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唄う神器とわたしの魔法  作者: 前森コウセイ
天恵先輩の婚約
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第38話 一年生 晩暑

 天恵(あめ)は、実家に戻って来ていた。


 学校には休みを申請している。


 父と二人で号泣したあの晩、天恵は疲れ果てて眠ってしまい、翌日は警察の聴取があって。今日になってようやく兵庫まで戻ってこれたのだ。


 家に戻ると、父が待っていて、「一緒に行きたい所がある」と車に乗せられる。


 移動中の車内は、相変わらず無言のままだったけれど、以前ほど息苦しくはなかった。


 車が停車したのは、郊外の寺で。


「……おまえには親父の時も、慈雨の時も、葬式にすら出させてやれなかったからな」


 悲しげに呟く父に、天恵は「そうでしたね」とうなずく。


 寺の前の仏具商店で花と線香を買い、二人で無言で墓地を歩く。


 水桶に水を汲んで、やがて帯刀(たてわき)家の墓に辿り着くと、花を飾って線香に火を着けた。


 線香の香りが風に乗ってふわりと広がっていく。


 天恵は静かに手を合わせ、

「……ああ、やっと来れました。お祖父様、お姉様……」

 万感の想いを込めて、呟く。


「私は、こんな事すら、おまえにさせてやれてなかったんだな……」


 父が呻くように呟いた。


「ここに慈雨(じう)は眠っていない。遺体が残らなかったからな。代わりに遺品を収めた」


 慈雨が最後に用いた魔法は、元を辿れば撫子が、その身を穢されるのを避ける為の最後の魔法だ。


 それは遺体すら穢されるのを避ける為、いっさいその身を残さない。


 それに別の意味を与えたのが、明治の終わり、歌人であり、女流作家でもあった、とある撫子だ。


 大切な人を守れるよう、誰にも害されぬようにとの想いが込められ、唄い上げられるその詩は、今では決戦自決魔法と呼ばれている。


「……空の骨壷に遺品として墓に納められる。それは撫子として、ひとつの極みの形です。

 ――寂しいけれど、悲しいけれど、多くの方々を守って散ったお姉様を、私は誇らしく想いますし、お父様にも誇って欲しいと思います」


「親より先に逝って、なにが誇りだ!」


 吐き出すように言って、父は首を振る。


「親父も、慈雨もおまえも、生より誇りを優先する! 私には理解できない……」


 武に才のなかった父は、益荒男(ますらお)ではない。普通に進学し、大学を出て、御家が持つ会社を継いだのだと、天恵はかつて祖父に聞かされていた。


 父は深く息を吐いて、緩やかに首を振った。


「そんな私でも、親としての誇りはあったんだ。いや、慈雨に気付かされたというべきか」


 そう言って、父は姉の死に、いかに衝撃を受けたかを語る。


 空の棺を見せられた時の悲しみ。弔事を喪主として読み上げる空々しさ。


「もう二度と、こんな思いはしたくないと思ったよ。だから、おまえを大切にしようと思ったんだ。

 ……だが、その時にはもう、おまえは私に心を閉ざしてしまっていたし、私もどう接して良いか、わからなくなってしまっていた」


「……お父様」


「おまえが私に心を閉ざすのは構わないと思った。私はそれだけの事をしてきたんだと自覚している。いまさら父親面なんて都合の良い話だと、自分でも思ったさ」


 自嘲して、父はしゃがみ込んで、天恵と目線を合わせた。


「そうこうしてる間に、おまえは慈雨の背を追って三洲山(みすやま)に行ってしまった。

 はじめは私も、慈雨の影響もあるし、家には居づらいからだろうと思っていたんだが……三年生になり、おまえは進路を防人に据えただろう?」


