【おまけ1】 技師の外国生活 ~後編~
すみません、ちょっとしんどくなったので完結設定します。
顔を照らす光が眩しくて不機嫌そうに唸りながら、テラバスは異国の地にて初めての朝を迎えた。
爆睡したのに疲れはまだ残っているのかすぐに動く気にはなれず、目を開けてぼんやり天井を見上げていると━━
「おはようございます。テラバス様」
ぬッ……と視界の端からニアの顔が飛び込んできた。
「だぁぁああああっ!?」
テラバスは絶叫しながら跳ね起きる。おかげで、眠気が一瞬で霧散した。
どうしてここにニアがいるのか……昨日は鍵をかけて寝たはずなのに……っ! と驚きで早まる心臓を押さえていると、そんな心中を察してかニアは種明かしをした。
「鍵開けは基本中の基本です。わたくしともなれば3秒かからず解錠可能です。……お教えしましょうか?」
彼女は何故か自慢気に胸を張った。
「いや、いい……って、なんだ? その……昨日と違うぞ?」
テラバスは目を擦ってから、ニアの姿をまじまじと見た。
白くボブカットだった髪は肩まで伸びた金髪へ変わり、背も少し伸びて顔立ちは大人っぽくなり今は20歳前後に見える。
人形っぽさはあまり変わらないが、メイドは一晩で少女から女性へと様変わりを果たしていた。
「変化魔法です」
ニアは短く平然と答えた。
「質問に対するテラバス様の回答、答え方、沈黙の秒数などから計算し導き出した結果をもとに姿を変えさせていただきました。いかがでしょうか」
魔法で変化させた己の姿をひらひらと見せながら、ニアはさらに続ける。
「男の娘やロリ巨乳は好みではないというのは確定していましたので、そちらは避けさせていただきました。スレンダーでありながら肉はつき、年齢はご自身と同じ程度。色素がやや薄い可憐で美しい方が好みと推測いたしました」
「……よく出来た分析だな……」
冷静に滔々と語られる結果に、テラバスは恥ずかしくなってつい頭を抱えた。
同時に、昨日の地獄の意味も分かった。このメイドは仕える主の理想に近付くために、あれこれ質問してきたのだ。
だとしても、あんなエグい事聞かなくてもよかったのでは……という疑問は残ったが、使い方はどうあれ有効活用しているようなので、これ以上つっこむ事は控えた。
「それより、今後のご予定なのですが……と……?」
ニアは、机の上の写真立ての存在に気付いた。それには同じ年ほどの男女4人が写っていて、自分が分析した理想の女性像と似たような人物がテラバスの隣で微笑んでいた。それを見たニアはなるほど、と頷いた。
「このような方が好みであれば変えますが……」
「いや……それはやめてくれ……」
エリアと同じ容姿の女性が自分を様付けし、常に後ろを歩き世話をしているのを想像すると、変な意味でぞわぞわした。
……それにしても、このニアという少女はあまりに淡々とし過ぎている。年相応の羞恥や躊躇いが感じられないので、つい疑ってしまう。
「ホントはアンドロイドだって言わないよな?」
「ええ。れっきとした人間です。どちらかというと、昨夜部屋の案内と食事を運んできたメイドが、IR=31系というアンドロイドです」
ああ、あの……とテラバスは昨日の記憶を掘り起こす。お礼を言っても、にこにこするだけで会話することがなかったあの子である。
「ここにいるアンドロイドはみんなしゃべれません。ここに来た時、人間の声帯にあたる部品を、主様が取ってしまったのです。なので、無口なメイドは全てアンドロイドだと思ってください」
「……それでか」
それを聞いて納得した。昨夜の彼女は、声帯が無いがために声が出せなかったのだ。
……どうしてガゼットがアンドロイドから声を奪っているのかは気になるところだが、今は家の事情に首をつっこんでいる場合ではないと思い胸の中に留めておいた。
「そっか……。それでニア、今後の予定というのは?」
「朝食はお部屋にてご準備させていただきます。そのあと、主様がお呼びでございますので、お済み次第書斎へご案内させていただきます」
「分かった。よろしく頼むよ」
そのあと運ばれた朝食を食べ、ニアの案内でガゼットが待つ書斎へ向かう。ノックしてから入ると、椅子に座ったガゼットが待ち構えていた。
