第39話 一年生 初秋
※後半に旧プロローグの修正版が含まれます。
「もう理解してるよ」という方は読み飛ばしていただいても。
「え? 事故の事?」
お饅頭を丁寧に菓子切で切って食べていた紗江は、小首を傾げる。
地味に茶道が身に付いてきていた。
十月になり、上女を囲む水田が穂を垂れて、黄金色の海を作る頃、いつもの部隊棟のプレハブで、紗江は一年組に囲まれていた。
「そうですわ。いままで詳しく訊けずにおりましたけれど、そろそろ教えて下さってもよろしいのではなくて? わたくし達、そのし、ししっ……」
「親友でしょ?」
恥ずかしがる紅葉を引き継いで、蘭が尋ねる。
「そろそろ話してくれても良いんじゃないかの?
その事故とやらが、おヌシが時々見せる、<遺失神器>とやらにも関わっとるんじゃろ?
――正直、あの力は異質じゃ。それを巡って、なにか面倒におヌシが巻き込まれても、事情を知らにゃ、ワシらなんもできん」
「うーん、わたしとしては、みんなになら話しても問題ないと思うんだけどね? ちょっと判断が難しいというか……ちょっと待ってね? 判断できる人呼ぶから」
そう言って紗江は、どこかに伝文を打つ。
五分ほど待って、その伝文の受け取り手はやってきた。
「――貴女達、あの事故の事聞きたいんですって?」
今日もエロい莉杏先生だ。
「……莉杏先生? なんで先生が判断できる人?」
蘭が不思議そうに首を傾げる。
「私も事故現場……ちがうわね。事件発生現場に居たからよ。
――当時は主幹って立場だったわね」
「アレ? 莉杏先生、話しちゃっていいの?」
紗江の疑問に、莉杏はなんでもない事のように頷きを返した。
「夏に箝口令が解除されたの。貴女のお祖母様が内務省に働きかけたようね。神器があったのだから、儀式自体は成功していた――隠蔽の意味はないってね。
――お陰で私も神器の調査が行えて、助かってるわ」
「ああ、莉杏先生が時々、わたしの稽古についてきて、おばあちゃんに進捗訊いてるのって、そのためだったんですね」
「そうよぉ。で、そのデータや資料を内務省に提出する代わりに、お祖母様は神器所有者が、貴女である事を新たに箝口するよう持ちかけたの。
――そんなわけで、帰宅部のみんなは紗江ちゃんが神器使ってるトコ見ちゃってるし、説明はした方がいいと思うわ」
莉杏先生の説明を聞きながら、紗江はお茶を啜る。世の中、自分の知らない所で小難しい事されて動いてるんだなぁ、なんて思いながら。それからカップを置いて、莉杏先生を見る。
「説明するのは良いとして、実はわたしもあの儀式がどういうものなのかは詳しく知らないんですよね。あの事故も『帝都極局地侵災』なんて呼ばれてるって、退院する頃に教えられたくらいだし」
ふむ、と鼻を鳴らし、莉杏先生は周囲を見回した。
「これは私が説明した方が早そうね。
……まず、事の始まりは、宮内省陰陽寮が行った占いにあるの」
毎年、年始に行われるそれは、国の未来の吉凶を占うためのものなのだという。
「そこで出た結果は、十年以内に東日本大侵災を超えるレベルの侵災が起こるというものだったの」
東日本大侵災――それは観測史上、最多の犠牲者を出した侵災だ。
三陸沖の海底にある異界溢れ、それによって発生した津波によって、大量の魔物が東北地方沿岸を襲ったのだ。
「連絡を受けた宮内省は内務省に相談。本州を覆う九条結界の強化計画を立案し、総理を介して陛下に奏上したわ」
九条結界は、歴代陛下が継承する三種の神器と、陛下の祈りによって維持された国防の要である。
二度の世界大戦において、日本が他国からの干渉を退け続けられたのも、三洲山公国の豊富な資源と、この結界があったからと言われている。
「計画は承認され、実効計画として新たな神器の入手が挙げられ、私の師匠にあたる教授の元に神器召喚の方策策定の話が持ち込まれたの。
