呪いの融合
いやいやいやいや、待って待って待って待って。
私に王妃殺せって命じておいて、龍ノ助君に魔王を殺すよう唆すなんていくらなんでもおかしい。
同じ名前の別人という可能性もあるよね。
「その……エンツォさんの特徴とか覚えてる?」
「ものすごく太っていました。ジャケットのボタンが弾け飛びそうなほど。あとは異臭がすごくてまともに顔を見られませんでしたね。いつも側にいるローガンさんがいろいろしてくれたので助かりました」
私の問いに龍ノ助君は先ほどまでの荒々しい雰囲気がなくなり素直に答えてくれた。
精霊のこともあっさり話してくれたし、もしかしてプーちゃんの持ち毒の自白か精神安定のどちらかを打たれたのかな?
チラリとプーちゃんを見れば「いい仕事したでしょ」と自慢げにプルプルしてた。くそぅ、可愛いな。
いやそれよりも話の内容よ! 私の中のお父様の特徴と一致する。しかも執事長のローガンの名前まで出てきた。確実にクロ。
でもどうして……可愛い娘(笑)を王妃にしようと企んでいたんじゃないの?
わからない。
「龍ノ助君、私の知り合いに御前試合の委員長さんがいるんだけど、その人にとりあえず相談しよ……っ!!」
魔王陛下が記憶を奪って何の得があるのかさっぱりわからないが、そんなことをするようには見えなかった。
とにかくディノさんなら何とかしてくれる。根拠のない自信があった。
龍ノ助君を元気づけようと彼の肩に触れた瞬間、彼からあの黒いモヤが出てきて私の中に入っていく。
「う……ぁあ」
「イラさん?! どうしたんですか?」
頭が痛い。心臓が痛い。体中の血が高速で巡る。
視界が真っ赤に染まる。
『王妃を殺せ』
『陛下の目の前で惨たらしく殺せ』
『殺せ』
『惨たらしく殺せ』
『魔王を殺せ』
『惨たらしく殺せ』
『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ』
『殺せないなら……魔王と共に死ね』
頭の中でお父様の声が回り続ける。
いつの間にか王妃を殺せから魔王を殺せになっていたことに疑問すら感じなかった。
貴賓席にいる魔王を見上げる。
「おとうさまの、めいれい……まおう、やらなきゃ。めいれい、やらなきゃ、めいれい」
魔力を練り上げ飛びかかろうと準備をする。両手から静電気がパチパチと弾けていたが、心臓の痛みに比べたらこんなの軽い。ふと魔王の背後に知っている人を見つけた。
「…………ディノさん」
真っ赤な世界にディノさんのネイビーブルーの瞳が一際目立つ。
そこから色を取り戻すように真っ赤な世界が引いていった。
心臓の痛みは変わらない。けど、頭はなぜが冷静になれた。
「……プーちゃん、これから龍ノ助君を守って。龍ノ助君もプーちゃんに魔力を分けてあげてね」
「イラさん、大丈夫ですか? 真っ青ですよ」
プーちゃんから解放された龍ノ助君が駆け寄って来て私に触れる。
身構えたが黒いモヤは出てこなかった。
よかった。こんな思いは私だけで充分。
「審判員さん! 棄権します」
「イラさん?! イラさっ……〜〜〜〜っ!!」
そう言うと足早に御前試合の会場を出て行く。
龍ノ助君が後ろから何か言っていた気がするが早くここから離れたかった。
あそこにいたら確実に魔王を殺そうと動いてしまう。
きっとプーちゃんから事情を聞いたエマがディノさんに伝えてくれるはず。これで龍ノ助君の安全は保障されるよね。
◇
――ドクンドクンドクンドクン――
魔王から離れれば離れるほど心臓の痛みが増していく。
街中をおぼつかない足取りで進んでいたが、ふらついて満足に歩けない。
とにかく早くお父様の元に行って一発殴り飛ばさないと気が済まない。
「はぁはぁ、苦しい」
「お嬢ちゃん大丈夫かぁ。んん? もしかしてあの時の子か?」
壁に手をついて息を整えていたら、声をかけて来た人がいた。
その人は乗り合い馬車の……
「御者さん」
「やっぱりお嬢ちゃんか! 包帯してないけどもしかしてって思ったんだが。テッポードクガエルの時は助かったよ。おかげでマルゼンバージも元気だ」
ありがとうな! と両手をとられて上下にブンブン振られる。
マルゼンバージってあの馬の名前かな。元気ならよかった。
「ところでフラフラになりながらどこに行こうとしてたんだ?」
「イセリア領に……戻ろうと」
「急ぎか?」
御者さんの言葉にコクリと頷く。
「よしっ! 送ってく。行くぞ!!」
私を抱き上げて御者さんが走り出す。
咄嗟に首に手を回して体を安定させる。
王都は御前試合のおかげで人でごった返していた。みんなこっちを見ている気がする。
恥ずかし過ぎるよ。
◇
木造平屋の厩舎の中に入ると、筋肉ムキムキの馬が整然と並んでた。
私達が入ってくると馬が一斉にこちらを凝視する。
えっ、怖っ。
そのうちの一頭が「ヒヒン」と鳴いて前脚で地面を掻いた。
艶やかなたてがみが美しい青毛の馬。この子がマルゼンバージかな。
「今から鞍の準備するからちょっと待ってな。馬車を引かない分早くイセリア領に着くぞ」
「えっ、でも乗り合い馬車のお仕事は大丈夫なんですか?」
「大丈夫。大丈夫。元々馬車の修理が終わるまで休みなんだ。マルゼンバージも走らせなきゃ太るしな」
「ブブブッ」
私を下ろすと馬房のかんぬきを外し、マルゼンバージの首元を撫でる。
ただ御者さんの「太る」発言で不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。
動物って人の言葉を理解しているよね。
マルゼンバージの背に乗って荒野を駆ける。
私は御者さんの後ろに座ってしがみついている。
あまりのスピードにしがみつかないと振り落とされそうだから。
私が転移を使えればよかったけど、あれは知っている人から教えを請わないと使えない。
ディノさんに頼んだら教えてくれるかな。
手の甲にキスされた時、逃げないで何か話せばよかった。
心臓の痛みはより増している。
死ぬつもりはないけど、お父様に会ったら無事ではいられない。そんな確信があった。
少しでも勇気が欲しくてディノさんにキスされた手の甲に唇を寄せた。
「ありがとうございました。王都に戻ったらお代をお支払いしますね」
イセリア領まで送ってくれた御者さんとマルゼンバージに頭を下げてお礼を伝えた。
「金はいい。あの時の礼だ。なぁ、本当に大丈夫か?」
私の体調が良くないことを察して心配してくれる。屋敷を出てから出会った人達は良い人ばかりだよ。
御者さんと別れて屋敷に入り、虫の石像を動かし地下通路に足を踏み入れる。
地下通路を通る以外の本邸への行き方を知らない。
そういえば屋敷にいるはずの本邸の使用人に会わなかったな。
心臓が痛い。このまま破裂しそう。
地下通路を出ると、目の前にオールバックの執事長ローガンが立っていた。
「今ならまだ間に合う。戻れ。セイラ」
「ど……して。私の、名前…………」
あまりの驚きに上手く喋れない。
「俺だよ。セイラ。目を潰したお詫びに傷の手当てをしただろう? 忘れたのか?」
まさか、ローガンが愛しのあの人なの?




