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おまえの食費がとんでもない。  作者: 風羽洸海
おまけ・第0話
42/42

番外.バレンタイン&ホワイトデー掌編

活動報告にバレンタイン小ネタを書いたので、ホワイトデーもと思って書いたら長くなってしまったのでまとめてこちらに。

特にこれといった内容はありません。いつもの二人。

「あっ。今日、バレンタインデーだ」


 アケイレスの暦と地球の暦はまったく違うんだけど、落ちて来てからの日数を計算してみて気が付いた。

 そっか。そんなになるのか……。っていうか、


「チョコ食べたいー!! 大概なんでも類似の食べ物があるのに、チョコだけないなんて!! バレンタインなのにー!!」


 うわぁん! 両手を拳にして叫んでしまう。元々そんなにチョコ好きじゃないけど、こうも長くチョコもココアも口にしてないと禁断症状が……っ!

 悶えているあたしに、既に日本式バレンタインを知ってるウィルが素っ気ない一言をくれた。


「贈る相手もいないんだから問題なかろう」

「うっさいわ!! 昨今は友チョコとか自分チョコとかもあるんですー!!!」


 人が故郷の味に焦がれている時に、こいつは!

 めいっぱい恨みがましく睨みつけてやると、ウィルはため息をついた。


「要するに菓子が欲しいだけか……」

「そりゃウィルは甘いもの好きじゃないからわかんないだろうけどね! ああぁぁ誰かチョコレート持ったまま落っこちてこないかなぁ~。無いとなると食べたくて食べたくて」


 チョコの香りを思い出して切なくなる。この際チョコそのものじゃなくてもいい、ドーナツでも自販機のココアでもいい、チョコ味のものが欲しい!

 ちょこれーとぉぉ、と未練がましくつぶやいていると、ウィルが執務机の抽斗から小さな紙箱を出してきた。


「これで我慢しろ」

「……」


 クッキーだ。王太子様のお仕事デスクからあたしのおやつが出てきた……。近頃ウィルまですっかり用意が良くなってくれちゃって、ありがたくもいたたまれない気分ですよ。

 あたしが複雑な顔でじっとクッキーを見つめていると、何を誤解したかウィルが間近に迫ってきた。


「不満なら」

「いえいえとんでもないクッキーすごく嬉しいです満足ですうわぁいありがとーイタダキマース!!」


 ギュヴェーはいらない!! ナンキョクオキアミは結構です!!

 ずざっと後ずさって、あたしは立ったままクッキーをひとつかじった。行儀悪いけどそれどころじゃない!

 さっくり、ほろほろ。軽く崩れるクッキーはほんのりキャラメル風味で、香ばしい。美味しいなぁもぐもぐ。


 思わず続けてふたつめを口に入れたところで、なんか上手くしてやられたような気がして、ウィルを見る。

 いつもと同じ無表情で、けれどちょっとだけ優しい目をしていた。何か小さくつぶやいたように見えたけど、声は聞こえない。

 だからあたしも、訊いて確かめはしなかった。クッキーをゆっくり味わって、いろんなものと一緒に飲み込む。


「ありがとう、ウィル」

「ああ」


 チョコじゃないけど、いいもの貰っちゃったな。来月お返ししなくちゃね。



   ※ ※ ※ ※ ※ ※



 バレンタインから1ヶ月。

 それだけ日数あったのに、結局まだウィルへのお返しが決まらない……っっ!!


 ああもう、どうしよう。

 だってウィルが欲しがるものなんて全然わからない。

 贈り物の定番で“消えもの”つまり花か食べ物が無難だとは思うんだけど、どっちも「これなら喜ぶだろう」って思えないんだよ……!


 この1ヶ月、あの手この手で隙を見てはウィルの好みを探ろうと、努力はしましたとも。


 ウィルの部屋にはいつもちょっとしたお花が飾ってあるけど、それは部屋を整える係の人がやってることで、ウィル本人の希望は関係ないみたいだし。

(さりげなく活けてある花の名前を訊いてみたらご存じなかったわけでして)


 甘味は好きじゃないのはわかってるから、お酒とかおつまみ系とかでよく食べるものがあるかと侍従さんに訊いてみたけど、食べ物全般に反応が薄いらしいし。

(だからあたしが行くとつい嬉しくなっていろいろ出しちゃうのだとか……あなたも餌やり大好きっ子か!)