「よく来た。どうぞこちらに。まずは眼を見せてもらえるかい?」
ガゼットは前の椅子を指し示し着席を促し、テラバスは大人しく座ると、青い眼光を王弟に見せた。魔眼の1つを見たガゼットはおお……と声をもらした。
「それが『探知』の方だね?」
「ああ、『確答』の方は目が赤くなる。…………あー……ニア、保冷剤もらえるか?」
魔眼を解除し、徐々に痛みが増す眼球に顔を歪めながら保冷剤を受け取る。ため息をつきながら目を冷やしていると、ガゼットが悩ましそうに唸りながら腕組みをした。
「その痛みは、義眼の劣化によるもの?」
「いや、これはオレの創傷だから、直せるものでは無い。義眼の寿命を延ばせても、一生ついて回る生きる痛みです」
ガゼットはそうか、と呟きながら手元の紙にペンを走らせた。そのあともアレルギーや既往歴が無いかの問診をし、施術過程の擦り合わせをする。日程が決まり、明後日施術となった。
今回受ける施術は、現在ギリギリで機能している眼球を魔法で中から強化させ耐久値を上げ、外側を薄くコーティングし耐久値を維持させるというもの。
痛みは無いらしいが、術式完成や魔法定着の関係で予定拘束時間は約2時間。その後も何らかの事故が無いように包帯を巻くらしいので、しばらくニアの手は必至となりそうであった。
そして、施術本番。
無事に眼球強化は終わり、ニアに手を引かれながらどうにか自室に戻ってこれた。ベッドに腰かけ、そのままズルズルと潜り込んでいく。
「大体3日ほどで安定するそうなので、様子を見て取ってもいいそうです。包帯が取れたらいよいよ仕事が始まりますので、それまでは充分にお休みください」
そう言って、ニアは静かに出ていった。
……そうだ。ここに来たのは義眼を直すためだけではない。この恩を、魔眼の行使という行動で返さなければならないのだ。
仕事場はここから少し離れた研究所だと言うが、異国の地での仕事は想像もつかないしやっぱり緊張する。
あれこれ考えるも施術の疲れでうとうとと眠くなり、そのまま眠ってしまった。
◇
━━そして、滞在期間半年が過ぎた。
「そんじゃ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ。テラバス様」
ニアに見送られ、王弟の屋敷をあとにするテラバス。
アスカラ語もだいぶ理解出来るようになったので、仕事場へは1人で行くようになっていた。
慣れた道のりを歩き、見慣れた建物に入っていく。この中の2階がテラバスの職場たる研究所となっていた。
その研究所へ向かう廊下で、テラバスは前を歩く同僚に気付き声をかけた。
「おはようジャックス」
「あ、おはようティナ~」
ジャックスと呼ばれた青年は眠そうに欠伸をした。
……どうやら、この国では「テラバス」の「テラ」の部分が少し発音しにくいようで。紆余曲折を経て「ティナ」なんていう女の子みたいなあだ名がつけられてしまったのだ。
研究室に入り挨拶すると、皆一様にティナティナと呼んでくる。……何人かはちゃんと言えるくせに、面白がってあだ名で呼んでくるのだ。
はじめは、通訳を侍らす異国人と馬鹿にされる事もあったが、魔眼による貢献度もあってか今ではすっかり研究所の一員である。
同じ研究所で働く、ジャックスとレオナードという同世代の友人もできた。真面目なレオナードはテラバスと共にアンドロイド技術を学び、ジャックスはナンパする時女子の食いつきがいいからと休みの日によくテラバスを街に連れていった。
終業時間は午後5時。よほど急ぎのものが無い限り残業する事はないので、定時になるとみんなさっさと帰ってしまう。
この日も例にもれず時間通りに帰る日であり、あっという間に人が去っていった。
「んじゃ、先に帰るねー」
「そのまま寝るなよティナ。研究所での寝泊まりはご法度だからな」
「分かってるわ早く帰れ」
同僚2人は笑いながら帰っていく。対するテラバスは両目をタオルで覆いながら横になっていた。現在、魔眼を使ったあとの激痛が彼を襲っているのだ。
