一回戦
私の目の前には紺色の生地に金色の刺繍が施された軍服を着用している騎士がいる。
短髪ツリ目の副団長さんだ。
眉根を寄せて不機嫌オーラがダダ漏れなのを隠そうともしない。
◇
御前試合の開始は魔王陛下のお言葉から始まる。
話の内容なんか入ってこなかった。
なぜなら陛下の横にいるヴェールを被った女性を見た瞬間、心臓が大きく脈打った。
『王妃を殺せ』
『陛下の目の前で惨たらしく殺せ』
頭の中でお父様の声が響く。
――ドクンドクンドクンドクン――
心臓が痛い。身体中の血管が無理やりこじ開けられて高速で血が巡るような感覚。
視界には陛下の横の女性しか入ってこない。
どうやって殺そう。
引きちぎる? 頭を潰す? 生きたまま心臓を出す?
綺麗に終わらせてなんてあげない。
惨たらしく殺せってめい……れ…………い
「痛っ!!」
拳を握りしめた瞬間両手から静電気のような痛みが走った。
……私、今、何を……。
何をしようとしてた?
何を考えてた?
王妃様をどうやって殺そうとしか頭になかった。
これが呪い?
どうして今になって。
自分のしようとした事に恐ろしくなり膝が震え立っていられない。
陛下が貴賓席に移動するまでその場から動けなかった。
周りの御前試合に参加する人達からは生で陛下を見て感動して腰を抜かしたと勘違いされていたが、そんな声が耳に届かないほど動揺していた。
◇
無情にも動揺したまま一回戦の時間となった。
不機嫌な副団長さんは私がつけられていた手枷をつけて現れた。
「騎士団の人も御前試合に出るんですね」
「人数合わせでなぜか選ばれた。普通は見習騎士なのに。おそらく委員長の嫌がらせだ」
「どうして手枷つけているんですか?」
指で指し示せば副団長さんはますます眉間の皺を深くした。
「騎士が出場する場合はハンデとして魔力を封じられる。これは君がつけた手枷の倍の重さなんだ」
へぇ。不機嫌そうなのは手枷が重いからかな。
ハンデをつける程ってことは通常の騎士はよっぽど強いんだ。でも今は邪魔だなぁ。
すぐ近くにいる審判員に手を挙げて声をかける。
「すみませーん。手枷外してもらっていいですかー?」
「イラ君?! 何を言っている!」
副団長さんだけでなく審判員の人も困惑しているのが伝わってくる。
でもごめんなさい。この動揺を隠すためにちょっと暴れたいの。
どこかで発散しないと次に陛下と王妃様を見た時に襲い掛かっちゃいそうだから。
私の懇願のおかげで手枷を外してもらえた。
御前試合のルールは簡単。
相手を気絶か降参させればいい。殺さなければ、武器の使用も許可されているし、契約している精霊にだけ戦わせてもいいし、でかい魔術をぶっ放してもいいらしい。
観客席には防御結界が張られているため巻き込まれないから安心。
甲高い笛の音と共に一回戦が始まった。
とりあえず先手必勝と思い、一気に副団長さんとの距離を詰めみぞおちにパンチを打ち込む。
だが人を殴った感覚がなく薄い氷の膜を突き破ったような感触が手に伝わってきた。
「防御結界を壊すほどの威力とは。少し焦った。テッポードクガエルを素手で殴ったというのも事実ということか」
「焦っているようには見えませんけど!」
次々とパンチを繰り出すがそのすべてがギリギリのところでかわされる。
死角からフェイントも交えても効果がない。
さすが副団長。
やっぱり力押しじゃ勝てないか。
蹴りも使いたいけど今の私の格好はワンピース。トゥナさんからは足技禁止令が出ている。
ズボンのような動きやすい服がよかったのにエマが出してきたのがこれだった。
この国では女性が足を出したり、ズボンを履くのは一般的ではないんだって。不便!!
向こうから攻撃してくれれば護身術の応用で投げ飛ばすなり、地面に叩きつけるなりできるのに。
私が女だからか一切攻撃してこない。
考えるの面倒になってきた。
プーちゃんも先ほどから早く出して! と主張してくるし、いつものアレやろっか。
右手を挙げ無数の氷の塊を副団長さんの頭上に出す。手を振り下ろす動きに合わせて勢いよく次々と落下させた。
ここでのポイントは相手が避けることができるスピードで落とすこと。
副団長さんも避けながらある地点を通過しようとしてプーちゃんの触手に絡めとられた。
「いつの間にっ?!」
急に出現したプーちゃんに驚いている。
プーちゃんは敵の捕獲用に作ったから自在に透明になれる。ただ、よく見ると水が揺らめいているように見えるからカモフラージュのために氷の塊を落として周囲に氷の粒をまいた。
「参った。降参しよう。強いな」
副団長さんの降参と共に観客席から歓声が沸き上がる。
すぐ降参してくれてよかった。魔術で応戦しようとしたらプーちゃんの毒で麻痺させようと思っていたんだよね。
副団長さんを触手から解放する。
「手加減をしてくれた副団長さんに勝っても複雑です」
「フラヴィオと呼んでくれて構わない」
「フラビオさん」
「発音がおかしい。フラヴィオだ」
「ふらびぃおさん」
「違う」
結局その後正しく発音できるまでずっと指導が続き、何度もフラヴィオと呼んだため舌が疲れた。
でもそのおかげで動揺を誤魔化すことができた。
次は二回戦。日本人の人と会える。ちょっと楽しみ。この時の私は軽く考えていた。
アマキ・リューノスケ。
彼の姿を見た時また私は動揺することになることも知らずに。
戦闘シーンは難しい




