side??? 自覚と後悔
「まったくこんな夜中に呼び出すとは。しかも女の子の寝室に侵入するなんて妻にバレたらどうしてくれるんだい?」
「悪いな、ファルコ。解呪はお前にしか頼めない」
「魔王をこき使うなんてお前くらいだよ」
ここはイラが眠っている寝室。
一応、眠りが深くなる術をかけてはいるがイラ自身が起きたり、他の住人にバレる可能性がある。
早く終わらせたい。
「ご安心ください。お嬢様の耳元で名前を呼ばない限り多少騒いでも起きません。ただし、名前を呼ぶと一発で起きます」
ここまでファルコを案内したエマが淡々と告げる。
そういえば初めて会った時も揺すろうが、水をかけようが起きなかったな。懐かしい。
ベッドで仰向けで眠るイラの顔を覗き込めばスヤスヤと眠っていた。
今日だけで色々あったもんな。
頭を撫で柔らかな髪の感触を楽しむ。
髪に触れても起きる気配がない。先ほどまで暗闇だったのに俺達が来たことで部屋に煌々とした明かりが灯されても身じろぎひとつしなかった。
少し心配になってくる。
そんな俺を見て背後でファルコが肩を震わせ笑うのがわかった。
「オレが好きな人ができたと相談した時は鼻で笑った男の行動とは思えないね。恋はいいものだろう?」
「は? これは恋じゃない……」
「ふぅん。またこじらせてるね。さ、解呪するから手を離して」
髪から手を離すと、ファルコがイラの額に手を当てて解呪を始める。
本当は俺がやりたかったが、魂に刻まれた呪いを壊す最高難易度の解呪を会得するためには最低でも百年必要だ。
圧倒的に時間が足りない。
だからイラが王都に来たこの絶好の機会にファルコに解呪を頼んだ。
ファルコは当代の魔王に選ばれるだけあって魔力量も桁違いで魔術関連の知識も豊富だ。特にカクタス国と他国の術の違いを研究していてその中でも『呪術』はファルコの得意分野。
魔王にさえ選ばれなければ好きな研究三昧で各地を飛び回れていたはずなのに。
だから俺が諜報員となり少しでもこいつの負担を減らそうと奔走していた。
「あ、ダメだね。無理だ」
「はぁっ?! てめぇ、どういう事だ?!」
あっけらかんと言い放つ態度に八つ当たりだとわかっているがついファルコの胸ぐらを掴む。
「魂に刻まれた呪いだけどね、この子の身体に宿る前にかけられてる。それこそ前世からだ」
珍しい前世持ちだとは思っていたが、前世からイラは呪われていたのか。
解呪する前に術者を始末すればイラの身体にも影響があると思い今まで見逃していたが、もう許せねぇ。
「前世からというより呪いのせいで死んでこちらに来たと言ったほうが正しいかな」
「っ……」
「意図的に前世持ちを作り出そうとしているということでしょうか」
ファルコの言葉に二の句が継げないでいるとエマが近づいてきて疑問を口にした。
ファルコは軽いため息とともに「その可能性が高い」と眉間にしわを寄せこう続けた。
「あと、お前中途半端に解呪しただろ? これ術者にバレてるぞ」
「なっ……」
俺のせいでバレただと。くそっ、ちゃんと調べてからやればよかった。
だが、感情を抑制されている状態であのまま放置していたら確実にイラは死んでいた。
一体どうすればよかったのか。正解が分からない。
「巧妙に隠されていたから気がつかなかったのは仕方がないよ」
自分の無能さに吐き気がする。
「お嬢様は助からないのでしょうか」
エマが両手を組んで懇願するように言葉を発した。無表情ながらその空色の瞳は不安げに揺れている。
「手立てがないわけじゃない。実はこの子ほどじゃないが似たような呪いを受けている子を見つけたんだ。たぶん同じ世界の人間だね。その呪いを詳しく調べる事ができれば可能性はある。ただ……」
「何でしょうか?」
「俺にできる事なら何でもする。早く教えろ」
ファルコが俺の手を叩いたので、胸ぐらを掴んでいた手を離す。
首元を緩めながらファルコはこう言った。
「確実にこの子には一度死んでもらわないといけない」
◇
今後のことを話し合い、ファルコは「妻に会いたい。もうダメだ。限界」と転移で帰っていった。
あいつは婚約期間をすっとばしてすぐ結婚してしまうほど妃殿下を溺愛している。
結婚できなければ、次代の魔王が現れる前にすべてを捨てて彼女と共に異空間に閉じこもると側近達を脅すほどに。
あの時は理解できないと一蹴したが今ならわかる気がする。
ベッドのふちに腰掛けイラの髪に手を伸ばす。
髪を梳き指に絡める。髪を梳くたび艶のある柔らかな黒髪からは上品な花の香りが漂ってきた。
このまま時を止めてどこかに閉じ込めてしまえたらどんなにいいか。
呪いや前世、煩わしいものをすべて忘れて二人だけで生きていく。
それは想像しただけでひどく甘美な誘惑。
『恋はいいものだろう』
ふいにファルコの言葉を思い出した。
これが恋? 相手の気持ちを無視した一方的で自分勝手なこの気持ちが?
全然いいものじゃない。むしろ苦しい。
こんなどろどろと汚い感情が恋というならとっくの昔に世界は滅んでいるはずだ。
「ご主人様、そろそろ……」
「ああ、わかっている」
イラの額に口付けを落とすとそっとベッドから離れる。
大丈夫。
俺はまだ自分を介さないイラだけの幸せを願える。
危険だが呪いは必ず壊す。
決戦は明日。
???さん
ロリコン疑惑 嫉妬深い うっすら浮かび上がるヤンデレ
そして、とうとう女の子の寝室に侵入して髪を触るという事案が発生。




