第43話 一年生 秋
この章は、誤解される恐れがある為、先に明記しておきますが、
『作者は実在する特定の思想、主義、人種、民族、及び団体に対する、偏見や思想、差別意識を持ち得ておりません。また、登場する人物も、特定の誰か、あるいは団体を指すものではありません』
そして、この物語はあくまでフィクションです。
舞は左の陣笠武士型の拳を具足の手甲で受け流し、身体を半歩捻って背後に回り、陣笠の背中を斬りつける。
鳴響処理された薙刀が響いて、魔法が喚起され、斬りつけられた陣笠の背が、刃渡り以上に大きく裂けた。砕けた硝子を擦り合わせたような不快な悲鳴をあげて、倒れて霧散する陣笠。
舞は斬りつけた勢いそのままに、さらにその身を反転。薙刀を振り上げ、右の陣笠の首を狙う。
「ハ――ッ!」
単音からなる原初の唄を受けて、広がった事象干渉領域が陣笠を呑み込み、その身を拘束。狙い過たず、陣笠の首が跳ね飛んだ。残された身体が音を立てて崩れ落ち、飛んだ首もまた、重い音を立てて地面に落ちて、鈍色の甲殻を残して霧散する。
「……ふぅ」
舞が残心を解いて周囲を見回せば、狼型を引きつけてくれていた先輩二人もまた、ちょうど、仕留め終えたところだった。
「もう陣笠二体をひとりで相手できるなんて、衣笠ちゃん、本当にすごいね」
拍手で褒めてくれる先輩二人に、舞は浮かない顔で首を振る。
「まだまだです。私は家紋も出せませんし、事象干渉領域に精霊光も出てきません」
「いやいや、一年で家紋なんて、出せる子の方が少ないでしょ」
山際先輩がポニーテールを揺らしながら、首を振って苦笑し、
「そうそう。二年でも出せない子もいるくらいだよ? そもそも魔術があるのに、魔法なんて、ねえ?」
おかっぱ髪の谷岡先輩がケラケラ笑う。
舞は内心で吐息する。
(先輩達はあの恐怖を知らない……)
押し寄せる魔物のあの恐怖を。
だから、先輩達がお気楽なのはなにも悪い事ではない。と、舞は自分に言い聞かせる。
魔術では一撃で魔物を倒す事はできない。舞はそれをあの日、嫌というほど思い知らされた。
もともと複数人で連続喚起するのが、攻性魔術を用いる際の基本戦術なのだ。多数の魔物を相手にする際、魔術しか使えない魔術士は無力なのである。
だから、舞は魔法を学ぶ為、夏休みに実家衣笠家の遠縁である、武系華族の門戸を叩いた。
公家の意識の強い両親や祖父母には反対されたが、それでも頼み倒してなんとか納得してもらった。
夏休みの大半を魔法の鍛錬に費やし、なんとか斬撃強化を実用レベルまで身につけた舞は、夏休み明けから部隊<戦乙女>を作った。
隊員は山際碧、谷岡紀由の二人の先輩と、今日は私用で同行していないが、舞と同じ百合組の川添茜だ。
三人は元々は舞も所属している文芸部だったのだが、とある目的の為に舞に付き合ってくれている。
部隊の命名も、この三人によるものだ。
そして、その目的というのが――
魔物の残骸が持ちきれないほどになったので、今日は引き上げる事にして、周囲を警戒しつつ帰路につく。そんな中で、二人の先輩は舞に肩を寄せて、にやにやしてきた。
「――で、どうだった?」
山際先輩が切り出し、
「ちゃんと誘えたの?」
谷岡先輩も興味津々といった様子で尋ねてくる。
そう。部隊に協力してくれている文芸部三人は、舞と紗江の関係が進展していく様を観察するのを目的としていた。作品の肥やしにしたいのだそうだ。場合によっては、協力もしてくれるとも言ってくれている。
「……誘えたと言いますか、誘えなかったと言いますか……」
舞の答えに、先輩二人はそろって首を傾げる。
「みんなで一緒に回る事になりまして……その、帰宅部一年の方々と」
「まあ、いきなり二人きりは厳しいかぁ」
「一緒に回れるんだから進展でしょ」
「でも、その……緋野さん――帰宅部一年の方が、お力添えしてくださるそうで。ひょっとしたら、二人きりになれる……かも」
言いながら、その場面を想像して、顔を真っ赤にする舞。
そんな舞を先輩二人は左右から頭を撫でた。
「それにしても、舞ちんが穂月さんをねぇ」
谷岡先輩が腕組みしながらしみじみと呟く。
「あ、いえ。まだそういうのでは……憧れというか、あんな風になりたいというか」
自分で言いながら、『そういうの』がなにかを想像し、さらに赤くなる舞。
「でもさ、あの子、魔術使えない分、魔法が強くて、現代派に目を付けられてるんでしょ?」
(――は?)
