【おまけ2】 妻の指(輪)をはね飛ばす話 ~前編~
いい夫婦の日……という事で夫婦の話を1つ。
蔡の王国は今日も晴天で、空に薄くかかっている雲が太陽を隠しているおかげか爽やかな暑さとなっていた。天気予報でも今日1日は崩れる事がないと告げていて、このような日は誘われるがままお出かけの1つでもしたくなる。
しかし、今日の夫婦にそんな陽気は関係なかった。
庭先で四つん這いになり慌てた様子のスライプを、シャロラインは眺め……否、見下していた。
彼女は腕を組み仁王立ちしているが、よく見ると手の一部が欠けている。それが、今の不機嫌の原因であった。
「いつかやると……いつかやるとは思っていたが……。ほんとにやりやがったな」
「ごめぇ~んシャロ~」
金眼を細め不機嫌丸出しのシャロラインと、うわぁぁああん! と涙目になりながら芝生に這いつくばるスライプ。
事件は、つい10分前に起きた。
2人はいつも通り手合わせをして、スライプはいつものようにシャロラインの指を勢い余ってスパンと切り落としてしまう。
しかし、それが運悪く左手の……人差し指から小指までだったので、薬指の指輪も一緒にどこかへ飛んでいってしまったのである。
「でも、油断するシャロも悪いよ。あそこで手ぇ広げないでよ」
「……何か言ったか?」
「うわぁぁああん!!」
手厳しい妻……口答え絶対許さないウーマンである。
一応、スライプは3番街でもそこそこ名の知れる仕事請負人……なのに、今はそれを見る影もなかった。
捜索しているうちに切り落とした指4本は無事見つかったのだが、肝心の指輪が見つからない。
無いよ~無いよ~と泣き言を言いながら草の根かき分け探していると、キラリとほんの一瞬、光るものを視界の端に捉えた。
必死なスライプはそれを見逃さない。すぐさま手を伸ばし光る正体を掴んだ。
草ごと引きちぎり、手の平に収まったのは細く小さい、半月状の「それらしき」もの……。
スライプはゾッとした。
一瞬で、もう一方も同じ形状になっている事が分かった。
「あったのか?」
シャロラインは呆然とうずくまる背中へ声をかける。
スライプは一瞬体を震わせてから立ち上がり、妻へ拾ったものを見せた。
━━手の平に乗せられている、半分だけの指輪。
シャロラインの視線がそれに注がれる……スライプは覚悟した。
拳骨でも、回し蹴りでも、何らかの身体的制裁があると思って身を強張らせた。
しかし、シャロラインの反応は。
「……まぁ、元々この国には無い文化だ。無くても問題ないのでは?」
ごく、平坦な物言いだけだった。
予想外の反応に、スライプは俯きがちだった顔を上げ妻を見る。
腕組みをしている姿勢は変わっていなかったが、怒っているのか呆れているのか諦めているのか……シャロラインの声音と表情からは判断が出来なかった。
シャロラインの言う通り、蔡の王国には既婚者が結婚指輪をはめるという文化は無い。
これは、テラバスが1年間行っていた外国の風習を真似て贈ったものであるため、無くても特に問題はないのだ。
「それは……そうだけど……」
スライプは指輪の残骸を握りしめる。
小さく呟き萎れる夫に、シャロラインは腕組みを解いた。
「だろ? ほら、ご飯作るから手を洗ってこい」
そう言い残して、シャロラインは一足先に家へ入っていった。
◇
「それじゃ、行ってくるよ」
その日の午後、シャロラインは自分の指を握りしめ修理屋へ出かけて行く。スライプは、その後ろ姿を物悲しい表情で眺めた。
「……やっぱり僕も一緒に……」
「お前は邪魔だ。それに仕事だろ」
スライプはこの後、新人の請負人達の指導も含めた暴種討伐に行かなければならない。自分1人での仕事ではないので、シャロラインの付き添いをする時間は無かった。
「ちゃんと行けよ? ドラゴン相手なら余所見も油断も致命的だ」
「……分かったよ。行ってらっしゃい」
いつも通りの会話が、心なしか冷たく感じる。
念押ししてから颯爽と出ていくシャロラインを、スライプはこれまた悲しそうに見送った。
◇
歩いた先にある一軒家に、シャロラインは戸をノックしてから入る。中にいた人物は作業で屈めていた上半身をゆっくり起こした。
「珍しい。1人か」
「スライプは仕事。……あと、少し気持ちを整理しようと思って」