――それが五年前」
教授は様々な文献を当たり、顕界可能な神器と、その顕現方法に目処を着けたところで急逝したのだという。
「計画は当時、唯一の直弟子だった私が引き継ぐことになったわ。
人材集め、演目の用意に舞台の手配。とにかく忙しかったわ。
そうして二年が瞬く間に経ち、実際に儀式を行う為に集められた子達の中に、紗江ちゃんの叔母の美咲ちゃんや、天恵ちゃんの姉の慈雨ちゃん、そして咲良ちゃんがいたの」
「――『西の帯刀、東の守陵』ですわね。ですが、美咲様は当時、二人に比べてお目立ちではなかったような」
「あー、美咲お姉ちゃん、面倒臭がってメディアの出演依頼とか断ってたからね。でも魔道の実力はひとりだけ飛び抜けてたって、咲良様が言ってたよ」
紗江が懐かしむように答えると、莉杏先生がうなずく。
「魔道の申し子のような子だったわ。そのくせ驕ったところがなくて。
他の子達は御家からの売り込みがあったんだけど、美咲ちゃん、慈雨ちゃん、咲良ちゃんには、私自らお願いしに行ったわ。特に美咲ちゃんは絶対に欠かせないと思った。
結果、その勘は外れていなかった」
言葉を区切り、莉杏先生はお茶を入れた来客カップに口をつけた。
「――そうして神器召喚儀式は行われたわけだけど……ここからは紗江ちゃんが話した方がいいんじゃないかしら? 私は指揮所に居たけど、貴女はあの場に居たんだから」
苦笑混じりの表情で、莉杏先生は紗江に促す。
「なんでそこに紗江ちゃんが?」
蘭の問いかけに、紗江は困ったように頭を掻いて。
「美咲お姉ちゃんについて行ってたんだ。わたし当時から慈雨様、咲良様の大ファンでね。あわよくば会えちゃうかなぁって……」
「なんて羨ましいコネクションですの!?」
紅葉が上体を寄せて、紗江に詰め寄る。
「まあ、そんな事もあって、わたしは儀式会場についていって、そこでお姉ちゃんが全力の魔道を奮うって聞かされて、どうしても見たくなっちゃってね。
……こっそり儀式場に忍び込んじゃったんだ」
そして、紗江は当時を話し始める。
照らし出された舞台の上で、集められた乙女達は息を潜めて始まりの合図を待っていた。
身に纏うのは古式に則った、白装束に緋袴。
その手に携えるは、各々が得意とする雅楽器。あるいは鳴響処理された武具。
50名を数える華族、あるいは士族の令嬢達が円陣を組む舞台のその中央、2メートルほど高く組まれた高台で、鈴鉄扇と紙垂で飾られた玉串を手にその時を待つ少女は、目を伏せたまま、けれどまっすぐと背筋を伸ばして、まるで緊張などしていないかのように見えた。
中央の彼女の目の前には、高さ五メートルほどの歪な球形をした物体。
太古から伝わる大釜なのだというソレは、銀色の地に時の流れのためか、所々に青緑色の錆が浮かび、それでも頭上からの照明に照らされて、幻想的な輝きを放ち、中央にある一メートルほどの青水晶に至っては、神秘的とも言えるほどだ。
紗江は舞台を見下ろす整備橋にしゃがみ込んで、その水晶の輝きに照らし出された叔母の顔に思わず息を飲む。
(美咲お姉ちゃん、きれー……)
美咲は完全にこの場の主役のように見えた。
いや、実際に主役なのだ。
本来なら紗江は、控室で待っていなければいけなかったのだが、舞踊の師である叔母の全力をどうしてもひと目見たくて、こっそり抜け出して来ていた。
(ちょっと迷っちゃったけど、間に合ってよかった~)
日本中の古式魔法の直系継承者から厳選され、よりすぐりの乙女が集められた、この場の乙女達の中でも、舞いを許されたのは、たったの三人。
大釜の左手に座して待つ咲良だ。当時一四歳。
「あたしがいなければ、あんたが呼ばれてたんだろうけどねー」
というのは美咲の言。
