも、声も出なかった。


「――――」


 医師の口が動いてなにか言っていたけれど、それも聞こえない。


 そこで紗江は耳まで聞こえなくなっているのに気づいた。


 怖かった。


 これからずっと、この状態なのかと思うと、ただただひたすらに怖くて。


 なのに身体は震えもしないのが、また怖かった。


 ――医師が医療喚器を手に、魔術を使ったのが見えた。


 急に眠気がやってきて、その日は意識が途切れた。





 次に目覚めた時、病室には誰も居なかった。


 身体は相変わらず動かず、声も出せなければ耳も聞こえない。


 唯一自由になる目も、涙で滲んでよく見えなかった。


 ――誰か助けて。


 声にならない声で、何度も何度も何度も何度も繰り返したけれど、その声に応えてくれる人は居なかった。


 唯一自由になる目を閉じて、暗闇の中でこのまま消えてしまいたいと思った。


 また、眠気がやってきた。





 もう目覚めたくないと思っても、自然に目覚めてしまう自分の身体が恨めしかった。


 身体はやはり自由にならないままで、暗い室内に、今が夜なのだとわかった。


 これからどうなってしまうのだろう。


 いっそ目覚めない方が楽なのに。


 そんな事を考えて時間を過ごしたけれど、その日は不思議となかなか眠くならなかった。


 と、病室に誰か入ってきた。


 看護士かと思ったが、そういう格好ではない。


 その人物は洋式女中(メイド)服を着ていたから、暗くても女性なのはわかった。


 ――なぜこんなところに女中が?


 そんな事を考えている間にも、その女性は紗江のすぐそばまでやってきて、包帯の巻かれた胸の上で中空に指を走らせた。


 ――――ッ!?


 痛い痛い痛い痛い――ッ!!


 あれほどなにも感じなかった身体が嘘のように、全身に電流を流されたような痛みに目の前が真っ白になった。


 ――痛いぃッ! 助けて! 誰か……誰かッ!


 まるでその声に応えるかのように、不意に痛みが遠のく。


 涙で滲んだ目を開くと、胸のわずか上方に、刻印のような幾何学模様が浮かんでいる。


 ――あの女中は?


 視線を横に向けると、女中は病室の入り口の方を向いていて。


「――――」


 なにかを言ったかと思うと、慌てたように身をひるがえし、窓を開いて飛び出していった。


 視線を病室の入り口に向ける。


 そこには、腰まである長い亜麻色の髪を窓から吹き込む風になびかせて、やや短め裾丈が足りていないようにも思える、白いコートを着た女性が立っていて。胸の辺りから下るポンポン飾りが可愛らしいと、場違いにも思った。


 ――誰?