舞は首を傾げる。頭に登っていた血が、急激に冷めていくのがわかった。
「そりゃ名門穂月の跡取り娘っていうんだから、連中の格好の的でしょ」
(――なにそれ?)
「華族で、魔術を見下してるから、魔法しか使わないんだって言ってる子もいたよ? そんなわけないじゃんね。そんな面倒な事するメリットないし」
先輩からもたらされる情報に、舞は知らず、魔物の残骸を握る手に力がこもっていた。
(誰かを助けたいだけのあの人が、なんでそんな目に遭わないといけないの?)
「……それって、現代派が紗江様をいじめてるってことですか?」
意識せず、声が押し殺したものになってしまっていて、舞は自分でも驚いた。
「まだそこまでは行ってないみたいだよ。変な噂流してるだけかな?」
山際先輩が舞の様子に気づいて、若干、引きつった表情で答えた。
「いたずらを仕掛けた子も居たみたいだけど、あの子、運が良いのかな? 全部不発に終わって、本人は気づいてないみたい」
谷岡先輩も気遣わしげな表情で舞に言った。
「まあ、私達も目を光らせておくからさ、そんな心配しなさんなって」
励ますように言ってくる谷岡先輩に、舞は表面上は微笑を返し、
「そうですね……」
と同意しておいた。
その内心を押し隠して。
異界封鎖棟で魔物の残骸を買い取ってもらい、併設されているシャワー室で身体にこびりついた魔物の黒い粘液と汗を洗い流す。
先輩二人と三人並んで封鎖区画を歩きながら、先輩達の文化祭での模擬店や文芸部の出展について談笑し、部隊棟のハンガーに具足を収めても、舞の心はざわついたままだった。
名目上の部隊長は舞である為、先輩二人を先に寮に帰し、居残った舞は活動日記を付ける。
倒した魔物の型と数。
残骸買取金額の収支と分配金額。
隊員の怪我の有無などを記入し終えて、寮に帰ろうとテーブルの上の荷物をまとめ始めた時、鼻を刺すようなキツイ香水の匂いが香って、舞は顔をあげた。
同時に開かれたままのプレハブのドアがノックされる。
「……秦先生」
そこにいたのは、ボサボサ髪の側頭部から羊のような角を生やした獣属の男で、だらしなく開いたヨレヨレのシャツの胸元には、うっすらとした魚のような鱗が見える。
羊魚属のダブル――こう表現しないと、この男はすぐ激昂する――で、名前を秦龍一という、実践魔道学の教諭だ。
「文芸部に話があったんだが……残っているのはおまえだけか?」
上体を反らした見下ろすような視線と、高圧的な声音。
この先生を苦手としている上女生徒は多い。
「は、はい。お急ぎでしたら、私からみんなに伝えておきますけど」
「ああ。それじゃあ……」
ズボンの後ろポケットから彼が取り出したのは、丸められた文芸部の会報。今年の文化祭で出展する予定のものだ。
「……なんだぁ? この内容は!?」
まるで唐突に火がついたかのように声を荒げ、秦先生は冊子を床に叩きつけた。
「現代魔道の発展における魔法の役割? 三洲山公国の守護魔王の歴史? 古代日本における魔道と生活様式?