皆伝にして師範の叔母と、ようやく中伝になったばかりで、名取にも程遠い紗江とでは比べるべくもない。むしろこんな所に叔母の代わりに呼ばれようものなら、緊張で吐いてしまう。
美咲を挟んだ反対側で、鳴槍を右手に仁王立ちで佇むのは、鎌倉後期に発展したのだという鳴槍魔法の大家、帯刀家のご令嬢、慈雨だ。
短く切り揃えられた髪の下、額に巻いた鉢金が照明を受けて輝く。
年は美咲と同じ一七歳。
中性的ながら整った容貌は凛々しく、咲良同様、よくメディアにも取り上げられている。
メディア露出を好まない美咲と違い――もちろん御家の事情などもあるのかもしれないが――二人はセットでよくメディアで見かけるのだ。
いわゆる「西の帯刀、東の守陵」だ。
紗江は二人のファンだった。自分とさして変わらない年齢で、テレビやネットの中でキラキラ輝く二人に、とにかく魅了されていた。
だが、実際に舞台を見て、紗江の心は一気に叔母に鷲掴みにされた。
憧れの二人に挟まれ、静かに瞑目している美咲。
いつものひょうきんで、舞い事以外はズボラな彼女の面影は微塵もなく、神秘的ともいえる佇まいは、舞いの大家穂月の当主である祖母にも通じるものがある。
けれど、その雰囲気は祖母の張り詰めた鋭い刃物のようではなく、優しくすべてを包み込むような温かいもので、自然、それが周囲にも伝わっているのか、彼女を取り巻く舞台の乙女達はまるで緊張などしていないかのように、ひどく自然体に見えた。
『――よし、それじゃみんな、準備はいいわね?
緊張は……してないみたいね。曲は事前に渡した譜面通り。
みんなは練習通りに演ってくれればいいから』
スピーカーから響く、莉杏の声。
古式魔法による神器活性化論を唱える研究者なのだという彼女は、当時は儀式主幹という立場で、この場に参加していた。
『じゃ、はじめましょうか』
その言葉を合図に、ドンと大きく、舞台下に控えた男達が太鼓を打ち鳴らす。
次いで大鉦鼓が響き、鉦鼓と神楽鈴が続く。
美咲の左右の二人が大きく足踏みして太鼓に重ね、そこから琵琶が一節。
箏と和琴の和音が掻き鳴らされて、羯鼓の拍子が心地よく響く。
笙と篳篥が厳かに響き渡り、龍笛の音が重ねられて場を音が支配していく。
やがて舞台上には、ほんのり光る球体がいくつもいくつも、それこそ無数に浮かび上がる。
(――精霊光だ。こんなにいっぱい顕現できるなんて、はじめて見た……)
整備橋に身を潜める紗江の元にまで、溢れ出した精霊光はやってきている。
ふわふわと、まるで音を楽しむように揺れて、拍子に合わせて様々にその色を変える精霊光達。
そこに、舞台の上でしゃらりと鞘鳴りが響き、美咲と慈雨が鳴刀を鳴槍を互いに向き合って構え、振り下ろす。
鳴り響く笛のような音は、刀と槍の刀身に刻まれた溝と穴によって奏でられるもので、次いで打ち合わされた刀身もまた、この場を彩る演曲の一部。
瞬間、色とりどりだった精霊光が、驚愕の赤一色に染まった。
だがしかし――
「あ――」
単音の原初の唄が紡ぎあげられる。
響き渡った美咲の声に、精霊光が楽の青に染まっていく。
美咲の胸の前で開かれた鈴鉄扇の鈴の音が凛と響き、床と水平に差し出されて神楽鈴からリードを引き継ぐ。左手に携えられた玉串がさわりと鳴いて、身を翻した美咲は大釜の前で舞い飛び跳ねる。
美咲の挙動に合わせて精霊光の色がさざ波のように内から外へと次々と変わり、その光景に紗江は息を呑んだ。
(これが精霊掌握……)
本来ならば魔法行使の際、極稀に確認される現象なのだという。
だが、まだ美咲達は魔法を行使していない。使っていたなら事象干渉領域が形成されるからすぐにわかるはずだ。つまり、美咲達は純粋な技量だけをもって、この現象を生み出しているのだ。
(すごいすごいすごい!)