 この女性もまた、痛い事をするのだろうか。


 そう思う間にも、彼女もまた紗江のそばにやってきて――


 痛みを想像して、思わず目を瞑った。


 けれどいっこうにこないそれを不審に思って、もう一度目を開ける。


 白い女性は、紗江の右手を両手で握り、祈るように額をつけていた。


 ――私は助けを求められる誰か……


 ――私は報われることのない願い……


 ――私は嘆きを越えて差し伸べられる、ただひとつの想い……


 声が、聞こえた。


 胸の上に浮かんでいた幾何学模様が組み替えられて、柔らかな曲線を描き出し、温かい光を放って紗江の中に吸い込まれていく。


 右手を握る白い女性の手のぬくもりが感じられた。


 そして、

「――もう大丈夫。よく頑張ったね」

 女性の声が聞こえ、その優しげな声音に、紗江は涙が溢れるのをとめられなかった。


「おやすみなさい。次に起きたら、きっとすべてが良くなってるよ」


 そう言って頭を撫でてくれた白い女性の、紫水晶のような瞳がひどく印象的だった。


 眠気がやってくる。





 また、目が覚める。


 相変わらず身体は動かない。


 昨夜のあれは、良くなりたいという願望が見せた夢だったのだろうか。


 あの白い女性が立っていた、ベットサイドに視線を向けると、今日は両親がそろって、お見舞いに来てた。


「……紗江、起きたのか?」


 父のいたわるような声が聞こえた。確かに。はっきりと。聞こえた。


「…………お、と……さん」


 まるで自分のものではないような、ひどくしゃがれた声だったけれど。確かに声も出せた。


 両親が驚いたような顔で見下ろしてきて、歓声をあげて、いまだ自由にならない右手を握った。自由にはならないけれど、ちゃんと温かいと感じられる。


 涙が溢れた。


 ――次に起きたら、きっとすべてが良くなってるよ。


 あの女性は誰だったのだろうか。


 あの女中はなにをしようとしていたのだろうか。


 考えてもよくわからなかったけど。夢の中の出来事かもしれないけれど。きっとあの白い人が助けてくれたんだと思った。





「――そこから全身が動くようになるまで二ヶ月。日常生活を送れるようになるまで、さらに四ヶ月かかったんだけどさ」


 紗江はへらりと笑って帰宅部の面々を見た。


 想像を絶する、事故直後の紗江の状態に、一同言葉もなかった。


 リハビリを手伝っていた事もある咲良でさえ、そんな状態だったとは知らなかったのだ。


 紗江としては、ちゃんと治ったのだから、もう笑い話だと思うのだが、みんなはそうじゃないらしい。蘭と絹など涙をにじませている。


 紗江は気恥ずかしくて頭を掻いて、さっさと話題を流そうと、明るい声で言った。


「<伝承宝珠(アーク・セプター)>が奏でる唄がさ、あの白い人の唄に似てるなーって、最近思い出したんだよね」


「紗江ちゃん、それ誰かに言った?」


 莉杏(りあ)先生がメモ帳を取り出して確認する。


「今日この場が初出しですよ? ずっと夢だと思ってたし」


 そもそも<伝承宝珠(アーク・セプター)>が唄う事が稀なのだ。


 帰宅部の活動で、最近はちょくちょく神器へ切り替えていて、それでスムーズに切り替えられるようにもなってきているけれど、神器が唄ったのは、天恵先輩を助けたあの夜が最後だ。


 きっとまだなにか知らない要素があるのだろう、と紗江は思う。


「……刻印による魔道器官への強制介入と、それを逆手に取った整調なのかしら。でも、紗江ちゃんの魔道器官は壊れていたはずよ。刻印では外部から介入できない……となると未知の術理? それとも法理?」


 莉杏先生がめっちゃ早口でブツブツ言いながら、メモを書き殴っていた。


 と、それまで茉莉(まつり)の肩に大人しく座って聞いていたサーベイが、ふわりと飛び上がって、甲高い笛の声でピーと鳴いた。


「あ? 『ろじかるすふぃあ』からの介入と『きゅーぶ』による整調だと? なんじゃそれ?」


 もう一度、サーベイが短く鳴き、茉莉は顔をしかめた。


「――情報閲覧権限がないじゃと? なら黙っとれ」


 茉莉に叱られ、悲しげに肩を落とすサーベイ。


「いえ、待って茉莉ちゃん。『ろじかるすふぃあ』と『きゅーぶ』ね?」


「ああ、そう言っておった」


 その単語をメモして、莉杏先生は満足げにうなずく。


「この手の不思議ワードはシロカダ様に聞くが一番だわ。今晩、伝文(メール)してみましょう。

 ――紗江ちゃん、ありがと」


「なんかよくわからないけど、お役に立てたならよかったです」


 紗江はにっこり微笑む。わからない事は深く考えたってわからないのだ。


「結局、紗江さんに神器が宿った理由までは、わからないままでしたわね」

 言って、紅葉はカップの紅茶に口をつける。最近、彼女が自前で持ち込んだものだ。緑茶より紅茶派なのだという。


「それでも、紗江ちゃんの事が知られて、あたしは嬉しかった、よ?」

 テーブルに手をついて伸びをしながら、蘭が言えば、紅葉も顔を赤らめながら、


「――そ、それはわたくしも、嬉しかったですわ」

 早口でまくし立てた。


 ああ、いい友達を持てて幸せだ、と紗江は思う。


 ――慈雨(じう)様が繋いでくれて、あの白い人が助けてくれたから、今のわたしがあるんだよね……だから。


 だから、自分も同じくらい誰かの為になる事をしよう、と強く思った。


 その為に作られた、この帰宅部で。


 これでプロローグ修正に伴う、補足回想回は終了です。

 次回から、本来予定していた秋エピ。

 文化祭と秋の活動強化月間になります。


 ご意見、ご感想を頂けると幸いです。

 ご質問やご指摘も承ります。

 もし面白いと思って頂けたのであれば、ブックマークや評価を頂けると、作者のモチベーションになります。

 これからも、なるべく先の話数までお付き合い頂ければ幸いです。


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