再会の合図は腹パン
「セイラ……俺は…………」
後ろから抱きしめられた状態でディノさんの息が耳に当たる。
低い心地よい声が体に深く染み込んでいくよう。
こ、こここここの体勢はダメ。集中できないぃぃい。
かといって振り返るとディノさんの顔が近くてよりダメだし。何よりこの赤くなってしまった情けない顔を見られてしまう。
この甘いむず痒い空気に耐えきれなくなった私はまたどうでもいいことを質問してしまった。
「そ、そういえばローガンはルビーロウの人なんですよね。私、ルビーロウからの侵入者を追い返していましたけど、ローガンとしてはどう思ってたんでしょうね?!」
「は?」
ごめんなさい。ディノさんも呆れてるよね。エマが聞いていたら「相手の話をぶった切るなんて。お・じょ・う・さ・ま?」って小言案件だよ。
「ルビーロウも一枚岩じゃないからな。
アホな王率いる武力で何とかしようとする猪突猛進型と、バカな貴族率いるカクタス国を内側から崩そうとする策略型の二大派閥があるから、ローガンはおそらく後者の派閥だ」
侵入してきたのはアホの派閥だから問題視してなかったと思うぞ……とディノさんは付け加えた。
思いつきで質問しただけなのにしっかりと返答してくれる。凄い。
「最近ルビーロウ王国を改革しようと表向きは同盟を申し込んできた革命軍もいるが、裏ではカクタス国を利用してあわよくば共倒れを狙う漁夫の利型のクソな派閥も出てきたな。仕事を増やしやがっていい迷惑だ」
へ、へえ。そんなに色々あるんだ。
「ところでセイラ。そんなに俺の話を聞きたくないのか?」
「ひょえ!(いえ!)決してそういうわけでなくぅ……」
ディノさんがくっつくほど耳に唇を寄せてきた。
だから! 息が! 耳に!!
「耳……真っ赤だな。弱いのか。俺といるのに他の男の名を呼ぶし、お仕置きしようか?」
お仕置きは全力で回避したい。
こういう時どうすればいいの?!
思い出せ! 前世ではどういう風に対処していたのかを!! 三十年分の知識を生かす時よ!
………………。
…………………………あれ?
私前世で恋愛してたっけ?
学生時代はちょっとやんちゃしててそれどころじゃなかったし、就職してからは仕事が楽しくてそれどころじゃなかった。
どうしよう。一切経験値がない。
「考え事とは余裕だな」
「っ!」
そう言うとディノさんは耳に寄せた唇を少し開きやわやわと耳朶を甘噛みする。
耳は食べ物じゃないと抗議したいが、咄嗟に漏れ出る声を聞かれたくなくて自分の手で口を塞いでしまったため制止の声を上げることができない。
そのまま耳、首筋と唇が移動していく。時折ピリッとした痛みが走るのはお仕置きのせいなのかな?
恥ずかしい。居た堪れない。心臓が激しく脈打つ。
呪いに抵抗していた時とは明らかに違う甘く苦しい痛み。
このまま心臓が壊れたらディノさんのせいだ。
「~~っ! ディノさん。ディノさ、ごめんなさい。話ちゃんと聞きますから、私の心臓の平穏のために一旦離れてください」
「嫌だ。血溜まりの中で倒れているセイラを見た時、離れたことを後悔したし、俺は心臓が握り潰される思いだった。もうあんな光景は見たくない」
半泣きの要求を速攻で却下されマジ泣きに移行しそうになったが、その後のディノさんの言葉に胸がいっぱいになった。
「わかりました! 離れないので立ってもらっていいですか?」
「? ああ。これでいいか?」
「ありがとうございます」
くるりと身体を反転させ、ディノさんと向き合う。そして彼の背中に手を回し胸に顔をうずめた。
ふふふ。これならディノさんと離れなくて済むし、私の恥ずかしい顔を見られる心配もない。耳も食べられないし、一石三鳥じゃないのかな!(錯乱)
あとから冷静になった私は熱烈にディノさんに抱き着いたことに盛大に身もだえ、自分を殴りたくなるが、この時はこれが最善の策だと信じて疑わなかった。
「さぁ。お話をどうぞ」
「……わざとじゃないよな?」
まぁ、いい。とこぼしながらディノさんは私を強く抱きしめた。
「迎えに来るのが遅くなって悪かった、セイラ。ローガンに再会の合図を知られていたし、信じられないかもしれないが、やっとセイラの呪いを解くことができてよかった」
やっぱりディノさんがあの人だったんだ。
そういえば騎士団の取調室みたいな所で会った時も無条件で信用したし、あの人に触れられた場所と同じ肩に手が置かれた時とても温かくて安心した覚えがある。それにディノさんに嫌われるかもと思うととても怖かった。
きっとあれよね。体は無意識に反応しちゃうってやつ?
「私っ、もう十六歳なんですよ。大人になる前に迎えに来るって言ったじゃないですか……それとも暗黙の了解の百歳まで迎えに来ないつもりだったんですか?」
話しながら今まであの人を待っていた間の不安な気持ちを思い出してきて涙が溢れてくる。
私こんなに泣き虫だったかな。このまま腹いせにディノさんの服を汚してしまおう。
「悪い。ムラカミ・セイラって名乗ってたから日本人だろ? カクタス国より日本の成人年齢に合わせたほうがいいと思って二十歳になる前に迎えに来るつもりだった」
名前聞いただけでどこの国とかわかるんだ。もし、私の名前がエミリーやマリアとかだったらどうするつもりだったんだろう。
「それにファルコの結婚を大々的に広めてイセリア領主を揺さぶったら案の定動き出してくれて助かった。あの時はまだファルコの移動に不安があったしな。セイラにこちらに来てもらう必要があった」
「魔王陛下を囮にしたんですか」
「婚約しないでいきなり結婚を許す代わりに提案したらノッてくれたんだ」
私の呪いを解くためにいろんな人の協力があったんだ。
どうやったらこの恩を返せるかな。あとで改めてお礼を言おう。
そんなことを考えていたらディノさんから驚きの提案があった。
「さぁ、セイラ。俺達の再会の合図だろ? はらぱんをやってくれ」
「ええっ?! あの、腹パンってあれですよ。お腹を殴りつけるやつですよ?」
「むしろ今まで寂しい思いをさせた分、遠慮なくやってくれて構わない」
「……わかりました」
思わず顔を上げてディノさんの顔を伺い見ればとても真剣な瞳で私を見つめていた。
決意を固めてディノさんの体をぐいぐい壁際まで移動させる。
「手加減できないんで逃げないでくださいね」
壁を背にしたディノさんに向かって思い切り拳を放った。
ファルコ「よし!結界の補強完了っと」
リッカルド「これで本当に大丈夫なのか?」
ファルコ「丑寅の大樹から出る力を逆に利用して結界の一部に組み込んだからむしろ強くなったんだよ。やっぱり現場に来ないとわからないことってあるよね。報告だけじゃだめだ」
リッカルド「じゃ戻るか。あいつらも片付いているといいな」
ファルコ「もし、男女の営み的なことしてたら先に帰ろう」
リッカルド「いや、ディノもそのへんわきまえてるだろ。むしろ嬢ちゃんに殴り殺されないかそっちのほうがおれはしんぱ……」
ドゴォォォォォン!!!
ファルコ「本邸のほうからだよね?」
リッカルド「まさか……」
ファルコ&リッカルド「ディノォォォォォ?!」




