リーチ
「正午には必ず、自席に着いているように」
学校からの指示を聞き、わたしも漏れずに所定の位置に着いて、その時を待っていた。
目前に構えていた携帯電話の待ち受けが、何の操作をすることも無く、別の画面へと変わった。
昨日と同じ青い空を背景に、昨日と同じ格好をした、昨日と同じ人物が映し出された。
「皆様、ごきげんよう。『ワタクシの顔を早く拝みたい!』などという声が全国からチラホラと――聞こえてこなかったのは非情に残念ですが。
まず初めに申し上げマス。たった今を持ちまして、記名を締め切らせていただきマス。そして、たった今、無記名のマスには所有者にとって身近な方の名前が記されマス」
ワタクシは『パチン』と、指を鳴らした。
その瞬間、画面は青空から、薄い青を背景とするビンゴカードの表示へと変わった。
ワタクシが映っていた画面は、申し訳程度に小さくなり、画面右上に表示され続けている。
わたしのカードの無記名マスにも、自動で名前が浮かび上がるのを、その目で確認した。
「さて。もしかすると皆様のカードには、既にバツ印が付与されたマスがあるかもしれません。そのマスに書かれた方は、この二十四時間以内に既に亡くなっていマス。
本来であれば、亡くなっている方の記名などしたくありませんでした。ですが、自動記名の場合だけは、それを許可することとした次第でございます。
――思わぬバツ印を手に入れた方、ラッキーですね!」
これをラッキーと捉えるか、アンラッキーと捉えるかは、その人次第だろう。
何故なら、未だそんな人はいないと思うが――意図せぬところで、一列にバツ印が三つ以上付与される人もいるかもしれないのだ。
ビンゴ達成には、その一列に揃う毒リンゴの数が三つ以上必要となる。
つまり、バツ印が認められるのは一列に二つまで。
三つ以上付与されてしまうと、その列は景品を得る権利を失ってしまうのだ。
「では早速、本日の毒殺対象を発表いたしマス。正午ちょうどに毒殺は完了しておりますので、当の本人以外には事後報告となりマス。
――うふふっ。おそらく皆様、予想が出来ているかもしれませんね。そうです、本日毒殺したのは――『内閣総理大臣くん』デス!」
それはそうだろう。知名度が極めて高く、しかも昨日は自らを記名するよう国民に訴えたのだから。
わたしのカードにも漏れ無く書かれていた総理大臣のマスには、毒リンゴが浮かび上がった。
「これで毒リンゴは二つ目デスね。――あぁ。昨日、ミコちゃんを記名していた方にとっては三つ目ですが。
そしてここで、重要なお知らせがあります。今この時点で、なんと、リーチとなった方が三人いらっしゃいマス!」
――え、三人? そんなにいるの!?
「あれあれ? 何やらおかしいですね。『ワタクシ、ミコちゃん、総理大臣くんを同じ列に記名していたとしても、現時点でリーチになるためには、一つのバツ印が必要じゃない?』と、疑問に思う方もいらっしゃることでしょう。
と、いうことは? ――きゃーっ! もしかして、殺っちゃった?」
少なくとも、記名した一人を殺ったか、あるいはラッキーバツ印が付与されたかのどちらかということだろう。
「それでは皆様。これより、見事リーチとなったお三方を発表いたしマス!」
――はい? えっと、何で?
「――え? だって、ビンゴゲームのお約束ですよね? リーチになったら大きな声で『リーチ!』と知らせるものです。リーチも無しにいきなりビンゴなんて許されませんもの。
――と、いうことで。リーチになったお三方の素性と、残りのマスに誰の名前が書かれているのか、発表いたしマス! ――あぁ、加えて、必要なのが毒リンゴか、あるいはバツ印かどうかも教えて差し上げマス!」
なるほど……これは、発表後に日本がざわつくこと間違い無しだろう。
大変なのは、必要なのがバツ印でも構わない場合。
もしも必要なのが毒リンゴなら、明日以降にその人が毒殺されるのを願い待つだけ。
でも、もしもバツ印でも良いのなら――記名したその人が誰かに殺害さえされれば、その瞬間にこのゲームを終えることが出来るのだから。
「では、一人目――この方、デス!」
ワタクシの指パッチンと共に、カードを表示していた画面が、どこかの誰かを映す映像へと変わった。
運転中なのか、ハンドルを握る男性が真っ正面から映し出されている。
『はぁ!? ま、マジかよ……』
カーナビでこの映像を見ているのだろうか。
斜め下方の何かを見て、その男性は小さく叫んだ。
「マジデス。さて、この方は会社員の『ヤブキダイゴくん』デス! 総理大臣くんをワタクシと同じ列に記名しておりました。お見事、パチパチです。
そして、このヤブキくんは、同じ列に記名した二名の尊い命を奪っております。やーん、人殺し!」
二人も毒殺しておいて、このワタクシは、人のことをよく言えたものだ。
「――余計なことは言いたくありませんが、どうせ人殺しなら二人も五人も一緒でしょう。警察の捜査に協力して差し上げマス」
え? まさかこのヤブキくん、五人も殺したとか言わないよね?
「そうデス。このヤブキくん、昨晩未明に隣の家に火を灯しました。放火という行為デス。焼け跡からは、その家に住んでいたと思われる五人の遺体が発見されました。警察は放火の可能性も視野に入れて、原因を調べています。
――警察の皆さーん、このヤブキくん、なぜか隣人の、その五人の名前をフルネームで記名してマース。これは殺人で間違い無いでしょう。ね?
――と、いうことで。ヤブキくんの残りの一マスに書かれた名前を発表しマス! ワタクシの毒殺待ち、その人は――『東京都知事くん』デス!」
あぁ、やっぱり、それ書くよね。
確かに、総理大臣の次くらいに書かれる可能性が高いと思っていた。
昨晩も、各番組で無記名を強く主張してたし。
「あらら? これは明日にでもビンゴとなる可能性が高くありませんこと? ワタクシの毒殺次第? いやいや、皆様の記名次第デス。
――皆様の貴重なお昼休みを無駄にしたくありませんので、次の方に移りマス。はい、二人目はこの方デス!」
画面の映像は、薄暗いどこかの部屋のものへと変わった。
遮光性が低いカーテンからは、薄らと日光が差し込んでいる。そこには動く者の気配が一切感じられない。
だが、目を凝らしてよく見ると、画面中央には何かがぶら下がっているように見えた。
「この方は高校三年生の『タムラハルトくん』デス! 残念ながら昨日、このとおり天井から吊したロープで首を吊り、自ら命を絶ってしまいました。そのため、今この瞬間を共に喜ぶことが叶いませんでした。
――ていうか、ご家族の皆さーん! 早く下ろしてあげて!」
――とすると、このタムラくんのリーチ列には、自分の名前によるバツ印が一つあるのだろう。
それでも、もう一つのバツ印が必要となるのだが。
「このタムラくんですが。な、なんと、ミコちゃんの名前を記名した数少ない一人なのデス! しかも、総理大臣くんの名前もちゃんと書いているのデス!
でもでも、残念ながら毒リンゴが三つ、同じ列に揃うことはありませんでした。ですが、恐ろしいことに、このタムラくん……トリプルリーチなのデス!」
――はい? えっと、え?
つまり、毒リンゴが二つ揃っている列が三列あって、しかもその列にはいずれもバツ印が二つずつあるってこと?
それって、ラッキーバツ印を六つも得るような、ものすごい強運の持ち主なのか、それとも――記名した六人もの人間を殺害したヤバい奴ってこと?