――全部、華族讃歌だ! おまえら、差別主義者かっ!?
こんなもの、出展は認められん! 破棄だ破棄!」
吠えるように早口でまくしたてられ、舞は萎縮してしまう。それでも叩きつけられた会報を拾い上げ、冷静を心がけて秦先生を見つめ返した。
「これは生徒会と職員会議のチェックを受けて、印刷したものです。すでに印刷し終えているので、いまさら――」
「あいつらが無分別な歴史修正主義者だから、直接お前らに言いに来たんだよ! わかれよ! おまえは差別主義者なのか!?」
舞の言葉を遮って、秦先生は叫ぶ。と、そこでふと気づいたように彼は舞の顔を見て、
「そういえば衣笠ぁ。おまえ、公家華族だったな? それでか? どーせおまえ、今、庶民がきゃんきゃん吠えてるって、心の中でバカにしてんだろ?」
「――そんな事は……」
「おまえら華族はいつもそうだ! 特権に胡座を掻いて、俺達から搾取して!」
自身の言葉で、自らの興奮の色を強めていく秦先生に、舞は閉口し、どうしていいかわからなくなってしまった。
言いたい事はあるのに、言葉が口から出てこない。いや、言ってしまうと、さらに彼が激昂しそうで怖かった。
――そんな時。
「あらあら。秦先生。外まで声が聞こえてますよ?」
涼やかな声音で、二年の緑のリボンを付けた女生徒が、プレハブの入り口から顔を覗かせる。
腰まである髪の先が黒いリボンでまとめられ、覗かせた顔の下で揺れている。
「……月輪。なんの用だ? 俺は今――」
「――ご自身の思想で生徒を洗脳なさろうとしていた、のでしょうか? それともご自身の思想に沿わない頒布物に対する、個人的検閲、ですか?」
細めた目を笑みの形にし、困ったように頬に手を当てて、月輪と呼ばれた彼女は秦先生の言葉を遮って言った。
「――なっ!? 俺はっ!」
「一条先生がお呼びですよ。貴方ならきっとこうするだろうから、もし実行してたら、呼んでくるように、と」
月輪の言葉を受けて、秦先生は渋面を作り、
「いつまでも華族がでかい顔してられると思うなよ!」
と、吐き捨てて去っていった。
(私はまだ……弱い……)
残された舞は唇を噛み締め、悔しさから滲みそうになる涙を拭う。恐怖でいまだに震えている手が恨めしい。
「災難でしたね」
と、月輪が労るように声をかけてくる。
「いえ……助けてくださって、ありがとうございます」
舞は頭を下げた。
「本当に困ったものですよね。
本来、ああいう校内での政治、思想活動は禁止なはずなのですが……文部省に強いコネがあるらしく、校長も理事会も切るに切れないようですね」
月輪は頬に手を当て、嘆息。
舞は困ったようにうなずくしかない。
「――ああ、申し遅れました。わたくし、二年睡蓮組、月輪未央と申します。一条先生の専属女中でもありますけどね」
そう言って、彼女は優雅にスカートの裾を持ち上げる。
「それはさておき、衣笠様。わたくしをあなたの隊に入れてくださいませんか?」
月輪の微笑みながら小首を傾げられての問いに、舞は戸惑う。
「え? そ、それは構いませんけど、どうして急に……」
「一条様のご命令でして。夏頃から魔法を学ばれてらっしゃるのでしょう? わたくしの御家の月輪も、それなりに魔道の武に長けた御家ですので、ご協力して差し上げるよう、申しつけられました」
なんでもない事のように、月輪は語る。
「一条先生が?」
「はい。同じ公家華族として、努力する生徒を後押ししたいとの事です。あの方も、ご自身の御家の魔道のあり方に嘆いていらっしゃいまして。他人事とは思えなかったのではないでしょうか?」
そして、決定的な一言を月輪は紡ぐ。
「……なりたいのでしょう? 強く」
それは、舞にとって抗いがたい甘美な響きで……
災難続きの舞ちゃん。
彼女の成長も、紗江達同様、見守って頂けたらと思います。