 消えものじゃなくても、あたしがちまちました雑用で稼いだお小遣いで何か――髪結い紐とか小さな置物とかでも――買って来たら、それが何でも受け取ってはくれるだろうと思う。

 でもって自分の趣味じゃなくても、身に着けたり飾ったりしてくれるのはわかってる。公用には無理でも、私的には。ウィルはそういう人だ。


「だけどそれじゃ駄目なんだよおおぉぉ!!!」


 部屋で頭を抱えて思わず叫ぶと、延々同じ悩みに付き合ってくれているラグが、さすがに疲れたように提案した。


〈もう、本人に訊くのが一番いいんじゃありませんか?〉

「やっぱりそうなりますよネー……」


 はぁ。驚かせるのは諦めよう。ちぇー。

 せめて趣味のひとつでもはっきりわかってりゃ助かるのに、仕事が生き甲斐みたいなもんだからなぁ。

 前に、たまには本を読みたいとか言ってたけど、どんな本が好きかも知らないし、多分ウィルが欲しい本はあたしが買える値段じゃない。そもそも贈っても読む時間がねーよっていう。


 というわけで仕方なく、本人にお伺いしたわけですが。




「ねぇウィル。あたしがプレゼントできそうな範囲で何か欲しいものない?」

「ない」

「たまにはあたしも何かお返ししたいんだけど」

「必要ない」


 ちょっとこの対応はひどいんじゃないかな!

 いつものことだけどさ、言いようってものがね? 丸い卵も切りようで四角、って知ってるかい。


「そーでしょーとも王太子サマは何不自由ありませんヨネー庶民の心遣いとか必要ナイデスヨネー」


 わざとらしく嫌味ねちねちこぼしながら、壁に向かってのの字を書くあたし。

 ウィルは片眉を上げて呆れ顔をした。そのまま無言。おのれ徹底的に言葉を惜しむ気だな貴様。


「……わかってるよ。プレゼントしてお返しして、とか、そういう貸し借りの関係じゃないって言うんでしょ。だけどあたしだって、たまにはウィルを喜ばせたいんだよ」

「おかしな奴だな」


 ごふっ。

 人の誠意をおかしいだとか! 殴っていいかな!

 拳を握ったあたしに、ウィルはいつも通りのひんやりした声音で言った。


「貸し借りなどを気にするのなら、そもそもおまえは既に私の命を2回も救っているだろう。こちらこそ一生分の借りがある」

「えぇ? いやそれは」

「遠慮なくたかれ」

「たかる言うな!!」


 反射的にツッコミを入れてから、改めてウィルに向かい合う。

 あのねぇ、と反論しかけて、あたしを見る瞳の静けさに口をつぐんだ。朝靄に沈む湖の岸辺に立ったような気持ちにさせられる。


 あのね、命を2回も救った、って言うけどさ。

 ツァヒールに襲われた時は実際、あたしが無謀に突っ込まなくたってなんとかなったんじゃないかと思う。正直パニクってただけ。

 火事のほうは、当たり前のことをしただけ。だって助けられる力があるんだから。もしただの人間のままだったら、なんにもできずにおろおろ見てたよ?


 だから、あたしにとっては貸しにつけるようなことじゃない。

 ――そう言いたかったんだけど、言えなくなった。


 あたしにとってはそうでも、ウィルにとっては大きな意味と価値がある出来事だったんだ。一生分の借りにするぐらいの。

 だから逆に、あたしが恩に着てる諸々の事は、ウィルにとっては当たり前のことで。


「……仕方ないなぁ」


 あたしが諦めてため息をつくと、ウィルが目元をやわらげた。くっ、また勝ち逃げする気か!


「でもさー、本っ当に、何かご希望ないの? あたしを得意がらせてやろうって気はございませんかね」


 しつこく食い下がると、ウィルは困ったように眉を寄せて考え、やっとひとつ思いついてくれた。


「そうだな。肩を揉んでくれ」

「ああ、そういえばしばらくしてないねー。なんだ、そんなことでいいなら毎日でもやるよ! 座って座って」


 あたしが嬉しがってどうする、って感じだけどまぁ気にしない! いそいそとソファの後ろに回って、ウィルの肩に手をかける。


「お客さん凝ってますねー」


 軽口を叩いたけど、返事はない。早くもウィルは目を瞑ってお任せモードだ。ふふふ、ゴッドハンドと呼んでくれたまえ!

