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暁光の邂逅

 俺は深呼吸する。

 溶けた護謨とクラッチプレートのアスベストの匂いが混ざり合ってまき散らされた港湾地域のド真ん中は、局所的なバイオハザードになっている。

 暫く目を瞑り精神の安定を試みる。試みるのだが、波立った心は益々以て大時化のうねりでパニック状態だ。

「落ち着け! まずは落ち着いて、……そうだ、救急車だ!」

 50m程先に電話ボックスの薄情そうな蛍光灯の光が阿呆な街道レーサーをせせら嗤っている。ガタガタわらいだした膝を掌でバッチバチはたきながらドアを開け外に出ようとする俺に女の声が問いかける。

「救急車って、誰か怪我でもしたの?」

「ああ、今時速200キロオーバーで人を轢いちまっ……え?」

 おそるおそる振り返ると助手席にいつの間にか先程のブロンドの、ロングヘアの、ああ、やっぱり、こんなに綺麗な女性を俺は、このマシンで…………

「ひぃいぃい! スンマセン! 迷わず成仏してください! 一生かけて供養します!」

 跪いて拝み倒す。殊に、もう、毛の長いオンナとくりゃぁ、イコール怨念の塊となって祟るものであるからして、俺は、いや、僕はもう、ナンマンダブナンマンダブ、アブラカタブラ、ヤブラコージブラコージ、あーめんそーめんみそらーめん。などと聞いた事のある呪文からありがたいお経典やらすべて紐解いたもんですよ。そんときゃぁ。

すると、そのブロンドの美人さんはこういった。

「死んでないわよ。勝手にアタシを幽霊扱いしないでくれる?」

 そういって、彼女はシルクサテンのように滑らかな皮膚を纏った、俺と同種の生物とはとうてい思えぬ、縦横高さのバランスを持つ二本のあんよを見せつけたのだよ。

「え? 舐めても良いのですか?」

「いいわけないだろ! 馬鹿かお前」

 尚も挑発的に組み直された、エロ美しい膝小僧から視線を外せぬまま俺は、遺憾の意も露に尋ねる。

「つーか、あんた、ワザと飛び出したろ⁉ アレ、ワザとだよねぇ?」

「そんなことどうでもいいじゃない。さっさとクルマ出しなさいよ。そろそろ、日常の時間が始まるわよ」

 まるで俺の女であるかのように、否、俺の事を自分の男であるかのような口ぶりに驚いて呆れた俺は目ん玉ひん剥いて尋ねる。

「え、え、え⁉ どどどういうことでゲスか? な、何を言ってるのかなキミは」

「さっさと、アンタんちに行けっていってんの!」

 居丈高な態度が何故だか懐かしくもあるその女の醸し出すムードに既視感を感じつつも、にわかには受け入れ難いこの不条理な現実を本能的に拒んでみる。

「何が目的ですか⁉ 勘弁して下さいよ! おれぁアンタみてぇなべっぴんさんに怨まれるような事はなにひとつしてねえッスよぉ」

「ハネたじゃない。一般道を横断中の歩行者を200km/hオーバーで」

「……ちょっと待ってもらえます? 気が変になりそうなので」

「目的ぃ? フンッ、アンタの嫁になりに来てやったんだよ。」

 ……斯様に支離滅裂で素っ頓狂なセリフを、否応なく聞かねば成らぬ程、彼女の寒気をもよおす程の美しさと、カリスマと言うか、覇気に、まんまと絡めとられ、更に申すならば、宇宙の真理にはどうにも抗う事は出来ぬと悟る他無く、この世の中には、征服するものとされるものの二種類しか存在しないんだなぁって、思ったわけで、そんな彼女の絶対的権威をまえに、「えええぇえぇぇええ⁉ あんた、あったまイカれてんじゃないの⁉」なぞ言えるはずも無く、ショックアブソーバーもイカれ、アライメントもガッタガタ、ついでにバルブもトんじまって瀕死のドクロマシンと化した我が愛機をキコキコカタカタと彼女のいいなりに自宅に向けて走らせるしかなかったね。俺は。

「あーぁ、こりゃキミエモンに大目玉くらうぜ……」

「あたしが無事じゃなかったら、あんたそれどこじゃないのよ、わかってる?」

「へい、……スンマセン…………」――――


 ――「……とまぁ、こんなカンジだ。俺とママの馴初めはよ。」

「へぇ⁓、やっぱしママってスッゲエ!」

 末っ子テル坊がキラキラした目ん玉でママのほうを見る。ママ輝世はノーリアクション。

「くっだらねー‼ まじめに聞いて損したじゃん‼」

 長女の那実はクッションを枕に寝そべりながら、スウェットのケツを掻きながら、メールだか、アプリだかにまた向き直る。

「なんだよ、てめーが聞きたがったんじゃねーかよ! し、失敬だぞ!」

「だれがそんなハナシ信じるかっつーの!」

「ウソじゃねーよなぁ! ママ。言ってやってくれよ、このオカチメンコによぉ」

「さぁ、どうだったかしらね、そんな前の事忘れた」

「てゆーか、オカチメンコって…………?」

 長女のしかめ面を一瞥し、鼻を鳴らす。

「フンッ!」

 そして俺はコップに残った臥龍梅をキュっと飲み干した。

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