ガゼットに義眼の劣化は直してもらったが、「創傷」という欠点自体はどうにもならない。よって痛みに耐える日々は健在で、今や目元を保冷剤で冷やしながらソファーに寝転ぶテラバスの姿は、研究所お馴染みの光景となっていた。
「はぁ……そろそろ帰るか」
痛みが収まってきたので、ため息をつきながら上体を起こすと、保冷剤がべしゃりと腹に落ちた。それを冷凍庫をつっこみ、タオルは洗濯機へ放り投げる。鍵は巡回する警備員がしてくれるそうなので、テラバスは最後に電気を消して研究所を後にした。
◇
━━さらに月日が流れもうじき1年になる頃、ガゼットからそろそろ帰国してもいいよ、とのお達しが出た。
故郷に……蔡の王国に帰れる時が来たのである。
少しだけ荷物をまとめた休日、テラバスはニアを呼んだ。
「貨幣の両替を頼みたいんだけど、いいかな?」
テラバスは金貨数枚をニアへ渡す。
言葉が違うのなら流通通貨も違う。ここで王国貨幣は使えないので、アスカレシア紙幣に変えなければならないのだ。
「承知しました。何か入り用ですか?」
「ちょっと、自分の金で買いたいものがあってな」
テラバスは少し照れくさそうに頬を掻く。何を買うかは決まっているし、買う場所もジャックス達に聞いて目星をつけていた。
はにかむテラバスを見て、ピン! と何やら思い至ったように手を打った。
「なるほど、ご令閨様がいらっしゃるのですね。その方への贈り物を考えていると」
「……結婚はしてないぞ?」
エリアは妻じゃない。現時点では一応違うのだ。
しかし、否定しても聞いていないのか……ニアの勘違いは続く。
「きっとお喜びになるでしょう。ご帰国が迫っているのなら急がなければなりませんね。行ってまいりますので、少々お待ちください」
淡く微笑み足早に去っていく。心なしか、嬉しそうに見えるニアの後ろ姿。
またしてもおいけてぼりな状況となってしまい、訂正しきれなかったのは心残りだが、時間が無いのもその通りである。
テラバスは戻ってきたニアから換金済みの紙幣を受け取ると、ニアを置いていそいそと買いに向かった。
◇
それから、また日々は過ぎていく。
━━帰国1週間前。スライプとシャロライン宛に「もうすぐ帰る。荷物の受け取りよろしく」的な手紙を出す。
━━帰国3日前。最後の出勤となり、職場の同僚達に最後の挨拶をする。ジャックスもレオナードも、ずっと友達だ! と変わらぬ友情を約束してくれた。
━━そして、帰国当日。
ガゼットとはすでに屋敷前で別れ、唯一の見送りであるニアと共に出国口である関所を目指していた。
テラバスは重いトランクを持ちながら歩き、ニアはその後ろについて歩く。無事関所前に到着するとテラバスはニアに向き直った。
「ありがとうニア。本当に世話になった。君に支えられたからこそ、1年やってこれた」
最初はどうなることかと思ったが、生活は案外悪いものではなかった。
テラバスの言葉を受けたニアはわずかに頬を緩め、首をゆるゆると横に振った。
「わたくしにはもったいないお言葉でございます。わたくしも楽しい1年でございました。……どうぞお気をつけて。ご令室様にもよろしくお伝えください」
深い、丁寧なお辞儀をする。
「だから妻ではないんだよなぁ……」
テラバスは頭を掻きながら苦笑いで俯いた。
「ですが、それは後の奥方様になられる方へ贈るものでしょう? …………どうか自信を持ってください。大丈夫です。きっと、分かってくれる方ですよ」
最後の一言にどのような意味があるのか……テラバスは理解した。
帰国前に買った、綺麗にラッピングされたアクセサリー。これは、自分の決意の証明であり、勇気の無さの表れでもある。それでも、これを渡したい。正しいものではないけれど、この手で渡してこの口で伝えなければならないのだ。
「……うん」
淡く微笑むニアに背中を押され、テラバスは再び顔を上げた。
「じゃあ、またな。ニア」
「はい、また」
1年間、一緒にいたメイドとの最後の別れ。
願わくば、何らかの形でまた会えますように……。
様々な思い出を胸に、テラバスはアスカレシア国を出た。
今後の追加はあまり考えてませんが、元気が出たら追加を考えます
評価等々もよろしくお願いします、ありがとうございました