 ごちゃごちゃ話しかけるのはやめて、せっせと肩を揉む。親指でじんわり圧して、拳でぐりぐりして、掌底でさすって。

 じっくり凝りをほぐしていると、なんだかウィルの身体と対話してるみたいな気分になってくる。どこが具合悪いとか、筋肉こわばってるとか、服越しにてのひらに伝わってくるみたいな。


 具合良くなーれ、楽になーれ。

 おまじないみたいに念じながら手を動かすことしばし、気付くとウィルは寝落ちてました。


〈よっしゃあ! これだけやればクッキーのお返しには充分でしょ!〉

〈ええ、きっとご満足いただけたでしょう。さすがですね!〉


 横からこそっと寝顔を覗き込んで、あたしは得意満面、ラグに話しかける。声に出さずに会話できるって便利。

 いやしかし、手を止めてじっと見つめても起きる気配がないよ。疲れてるんだねぇ。


 ……お約束だけど、やっぱり睫毛長いなー。化粧で一生懸命伸ばしてる女性陣が悔しがりそう。

 二十代半ばの男とは思えないこのきれいな顔ときたら、いやもうだいぶ慣れたけどさ、でもやっぱり、


 ――ああ。本当につくづく、


〈美味しそうですねぇ〉

「だねぇ……」


 って、いかんいかん! ヨダレ出る!

 ウィルが身じろぎしたので、あたしはぱっと離れて何でもないふりを装った。あぁやばい、盗み食いするとこだった。おなか空いてなくて良かった!

 白玉が見えたわけでもないのに、美形の寝顔眺めてときめくならまだしも食欲とか、なんかもう色々終わってるぞあたし。


 ウィルが小さくうめいてから、ゆっくり深く息をする。だめだ顔合わせづらい! 無理!


「あ、起きちゃった? ごめん、寝直してくれていいよ」


 失礼しまーす、なんてとぼけて、そそくさ逃げる。ドアノブに手をかけたところで、背中に温かい声が投げかけられた。


「遥」


 やめてよもう、こんな時にそんな声で名前を呼ばないでほしい。泣くじゃないか。

 振り返る勇気もなくて、えいやとそのままドアを引き開けて外へ出たら、


「うわっ!?」

「ぶっ!」


 ちょうどまさに向こうからノックしようとしていたセンに突っ込んでしまった。あだだ、顔面ぶつけたおふぅ。


「ああびっくりした、大丈夫ですかハルカはん」

「へーきへーき、こっちこそごめん」


 あたしは鼻を押さえて苦笑する。涙ぐんでたのをごまかせて良かった。

 そのまま進路を譲ってどさくさに退散しようとしたら、「あ、待っとくんなはれ」って止められた。


「ちょうど良かった、ハルカはんにも見てもらおうと思てたんです」

「え、あたし? 何かあったの?」


 うう、仕方ない。

 渋々回れ右して部屋に戻る……って、あ、れ? なんか、あの……いい香りが鼻をかすめたような?


「ローラナはんの指示で『客人』が来そうな接点のそばに待機しとったんやけど、一瞬だけこっち出てきやはって、気ィ失いかけた拍子にまた向こうに戻ってしまわはったんです。これだけ落っことして」


 あたしに説明しながら、センは大事に持ってた布包みをするりとほどいて中身をウィルに差し出した。途端にふわんと独特の香りが広がる。

 ああああぁぁ!! やっぱりだー!!


「チョコレート! チョコレート来たぁぁ!!!」


 思わず歓喜の叫びを上げたあたしに、ウィルが顔をしかめる。うるさくてスミマセン!

