二回戦
「あまきりゅうのすけ君。どういう漢字か教えてもらってもいいかな?」
りゅうのすけ君は驚きに目を見開いていたが、そこから一言も発しない。
カクタス国の言葉がわからないのかもと思い今度は日本語で話しかけてみた。
『あまきりゅうのすけ君。どういう漢字か教えてもらってもいいかな?』
だが、彼は黙ったままだ。
あれ? 日本語おかしかったかな?
日本語を忘れないようにたまにエマやプーちゃんに日本語で話しかけていたんだけど。
そのせいでこっちの言葉が所々カタコトらしくフラヴィオさんに名前の発音が違うとさっきも指導を受けたばかりだ。
特に舌を巻く「ヴィ」の発音難しすぎるよ。
もしかして私がいまだに子ども扱いを受けるのは流暢に言葉を話せないことも要因の一つかな。
んー、でも困った。反応はしているから耳は聞こえているはず。話せないのかな? 筆談してみる?
何か書くものを審判員の人に貸してもらえないか尋ねようとしたその時。
「…………天地の天に簡単なほうの木、難しいほうの龍にカタカナのノ、あとは助けると書いて助と読みます」
少し躊躇いがちに自分の名前の漢字の説明をしてくれた。しかも日本語ではなくこちらの言葉で。
天木龍ノ助君か。
「よろしく、龍ノ助君。イラです。ねぇ、八月の終わりごろたぶん交通事故だと思うんだけど倒れた人に声をかけてくれたの龍ノ助君だよね? 覚えてる?」
私の言葉にまた龍ノ助君は驚いた表情をした。
そんなに目を見開いたら零れ落ちるよ、目玉。
彼は少しずつ整理するように自分の事を話してくれた。
「……確かに覚えています。急に足が動かなくなって、後ろから押されたと思ったら鈍い音がして、振り向いたら女の人が血を流して倒れていて……えっと、イラさん? 日本語上手ですし、こっちに来てから僕の名前ちゃんと発音してくれたのあなたが初めてなんですけど、何者ですか?」
「血を流して倒れていたのが私です。生まれ変わったみたいで前世の記憶を持ったまま今はこの体で暮らしてるの」
呪われているけどね。
彼には関係ない話だしわざと明るくこう言った。
「龍ノ助君はどうしてここにいるの?」
実はだいぶ前に二回戦の開始を告げる笛が鳴ったんだけど、気にせず会話を続けている。審判員が早く戦ってほしいと視線で訴えかけているけど無視!
「あの事故の後すぐにこっちに来て、助けてくれた人が御前試合に出れば魔王に会えると教えてくれて……」
事故の後すぐ来たって言っているけど、私が転生してから十六年経っている。彼は若いままだし嘘を言っているようには見えない。
この時間の誤差は何だろう。
それより今、魔王陛下に会えるって言ったよね?
「御前試合で優勝すれば願いを叶えてくれるってやつね! それで日本に帰して欲しいってお願いでもするの?」
「違います」
「え……」
先ほどまでの少し不安げな様子から鋭く尖った荒々しい雰囲気に変わったのがわかった。
まるで憎い者を思い出すように彼は続ける。
「僕は魔王を殺しに来たんです。あいつに奪われた記憶を取り戻すために」
「記憶って一体どういう……わっ」
魔力で作られた風が龍ノ助君の周りに渦巻き始めた。
風がだんだん強くなっていく。
「イラさんは僕と同じ日本人だし、一回戦の時みたいに相手の腕を切り落としたくないので棄権して欲しいんですけど」
さらっと腕を切り落とすなんてエグいこと言える最近の子は怖いわー。
龍ノ助君の目が恐ろしく冷たくて怯みそうになったが年上の意地で精一杯微笑んで見せる。
「ごめん、棄権はしない。それに君に人殺しなんてさせられないよ」
「そうですか。残念です。精霊、ありったけの魔力をやる。暴れろ」
龍ノ助君の背後からソフトボールサイズの精霊が出てきた。
精霊はとても綺麗で澄んだ光で輝くのに、この精霊はあの黒いモヤに覆われていて淀んでいた。
精霊に詳しくない私でもわかる。
精霊にとっても龍ノ助君にとってもあれは良くないものだと。
「龍ノっ……うわっ、ちょっ、待っ」
風の斬撃が次々と私に襲いかかる。
避けるので忙しく彼に話しかけることができない。
龍ノ助君自身は戦わず精霊に力を与えているだけみたい。
なら精霊と引き離せば話し合えるはず。
プーちゃんに龍ノ助君の捕獲をお願いして、私は精霊を……殴る!
多少の怪我を覚悟で風の中を突っ切る。頬や髪、腕や太ももの外側が切れたけど、致命傷じゃないから我慢できる。
「でも痛いからなんかムカつく!!」
精霊を殴り飛ばして龍ノ助君と引き離す。
目の端でプーちゃんが触手で彼を捕まえたのが見えた。
「精霊さん! 私と契約しよう!!」
片手で暴れる精霊を掴みながら交渉する。あくまで精霊との契約は対等でなくてはいけないから。
「私と契約すると今ならお得だよ。あなたの望む身体を作ってあげる。その代わり、君は私にだけ力を貸して。身体があると食事が楽しいよ!
ジンギスカンにラーメン、ザンギに山菜の天ぷら。あ、北海道の空港で食べるソフトクリームって美味しいよね。
カツゲンも北海道にしかないと知ると余計に飲みたくなる。
寒くなってくると豚汁食べたい。ああっでもあったかい部屋で食べるアイスも捨て難い」
などなど途中から説得という名の私の食べたいものをただ話していただけだが、精霊さんは納得してくれたようだ。
大人しくなりより丸くなる。
「身体はあとで作ってあげる。君は暴れん坊だから私のオススメはシロクマとか鮫かな。シャチもいいかも。考えておいてね」
契約すると同時に浄化して黒いモヤを取り除く。モヤが晴れ黄緑に輝く光の玉になった。
「本当の君はとっても綺麗だね。これからよろしく」
精霊は返事をするように優しい光で一瞬光ると私の中に入っていった。
無理やり働かされて疲れたよね。ゆっくり休んで。
「さて、精霊についていた黒いモヤについて何か知ってる?」
「知りません。戦えない僕の代わりとして助けてくれた人があの精霊をくれましたから」
プーちゃんに捕らえられた龍ノ助君に向き合うと、意外とあっさりと話してくれた。
それよりも気になる一言があった。
「戦えないってどういうこと?」
「そのままです。攻撃されても反撃できない。やり方がわからないんです。小さい頃から何かの武術を習っていたのは覚えているんですが、この世界に来てから思い出せなくなりました」
龍ノ助君は眉間に皺を寄せて苦々しく口にする。
「それどころか両親の顔と名前もわからないんです。忘れたことはわかるのに思い出せない、ずっとモヤモヤしたままで気持ち悪い」
そんな事があるんだ。たしかに思い出せないのは辛い。
「助けてくれた人が記憶がないのは魔王が奪っているからあいつを殺せば記憶が戻ると教えてくれました。その時精霊も一緒に。魔力を渡して暴れろって命じるだけであとは全部やってくれるからって」
「その助けてくれた人って誰?」
「エンツォさんです」
その名前を聞いて心臓が痛くなった。
だって、その名前はお父様の名前だから。
おさらい
異世界人の特徴として、魔力と引き換えに戦いや武器に関する記憶を奪われます。
詳しくは「side???後半」で。
イラはその事を知りません。