「知って……おられたのですか?」


 進路調査は実家にも伝えられる。天恵は、父はそんなものに興味ないだろうと思っていた為、驚いて目を丸くする。


「おまえの評価には目を通していたよ。おまえも慈雨も、親父に似たんだろうな。優秀な評価ばかりで驚かされたよ。

 ……だからこそ、私は怖かった。おまえもまた、慈雨のようになってしまうんじゃないかと」


 父は両手を組み合わせ、祈るように力を込めた。


「恨まれても良い。おまえを守らなければと思った。だから……見合い話が山城家から持ちかけられた時、チャンスだと思ったよ。由美をダシに使ったのは悪かったと思う」


 由美とは、天恵の母の名前だ。


「あの、お父様……お母様の治療は……」


 父は表情を緩め、恐る恐る天恵の頭に手を伸ばし、そっと確かめるように撫でた。


「考えても見ろ。由美が入院したのは五月の終わりだ。本当に見捨てる気なら、その頃にしている」


 一度、言葉を区切り、父は遠くを見る。


「本妻の手前があるとはいえ、由美にも辛い思いをさせてきてしまった。だが、彼女は外で独りで生きてはいけないだろう? 私が今後もちゃんと面倒をみるよ。もう辛い思いはさせない。約束する」


「この事をお母様は?」


「知っている。彼女はおまえがどの道を選ぼうと不満はないと言っていたが、私が頼み込んだ。おまえを守る為だと言ったら、納得してくれたよ」


 天恵は衝撃を受ける。父が母と最近になって会話していたという事は、

「――お見舞い、来てくれてたんですね」

 恐る恐る尋ねると、父は照れ臭そうに顔を背けて言った。


「時間の取れた時だけだが、な。

 ――天恵、信じて欲しい。今回の婚約は、私はおまえの為と思って進めたものだ」


 釣書と実物が違っていても、相手は侯爵家だ。嫁げば不自由はせずに済むだろうと思ったのだと父は語る。


 それこそ実家で息苦しく暮らすより、防人として危険な目にあうより、女として、幸せになれるだろうと、そう考えたのだという。


「あんなクズだとは思っていなかったんだ」


 それはあの晩、兼好(かねよし)に掴みかかろうとした、父の剣幕を見たからわかる。


 天恵は――、

「……なんだぁ」

 微笑むと、一滴の綺麗な涙がこぼれ落ちた。


「本当に不器用なだけ、だったんですね。私達……」


 静江が言うように、もうちょっと周りに目を向けていたなら、父と向き合っていたのなら、もっと違った展開もあったのかもしれない。


 上女(かみじょ)に帰りたいと思った。


 けれどそれは、夏休み中に思った、後ろ向きな気持ちからではなく、今のこの気持を、みんなで分かち合いたいと思ったから。


 ――優しくて誇らしい、自慢の後輩達と。


 天恵は父の目を見つめ、ひとつうなずく。


「お父様、私は防人になりたいと思います」


「……ああ」


 父も頷きを返す。


「でも、それは家から逃れる為ではなく、誰かを守るためです。そうありたいと、私はお姉様に誓ったのです。

 ……ですが、お父様にもお約束します。防人になっても、決して命を無駄にはしないと。誰かを守るのと同じくらい、自分も大事にしてみせます」


 恐る恐る父の手に手を伸ばし、両手で包み込んだ。


「だから、信じて見守ってください」


 真っ直ぐに父の目を見つめれば、彼は涙を堪えて顔を背け、

「……約束、したからな? それを守れるなら……好きにしなさい」

 嗚咽を押さえた声で、そう言った。


 天恵は墓石に視線を向け、首を振って空を見上げる。


 秋が近い空は、どこまでも高くて青く、澄み渡っていた。


(……お姉様。ご覧になってますか? 天恵は今、こんなにも幸せになれましたよ)