 なんとか興奮を抑えて、そわそわしながらそばに寄る。そんなに高級品じゃなさそうな紙箱の……何語だろう。フランス語? イタリア語? 薄い板チョコが紙の個包装でたくさん入ってるみたい。


 あからさまに全身で欲しい欲しいと要求しているあたしに、ウィルは遠い目をしてつぶやいた。


「世界を越えて菓子を呼び寄せるとは、すさまじい執念だな……」

「執念言うな! あたしの嘆きを聞いた神様が可哀想に思って恵んでくれたんだよきっと!」

「こっちの世界に神はいないぞ」

「さらっとすごいこと暴露しないで!? こっちにいないなら、元の世界の神様のおかげだよっていうかもう何でもいいから一枚下さい一枚でいいから!」


 なりふり構わないあたしの様子に、センが笑い出した。


「お菓子やろうと思とりましたけど、ハルカはんがそない喜ばはるとは、大事に持って帰った甲斐がありましたわ。ほな殿下、今回はそれだけでしたよって、後はどうするかお任せします」

「……ああ。ご苦労だった」


 微妙な声音の返事をもらって、センは部屋を出て行った。ウィルはチョコの箱を手にしたまま、なんとも複雑な目をあたしに向けている。

 くださいください、それ下さい! 鬼退治にお供しますから!


 はあ、とウィルは深いため息をついて、自分の隣をぽんぽんと叩いた。はいはい座ります、座って頂きます。

 ささっと腰を下ろし、両手を揃えて差し出して一枚くれるのを待ち受ける。


「そら」

「箱ごと!?」

「私が持っていても仕方なかろう」

「いやでも、他の元客人に届けるとか、似たものを再現するために使うとか」


 びっくりしている間に、侍従さんがいつものようにスッと出てきて香り高い紅茶を二人分、テーブルに並べてくれた。チョコレートに紅茶……なんて優雅な。


「いいから気にせず食べろ」

「うーん。ウィルがそう言うなら」


 ちゃんとあたしに丸投げしていい理由があるんだろう。説明を面倒くさがってるだけで。

 それじゃ遠慮なく、お言葉に甘えて。


「はい、ウィルもどうぞ」

「……おまえがそう言うなら」


 とりあえず一枚、先に渡す。ウィルは胡散くさげな顔をしたけど、あたしの台詞を取って譲歩した。

 いやだってさ、さすがに味見もさせないのはまずいでしょうよ。


「カカオ分多めのビターチョコみたいだから、そんなに甘くないんじゃないかな。ストレスに効くっていうし、お疲れ気味のウィルにもいいと思うよ」


 しゃべりながら個包装の紙を開いて、いただきまーす!

 ……ん、美味しいぃぃ!!


 両手で口元を覆って歓喜の叫びを堪えつつ、足をじたばたさせる。うわーうわーうわー、美味しい! 言葉が出ない!

 至福のあまり顔が溶けそう……うふふふー。


 ウィルはそんなあたしの様子をいかにも疑わしげに観察してから、やっと決心したようにチョコを口に含んだ。そして、意外そうな顔をする。


「ね、ね、美味しいでしょ!」

「そうだな。このぐらいなら食べられる。香りも独特だ……なるほど、確かにこれはおまえが欲しがるのもわかる」

「紅茶にも合うよねぇ~!」


 ああ幸せ。箱の中にはまだ十枚ぐらいチョコがある。あたしはニマニマそれを眺めて、そっと蓋をした。


「じゃあこれ、預けとくね」

「……?」

「もしも何かで入り用になったら、使ってくれて構わないし。また食べられるなら、その時はウィルも一緒にこうして休憩してくれたらいいなぁって」

「おまえの取り分が減るぞ」

「取り分は減るけど、幸せは増えるもん」


 それに、一緒にチョコ食べてたら、ウィルのほうが美味しそうとか思わなくて済むしね!

 照れ笑いでごまかしたあたしに、ウィルはつかのま言葉に詰まってから、小さく苦笑をこぼした。参った、って微かに聞こえたのは気のせいかな。


「わかった。またの機会に取っておこう」


 そう言う表情が例によってやたら優しくて、いたたまれなくなったあたしはぴょんと勢いよく立ち上がった。


「じゃっ、そゆことで!」


 白々しく唐突な挨拶をして部屋から逃げ出し、ほとんど走るような勢いで廊下を進んでから、はたと気が付いて棒立ちになった。

 やばい。

 涼しい場所にしまっといて、って言うの忘れたけど、大丈夫かな。まさか、お日様さんさんの窓辺に置いたりしないよね?

 恐る恐る振り返ると、もう誰かが部屋の前で衛兵さんと話していた。あぁ……中に入ってっちゃった。確認に戻れない……。


 ――神様。あたしのチョコをお守り下さい!



(終)

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