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暗闇は怖い

 ハットの人に手を取られ建物を出て明るい日差しの中を歩く。

 狭い空間にいたから広い所に出られて清々しい気分になる。


 後ろを振り返れば二階建ての大きな建物にいたんだと気づかされた。窓には縦格子がはめられていて堅牢な要塞みたいだ。


「ここは王都内にある騎士団の詰所です」

「もう王都に来ていたんですね」


 ハットの人の説明に私は感慨深く言葉を漏らす。

 王都(ここ)にあの人がいる。早く探しに行きたい。


 さて、どうやって探そうかな。顔も名前もわからない。

 知っているのは諜報員だということ。

 自分は諜報員です! と看板を掲げている人なんていないだろうし。


 もう一度エマに詳しく聞いてみようかな。

 ま、なんとかなるよね。もしかしたらあの人が私を見つけて声をかけてくれるかもしれない。


 それより、なんでこの人ずっと手を繋いでいるのかな?


「あの、お兄さん。私一人で歩けます。大丈夫です」

「ディノとお呼びください」

「では、私の事はイラと呼んでください。ディノさん」

「ディノ……と呼び捨てで構いませんよ?」


 言いながら覗き込むように顔を近づけてきた。

 いきなり至近距離に目鼻立ちが整った顔が迫り、一瞬息をするのを忘れてしまうほど魅入ってしまった。

 慌てて頭を横に振る。


「年上の方を呼び捨てにできません。それより手です! 手!! 離してください」

「王都は人が多いのではぐれないようにするための必要な措置です」


 嫌かもしれませんが我慢してください……と、消え入りそうな声で眉を下げ悲しげな表情をされたらそれ以上何も言えなくなってしまう。


 結局手を繋いだまま王都内を歩く。






 そして……。


「ご迷惑をおかけして大変申し訳ございません!!」

「いえ、こちらは気にしてませんので」


 人混みに酔った。

 王都、人、多すぎ。初めて東京駅に降り立った時ぐらい人が多いよ。


「こんなに人が多いとは思いませんでした」

「御前試合のおかげで人が集まっていますからね。当日はもっと増えますよ」


 ディノさんが手を引いて誘導してくれたとはいえ、ぶつからないように気を張り続けた結果がコレだ。


 頭痛はするし、吐き気も少し。手足も微妙に痺れている。

 見兼ねて近くのカフェで休憩しましょうと言ってくれたディノさんは優しい。

 しかも個室を取ってくれた。


 うう、さっきまで広い所に出られてウキウキしていたのに、人のいない空間に安心している自分がいる。





 レモンソーダのようなサッパリした飲み物のおかげでだいぶ回復してきた。

 一緒に頼んでくれたフルーツタルトもとても美味しかったので自然と笑顔になる。


「ごちそうさまでした。美味しかったです」

「それはよかった。……イラは目に包帯をしているのにまるで見えているように振舞いますね。何か術でも使っていますか?」

「白黒に見えるやつを使っています」


 ディノさんは顎に手を当てて少し考え込んだ後、「あれか」と呟いた。


「おそらくイラが使っているのは魔力探索ですね。魔力消費が激しく常時発動するものではありませんので余計に神経を使って気分が悪くなったのではないでしょうか」


 ディノさんの話では、魔力探索は薄い魔力の膜を広げて周囲の情報を無制限に使用者に伝える術。

 入ってくる情報量が多いため人が多い所で使うと最悪の場合倒れるらしい。


 なんとなく感覚で使える(やつ)は魔術書を深く読んでいなかったから、こんなデメリットがあるなんて知らなかった。


「なので、今から魔力探索は切ってください」

「は、はい」

「勝手に使わないでくださいね」


 綺麗な顔の人の有無を言わせない笑顔に逆らえるはずもなく、私は頷きながら魔力探索をオフにした。



 真っ暗な世界。



 今まで白黒でも見えていたから恐怖はなかった。

 椅子から立ち上がったらそのままどこかに落ちてしまうんじゃないかと思うほど暗闇が怖い。


「イラ」


 ディノさんの声と共に温かいものが肩に触れた。大袈裟に体が震えてビクついてしまう。

 自分の手を伸ばして確認してみたらディノさんの手だった。


「安心してください。抱いて運びますから怖がることはないですよ」


 手の温もりと低く優しい声色に安心して一瞬理解が遅れた。

 んん? 抱いて運ぶって言った?

 あの人混みを?

 絶対目立つ。羞恥で死ねる。


「私、歩きます」

「……しかし」

「歩きます!」


 立ち上がるとディノさんの手を辿ってそのまま腕にしがみついた。


「これで大丈夫です!」


 頭上からディノさんの息を飲む音が聞こえてきた。

 もう絶対離さないと力を込める。


「少しでも転びそうになったら抱いて運びますからね」

「はい! ありがとうございます」


 とは言ってもディノさんは私が転ばないようにゆっくり歩いて、段差があると一声かけてくれる。

 なんでこんなに優しくしてくれるんだろう。普通は面倒くさいよね。


 包帯を取ればいいけど無害な村娘を装えって命令されたし、何よりこの梅干し色の目を見られて変に思われたら嫌だな。




「着きましたよ」


 考え事をしていたら目的地に到着したらしい。

 あれ? そういえばどこに向かって歩いていたんだっけ。


「ここはどこですか?」

「イラは転移で王都に飛ばされたので正規の手続きをしていません。そのための場所です」


 建物の中に入ったのだろう。

 外の喧騒が聞こえなくなり、ひんやりとした空気があたりを包んでいた。


 促されて椅子に座ると、カサリと音がする。隣に座ったディノさんが何やらカリカリ書いている音が聞こえてくる。


「細かな所は代わりに記入しましたので、イラはこちらに手を当てて魔力を流してくださいますか」


 手を出してくださいと言われて両手を差し出すと水晶玉のような丸い物体に触れた。魔力を流すと光っているのはわかるが何が起こっているのかわからない。


「はい。ありがとうございます。これで終わりですよ」

「あのこれって一体……」


 詳しく尋ねようと思ったら、背後から近づいて来る気配と共に明るい男の人の声に遮られた。


「あっれー? こんな所で何してるんですかー。さいっ、ぶふぅっ!!」

「申し訳ありません。わたくしの事は御前試合実行委員会・総合委員長とお呼びください」


 えっ、何? 何が起こったの?

 なんかミシミシ聞こえてくるんだけど。


 思わず魔力探索を使って状況を把握する。


 …………ディノさんが知らない人をアイアンクローしていた。


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