「――でさ、結局、よくわかんなかったんだけど、天恵先輩の親父さんは、本当にぶっ飛ばさなくてよかったの?」


 部隊棟のプレハブで、空のままの天恵の席を見つめながら、紗江はお煎餅を口に放り込んで、みんなに尋ねた。


 帰宅部の面々は呆れたように、紗江を見つめる。


「静江様がご説明なさったでしょう? あの方はただ、天恵先輩を危険な事から遠ざけたかっただけですわ」


 紅葉が両手をテーブルについて前のめりで説明する。


「でも、先輩のお母さんの病気をダシに、婚約するように仕向けたんだよね?」


「侯爵家なら子爵の帯刀家より爵位は上だ。帯刀子爵は先輩に不自由させずに済むと思ったんだろうな」


 咲良が説明を引き継ぎ、紗江は首を捻る。


「じゃあ、咲良様。なんで親父さんは変わったんです? 天恵先輩、お家で冷たくされてたんですよね?」


「恐らくだが……慈雨様がお亡くなりになったのがきっかけだろうな」


「慈雨様が?」


「子爵は益荒男教育を受けていないと聞く。それはつまり、武の心構えがないということだ。そんな人に、まして親に、決戦自決魔法による死は受け入れづらいものだろう」


「よくわかんないですけど、要するに親父さんは本当に心を入れ替えたって事はわかりました」


 そう言って、胸の前で右腕を水平にする防人式の敬礼をする紗江に、一同は苦笑。


 それから紗江は、部隊棟内に係留された浮舟を見上げる。


 無事に試運転を終えたそれは、数日前から茉莉がペイントを施し、今は銀をベースに、綺麗な青と白に塗り分けられていた。


「それにしてもすごかったよね。浮舟。普通はあんな速さ出ないんでしょ?」


 その言葉に、テーブルに顎を乗せて話を聞いてた蘭が、目だけ向けてきて、

「アメリアで乗ったけど、トロトロ。最大速度で馬車並みだった」

 眠そうな声で告げる。


「なんだっけ? かんたい制御?」


「……おヌシ、覚える気ないじゃろ?

 ――慣性制御と流体制御。おヌシにもわかりやすく言えば、反動を打ち消したり、強くしたりするっちゅー力と、風や水なんかの流れを自由に操る力じゃな」


 残念なおつむの紗江の為に、茉莉はかなりざっくり噛み砕いて説明する。


「そう、それ。でも難しいって言ってなかった?」


「そう、難しいんじゃ。ぶっちゃけまだ、ソレそのものはできとらん」


「でも、できてたじゃん?」


 紗江が小首を傾げて尋ねると、茉莉は今日も平たい胸を張った。どうかそのままでいて欲しい。


「今、船に刻んである刻印は、サーベイの力を拡大強化するってもんなんじゃ。

 ――サーベイの翼には、どーも慣性制御と流体制御を行う機能があるようじゃから、ワシが事象干渉領域(ステージ)で仲立ちして、刻印に接続しておる」


「要するに、おまっちゃんとサーベイが居ないと、あの浮舟は遅いまま?」


「そうなるの。製品化までの道はまだまだ遠そうじゃ」


 嘆息しながら肩を落とす茉莉。


「製品化の際は、ぜひウチに声かけてね~」


 絹が茉莉の肩を叩き、にんまり微笑む。


「ところで、あの船、なんて名前にするか決めた? いつまでも浮舟だと、もったいなくない?」


 なにせ天恵先輩救出の立役者だ。浮舟のままでは可哀想だ。もっと愛着をもって呼びたい。


「うぅ、ワシ、そういうの苦手なんじゃが……」


 肩を落として首を捻る茉莉。


「――では、<雲切>はどうかな? あの夜、落下している最中に雲を裂いて現れたところから、それが相応しいと思った」


 後ろからの声に、みんなが振り返る。


 そこには天恵が立っていて。


「――天恵先輩!」


 みんなが立ち上がって駆け寄る。


 囲まれて、天恵は表情を崩し、かつて慈雨が言えなかった言葉を告げる。


「――みんな、ただいま」


 はにかむように言う天恵に、帰宅部一同は顔を見合わせ、うなずきひとつ、声を合わせて応えた。


「おかえりなさい! 天恵先輩!」


 これで天恵先輩編が終わりです。

 次話からは、プロローグを修正した為、補足を入れさせていただきます。

 いわゆる、回想回ってやつですね。

 旧プロローグを修正して載せようと思ってますが、帰宅部の面々の反応を挟みながら進めようと思っています。


 ご意見、ご感想を頂けると幸いです。

 ご質問やご指摘も承ります。

 もし面白いと思って頂けたのであれば、ブックマークや評価を頂けると、作者のモチベーションになります。

 これからも、なるべく先の話数までお付き合い頂ければ幸いです。


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