主張
「皆様、数分ぶりデス。危うくミコちゃんの死に顔と共にお別れまでしてしまうところでした。
――さて、質問コーナーもこれにて終いといたしましょう。このゲーム、言うなれば恋愛と一緒デス。あれこれ悩み考えるのも、楽しい一時なのデス……」
いいえ、楽しいのはアナタと快楽犯だけだと思いますので、美化しないで下さい。
「最後にいくつか重要なことをお伝えして、今日のところはドロンさせて頂きます。
――まず、明日以降、毒殺は正午ちょうどに実行いたします。なお、今回はワタクシの信用度を上げるための『お試し毒殺』ということで、本日はビンゴゲームの零日目といたします。つまり、明日が一日目となりますので、明日の毒殺対象は一人、ということデス。
――誰かはわかりかねますが、死期が一日延びたアナタ、良かったデスね! ちなみに、もしも楽しみにしていた方がいらしたら誠に申し訳ありませんが。明日以降、皆様に毒殺の状況をお見せすることはございません。お名前のみをお知らせしますので、悪しからず。
それでは、また明日の正午にお目にかかります。――ドロン」
忍者が姿を眩ましそうな効果音を最後に、ワタクシは姿を消し、画面は暗転した。
国民への不安、動揺、混乱――そして、ビンゴカードだけを残して。
――当然だが、その日は通常のテレビ番組が放映されることは無かった。
どのテレビ局のどの番組でも、全国の有識者たちの意見がただずっと垂れ流されていた。
「記名行為は罪に問われるべきです! 皆さん、絶対に記名してはいけません!」
有識者の意見のほとんどが、無記名を主張するものだった。
主な理由として、一つは『ワタクシ』の毒殺に加担しないため。記名は犯罪行為と同じとされた。
一つは、無記名とすることで全国民の名前が自動で、そして公平に記名されるため。
これにより、毒殺されるリスクが公平にばらけるし、今後起きる殺人事件の犯人の素性が特定出来るし、引いては犯罪発生の抑制にも繋がるとされた。
「政府は、記名する名前と記名する位置を示すべきだ! たった四人、一時的に犠牲になるだけで、このゲームは三日目に終わるのだから!」
次に多かった意見は、国民が揃って同じ名前を同じ位置に記名すべきだというもの。
当然だが、ここには絶対的な犠牲が伴う。ただしその犠牲は一時的なもので、このゲームが最短の三日間で終了した暁には生き返ることが出来るのだ。
生き返ることが出来ない、本当の犠牲者が出ない唯一の方法であると、誰もが強く主張した。
「どんな対応策を講じても無駄に決まっている。この国の投票率の低さを知っているでしょう? 国民の誰が政府の指示になど従うのですか? 余計なことをすると記名がばらけて、それこそゲームが終わる前に日本国民が全滅してしまいますよ!」
「これは、ワタクシ様が与えて下さった好機なのデス。さぁ、皆さん、各々が忌み嫌う人の名前を書くのデス! ワタクシ様を信じるのデス!」
国民の不安をただ煽る者。勝手にワタクシ教団を立ち上げて布教活動をする者もいた。
なんかもう、この人たちの名前書けば良くない?
そんなことを思う人も多くいたことだろう。
不安を煽る人の意見も尤もだが、それでも、どんなに意見が割れたとしても、有名な人の名前が多く書かれるのは間違い無いと思っている。
このゲームが長く続く方が難しいはずなのだ。
――午後九時。総理大臣は閣僚会議の結果による、政府の見解を表明した。
「国民の皆様には、無記名とすることをお願い申し上げます。既に記名を終えてしまっている方もいることでしょう。記名した方々を法で裁くことは出来ませんし、致しません。
――ですので、これは義務ではなくお願いです。どうか、無記名とするよう、重ねてお願い申し上げます」
総理大臣は画面の中で深々と頭を下げた。
言うべき事はもう無い筈なのだが、上げたその顔は、未だ何かを言いたそうにしていた。
「もしも――もしも、記名をするのなら。そのときは、私の名前を書いて下さい」
画面の中では大きなどよめきが起こっていた。
おそらく、関係者も意図しない発言をしているのだろう。
だが、総理大臣の気持ちはわたしにも理解ができるものだった。
なぜなら、『明日毒殺されそうな人』というランキングがつくられるのなら、上位には間違い無く総理大臣がランクインするだろうから。
どうせ早々に毒殺されるのなら、その確率を自ら上げてやろうと言うのだ。
それは自己犠牲の精神でありつつ、だが、そこには生き返る確率を上げる算段もあるのだろう。
「謎の人物『ワタクシ』と同じ列……そうですね、真ん中の列の一番上にでも記名して下さい。そうすれば、このゲームが早く終わる可能性が高まるでしょうから……」
総理大臣は、挙げ句にはその位置までを指定した。
これで明日、総理大臣が毒殺されれば、その列には早くも毒リンゴが二つ揃うことになるのだ。
関係者に取り押さえられると、総理大臣は半ば強制的に画面から姿を消した。
――翌朝のこと。
昨晩、担任から連絡があったとおり、学校では朝から臨時の全校集会が開かれた。
長話が得意な校長先生が、深刻ながらも血色の良い顔で登壇した。
「皆さんご存じの通り、日本は今、危機的状況に立たされています。昨晩、政府が表明した通りに、生徒の皆さんは無記名という判断を取ってくれたことでしょう。教師の立場として、私はただただそれを信じるのみです。
ですがきっと、うっかりにでも、既に記名をしてしまった生徒もいるのではないでしょうか。
――これは教育委員会、引いては国の指示でありますが、聞いて下さい。
本日の正午、ワタクシを名乗る人物がまた、我々の前にその姿を現すでしょう。また尊い命が一つ、失われてしまいます。
同時に、皆さんのカード、無記名のマスには、身近な人たちの名前が刻まれることになる筈です。
ワタクシがその姿を消してすぐに、皆さんのカードに関する、全国共通のアンケートを実施します。
皆さんのカードに記名された人の名前を把握するため。ただそれだけのものだと思って下さい。
誰の名前が書かれているのか、全国民のそれを把握することはほぼ不可能に近いでしょう。少なくとも、学校関係者のそれだけでも把握出来れば、それでも全国民の数パーセントを占めることが可能なのです。
――この事態のおかげ、などとは言いたくありませんが、本日は全校生徒が登校してくれています。
アンケートは単純です。ビンゴのカードと同じ、二十五マスが描かれた紙に、皆さんのカードと同じ名前を同じ位置に書くだけです。
マスへの記名は必須ですが、アンケートには無記名で構いません。よろしく、お願いします――」
珍しく重要な情報だけで校長の話が終わると、全校集会も散会となった。
その後は、まさかの通常授業が行われた。
誰もが正午に起きることを思い、授業に集中できる生徒など一人もいなかった。
むしろ、先生も上の空だったに違いない。
――そして、正午を迎えた。




