懐古と革新
そろそろ、車検だな……。
VC110型スカイライン。ケンメリのライトバン、通称『メリバン』のシートに滑り込み、暖機しながら、携帯電話で東海林モータースに連絡を取る。
「あ、キミクン? オレオレ! 違うって詐欺じゃねーって。……あ? オレもオレって? いやいやオレの方がもっとオレなんだけど⁉」
……まったく、このやりとりやらないと先に進めないのがめんどくせぇんだけど、奴にとっては大切な儀式なのだろうから、付き合ってやるさ。
「もうそろそろ車検じゃん、これから持ってくんで、代車よろしくぅ。じゃーね」
通話を終え、俺はドロドロとエグゾーストを低く響かせながら駐車場を出て、東海林モータースへと向かう。
あの時以来、Zに載せていたRB26は、実はこのメリバンにスワップされており、女房輝世の経営するスナック『ディアマンテ』の材料の仕入れに、家族サービスにと、その凄まじい馬力を有効に発揮していた。
カミソリの刃の上に立つようなZの操縦性に比べ、ホイールベースも300mmほど長く、極限迄軽量化していたZに比べれば道産子のようにどっしりしたメリバンは、まさにユーティリティ重視の商用車であり、オヤジ車であった。(あくまでも、Zに比較してであるが)
――陸運局認定工場『東海林モータース』――
俺の仲間、東海林公右衛門の営む整備工場。
その昔、仲間同士(俺こと南晴男そして、西園寺肇、北大路紘慈、東海林公右衛門の4人)で立ち上げた『PGPテクニカル』を東海林が代表取締役として継続している。
公右衛門の精巧な技と、俺と北大路のドライヴィングパフォーマンス、そして、西園寺の卓越したPR能力により、過激な走り屋から、著名なセレブリティまで、ハイクオリティな走りを求めて全国からチューニングを依頼してくる程の有名ブランドにまで登り詰めた。が、或る日突然チューニング業界から撤退してしまう。
元々は俺と北大路のマシンを手間ひまかけて至高の芸術品の域にまで高めることに愉悦を覚えていた公右衛門であった為、ビジネス的な成功によって生じる雑多なしがらみに忙殺されてしまい、仕事の大半をスタッフの手に委ねざるを得ない状況を好しとし得なかったのだ。また、俺と北大路の鋭敏なドライヴィングセンスにそぐわせたセッティングに基づく公右衛門のチューニングに、腕の付いてゆかぬ若者が無闇に命を落とす事故も屢々有り、業界内でのやっかみからも、『PGPチューンに乗ると死ぬ』等と見当違いな悪評をたてられ、チューニング業界全てが嫌になった東海林はもう、俺と北大路のマシン以外はいじらないと心に決め、非合法なチューンドの世界から身を引いたのだった。