シャロラインの姿を認めた修理屋の主人は、空いた作業台を指差し座るよう促す。
それを受け、シャロラインは大人しく腰を下ろした。
「今回はどこをやられた?」
「ここだ。規模は小さいけど、細かい分大変か」
テラバスは彼女を見遣り、シャロラインは切られた手と、その指を差し出した。
まっすぐに、迷いなく切られたような切り口に、テラバスはついおお……と唸ってしまった。
「これはまた気持ちのいいやられ方で。……んっ、と……こっちは左手か」
修理箇所を見たテラバスは、シャロラインの異変の理由にすぐ気付いた。同時に、スライプの様子も想像しながらニヤリと笑う。
「なるほど、指と一緒に指輪も吹っ飛んだってわけだ。その指輪は見つかったのか?」
「ああ、真っ二つになってな」
もう片方の半月は、朝食後再び捜索したスライプが発見し、悲しみと共に保管していた。
事のあらましを聞いたテラバスは、修理をすべく工具を傍らへ手繰り寄せる。その動きに合わせるように、シャロラインは台に寝転び左手を差し向けた。
ただ切られただけの指はそのまま再利用させてもらい、それを繋ぐための補修用の薄い人口皮膚と柔い人口脂肪……ぶった切られた導線は間違えないようちまちま繋げていく。
━━それを4本分、同じ事を繰り返す。
ちなみに、テラバスは瞳の色を変えない。
アンドロイド修理……ましてや、お得意様であるシャロラインの修復。慣れに慣れた作業なので、わざわざ視ずとも体に染みついていた。
「ヤツは泣いていたか? 結婚指輪を切ったんだ、さぞ焦っていただろうな」
「そうだな。這いつくばって必死に探していた。私は手伝わなかったけど」
終始和やかな会話が空間を埋める。
途中、気苦労絶えない妻へ、テラバスはこっそりちょっといい油を関節に差してやった。
「それで怒って出てきたわけだ。家出もほどほどにしてくれよー。あとが大変だから」
昔、数日だがシャロラインはスライプの許から逃げ離れていたことがある。その時はスライプが衰弱したりして大変だったので出来るだけ避けて欲しかった。
「さすがにそれはしないよ。それに……怒る、という事はしなかったな。別に無くてもいいんじゃないか、という事は言ったけど」
その言葉に、テラバスはふと作業の手を止めた。
シャロラインの顔を見ると、虚空を見つめぼんやりしていた。
自分で蒔いた種なので自業自得なのだが、最愛の妻から「不要」と言われたスライプは何と答えたのだろう……。気になったテラバスは天井を見上げたままのシャロラインへ問う。
「スライプは、何て?」
「……特に何も」
別に、指輪が無いからといって関係が変わるわけではないし、あるからといって何か変わったわけでもない。
指輪をもらった時は嬉しかったが、そのあとの生活は以前と変わらないものであった。
声音はいつもの気丈さを伴ったものだが、心ここにあらず、というような珍しい表情に、テラバスは無意識に開いていた口をつぐんだ。
しばらくして修理も終わり、シャロラインには作業台から降りてもらいながら手の関節の動作や違和感の確認をしてもらう。
グーパーを何度も繰り返してから、シャロラインは「今回も完璧な修理だな」と力強く拳を作ってみせた。
テラバスも少し魔眼を使って異常が無いか確認をしたが、本人の言う通り不具合は無さそうであった。
代金はスライプへのツケという事で成立し、修理屋を出ようとして玄関の戸へ手をかけ━━ようとして、シャロラインは唐突に振り返った。
「それはそうと、お前さんの婚約者はどちらに?」
彼の夫もしそうな、底意地の悪そうな笑みを浮かべている。
テラバスは、こういうところは似たもの夫婦なのだと内心ため息をついた。
「……お前から言われるとは思わなかったが、今は実家の衣料店にいるよ多分」
「一緒に住んではいないのか?」
答えたくないのか……テラバスは口元を曲げ肩を竦めてみせる。
まぁ……それで大体分かったので、シャロラインはそうか、と笑っただけにして修理屋をあとにした。
お読みいただきありがとうございます
前編と銘打っていますので、後編もあります
が、着地は決まっていますが、中身はまだ制作途中です
連投を目指していましたが、この日が来てしまったので、前編のみ投稿いたします
今年中には何とか仕上げたいと思いますので、しばしお待ちください




