第4話「七日間で、私はあなたに愛されなければならない」
七日間が始まった。
エリーゼには何もなかった。顔も声も違う、使用人という立場、そして七日という時間。リディアにはエリーゼの全ての記憶と、エリーゼの全ての外見と、七日という同じ時間。
どう考えても、勝てる気がしなかった。
それでも諦めなかったのは——ヴァルターが、リディアの申し出をその場で受け入れなかったからだ。「七日後に答えを出す」とだけ言って、踵を返した。リディアの顔に、初めて焦りが走った。それをエリーゼは見逃さなかった。
*まだ、終わっていない。*
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リディアは完璧だった。
七日間で、できることを全てやった。ヴァルターの執務に寄り添い、彼の重い沈黙を嫌がらず、食卓では彼が話しやすい話題を選んで口を開いた。エリーゼが一年かけて学んだ全てを、リディアは初日から使いこなした。
そしてエリーゼにできたのは——今のヴァルターを、ただ見ることだった。
四日目の夕方、ヴァルターが中庭の石壁にひとりで寄りかかっているのを見つけた。いつもより肩が下がっていた。目の下に、うっすらと疲れの色があった。
リディアはその夜も夕食を完璧に整えて、笑顔で彼を迎えた。エリーゼの記憶にある「彼が喜ぶ全て」を揃えて。
エリーゼはそのまま通り過ぎようとして——足が止まった。
「……無理しているんですね」
振り向いたヴァルターの顔が、一瞬だけ、ほぐれた。
「見ていたのか」
「たまたまです」とエリーゼは答えた。「でも、今日の報告はいつもより多かった。副官の顔も疲れていました。——何か、あったんですか」
ヴァルターは少しの間だけ黙って、「……国境の見回りで、小競り合いがあった」と言った。「死者は出ていない。ただ」
「ただ?」
「疲れた」と、短く言った。
エリーゼは何も言わなかった。隣に立って、同じ方向を向いて、黙っていた。リディアなら今頃、彼の疲れを癒す言葉を知っているはずだ。過去に彼が何を言われて楽になったか、記憶から引き出せるはずだ。でもエリーゼには、今日のヴァルターしか見えなかった。今日の、疲れた目しか、見えなかった。
しばらくして、ヴァルターが「……お前は」と言いかけた。
そこへクラウスが駆け込んできて、二人の間が割れた。
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六日目の夜、クラウスがエリーゼの部屋に飛び込んできた。
「奥様——アンナ、聞いてくれ」息が上がっていた。「明日、式典が執り行われる。旦那様とリディア様の、婚姻の誓いの儀だ」
エリーゼの中で、何かが冷えた。
「……旦那様が、了承したんですか」
「ハンス神官から文が来た。『明日の満月が過ぎれば消滅は免れない、今夜決断を』と。旦那様は——」クラウスは唇を噛んだ。「「どちらの魂も消えてほしくない」と言っていた。だから、応じるしかないと」
エリーゼは目を閉じた。
ヴァルターらしかった。自分のことより、誰かが消えることを恐れる。それがたとえ、偽物の自分であっても。
*どこまでも、不器用で、優しい人だ。*
「止めに行くのか」とクラウスが聞いた。
エリーゼは少し考えて、「止めません」と答えた。
「じゃあ」
「ただ——最後に、一目だけ見たいんです。それだけです」
クラウスは何か言いかけて、やめた。ただ深く息を吐いて、「式典は明朝、大広間だ」とだけ言って、部屋を出た。
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(第5話へつづく)