残念な語彙しか持たない紗江は、魔法芸術の極みとも言えるこの現象に興奮しながらも、それ以外の言葉を紡ぎ出せなかった。
舞い跳ぶ美咲に合わせ、左右の二人が時には各々の武具を振り鳴らし、時には打ち合わせて場を盛り上げる。
やがて演曲は最高潮に達し、精霊光ももはや白一色で揺れ動き出した頃、美咲は左の玉串でもって、大釜の中央――青水晶に触れた。
「――とこしえの眠りより目覚めて開き、もたらせ死返玉」
紡がれた詞に合わせ、美咲を中心に一気に広がる事象干渉領域。
美咲達のいる高台が石舞台に、その下の乙女たちの舞台が稲穂原に変わっていく。気づけば頭上には満天の星空で、大きな満月がこの場を優しく照らし出す。
大釜が金属音とともに身動ぎするように大きく震え、中央の青水晶がまばゆく輝き、その青い光の中に拳大の白い輝きを生み出す。
『神器の顕現を確認。よし、美咲ちゃん、手順に合わせて回収を――』
スピーカーから莉杏の声が響き、美咲が鈴鉄扇をその輝きに伸ばした。
瞬間――硝子を叩きつけ割ったような音が辺りにこだまし、次いでそれをこすり合わせたような不快な音が耳に届く。
わずかに遅れて破裂するように事象干渉領域が破られ、替わるように視界が闇に覆われた。
『――突発異界災害!? 本州なのよ!?』
莉杏の悲鳴じみた声が聞こえると同時、腐敗臭とまるでそれを誤魔化すかのような、きつい香の匂いが辺りに立ち込め始める。
『美咲ちゃん、回収演目を三つカット。ただちに回収を――美咲ちゃん?』
その声につられて、灯されたスポットライトに照らし出された舞台の中央に目を向けるが、そこに美咲の姿は無く、戸惑った表情を浮かべた咲良と慈雨の二人が居るだけで。
「――え? 美咲お姉ちゃん?」
思わず呟いたその言葉に反応したかのように、ぐにゃりと視界が歪み、平衡感覚が消失して、足元の整備橋が霧散する。
内臓を押し上げるような感覚がやってきて、紗江は自分が落下したのだと気づくのと同時に。
『異界災害、顕現! みんな、退避して――っ!』
そんな莉杏の声が聞こえてきた直後に、衝撃がやってきて――
「そこでわたしは一度、意識を失っちゃったんだ。だから、その間になにが起きたのかは、わからない」
紗江が首を振って悔しそうに告げる。
「――ならば、そこからは私が語ろう」
かけられた声に振り向けば、そこには咲良達、先輩が揃っていた。
「今ならば……いや、今だからこそ、天恵先輩にも慈雨様の最後を正しく聞いてもらえるだろう」
そう言って、咲良は席に腰を下ろす。
回想回です。
プロローグを短くした為、物語全体の整合性を取るため、差し込みました。
あのクソ長い旧プロローグを読んでくださった方には、二度手間になってしまい、大変申し訳ないです。




