【おまけ1】 技師の外国生活 ~前編~
これは、技師が異国にて過ごした日々と、彼を支えた1人のメイドの話である。
おまけとして軽い気持ちで書いてるのでちょっと雑かもしれません。ごめんなさい。
青年は、暗くなった天を仰いでため息をついた。
数時間前までは太陽が天高く鎮座していたのに、今では無数の煌めく星々が散りばめられている。
スライプ達に見送られ、マルナトの案内で移動すること丸1日。移動に次ぐ移動を続けてきたテラバスは、ようやく異国の土を踏む事が出来た。
━━アスカレシア国。同じ隣国でも仲がよくないハルバレン帝国と違い、比較的仲のよいお隣さんである。
マルナトとは出国口で別れたので、ここからは1人旅となる。目が合った門番へ会釈をして、テラバスは立派な門構えの関所を後にした。
夜とはいえ人通りはまだ多く、店は営業中で電気がついているし電灯もあるので明るい。アスカラ語……ここの言語は一応勉強してきたのに、周りから聞こえてくる言葉は何一つ分からなかった。
そんな雑踏をBGM代わりにしながら、テラバスはマルナトからもらった地図を頼りに、重いトランクと共に目的地までの道のりを歩く。
目的地とはアスカレシア国王……の弟の城。マルナトを仲介者に、テラバスに協力と滞在を持ちかけた張本人様である。
マルナト曰く、王弟であり、国の未来を担う重役であり、魔法の研究者であり魔道具の修理・生成に精通している人物であるとのこと。
何故、一国の王の弟と貴族の若当主が繋がっているのかは一般庶民には分からないが、自分の力を貸す代わりに義眼を直してくれるのだからありがたい話であった。
しばらく道沿いに歩いて、2つ目の交差点を左に曲がる。郵便屋が見えてきたら次は右……と、地図と道路を見比べながら進む事約40分━━━━
明らかに、高貴な人物が住んでいるであろう立派な建物が見えてきた。
広大な敷地に建っているレンガ造りのレトロな屋敷……その佇まいは城というより洋館であった。
テラバスはその洋館を見上げ、今からここに行くのか……とため息を吐く。そして恐々としながら屋敷を訪ねると、少し腰が曲がり、白髪を1つにまとめた何とも上品そうな老婆が現れた。
老婆と目が合ったテラバスはぺこりとお辞儀をする。対する老婆は眉をひそめた。
━━こんな夜に、見慣れない若者が1人……。
怪訝そうにテラバスの顔を見ていたが、やがて合点がいったのか口元を覆い目を大きく開いた。
そして「少々、お待ち下さい」というようなジェスチャーをしてから、慌てて奥へと引っ込んでいった。
しばらく待っていると、老婆と共に顎髭を生やした大柄な男性がやって来て、テラバスを見るやいなや嬉しそうに笑った。
「よく来たね。君を歓迎するよ」
明るくそう言って右手を差し出す。当然だが、流暢なアスカラ語であった。
……何を言っているかはやっぱり聞き取れないが、差し出された手の意味は分かる。テラバスは同じく右手を出し握り返した。
「こ、コんばンは。て……テラバス・ステイレンで、ス」
テラバスは、勉強した外国語で王弟と対峙した。
言葉をマスター出来ずとも、せめて挨拶と自己紹介くらいはここの言葉で出来るようにと練習してきたが、いざ本場の発音を聞くと拙さが目立って恥ずかしい。
テラバスの発音は何とも覚えたてな……やや片言だったらしく、聞いた男は周囲を憚らず大笑いをした。
「うむ。自己紹介ありがとう。でも、ここでは頑張らなくていいぞ。……失礼、わたしはこの城の主、ガゼット・オルグ・アスカレアだ」
ガゼットの口から、これまた達弁な王国語が飛び出してきた。テラバスは驚くと同時に、安堵にも似た感覚を覚えた。
さすが王弟殿下。外国語も堪能でいらっしゃる……不出来な言葉使いでもどうにかやっていけそうで、少し気が楽になった。
「長旅で疲れただろう。これからの事は明日話すから、今日は休むといい。食事が必要なら部屋まで運ばせよう」
ガゼットの目配せに、1人のメイドが反応する。メイドはにこりと微笑み「部屋まで案内します」といった手振りをするとゆっくり歩き始めた。
◇
階段をのぼった先、客室の1つがテラバスに割り当てられていた。先を歩いていたメイドは「お部屋はこちらです」という仕草でドアを示すと、何も言わずぺこりとお辞儀をしてから立ち去っていく。
テラバスはメイドの背中を見送ってから部屋に入ると、先に送っていた段ボール箱が目についた。
滞在するための日用品が詰まった箱。初めて利用する国際便で不安だったが、無事届いた事に安堵してその傍らに膝をついた。
ガムテープを破りそれを開封していると━━━━視線のような殺気のような……ぞわっとした気配を背中に受けた。テラバスは勢いよく振り返るも、誰もおらずしんとしている。
しかし、嫌な予感は依然消えない……その気配はベッド下からした。
テラバスは、ベッド下をじっと睨みながら立ち上がり近付いていく。そして、垂れ下がったシーツに手を伸ばし掴むと、勢いよくめくった。
暗いベッド下……その中で、夜闇に潜む猫さながらの眼光が、微動だにせずテラバスを凝視していた。
「どぅああああぁぁ!?」
テラバスは驚き大声をあげた。
己の存在を知られたソレは、のそのそと這い出てくる。テレビ画面から出てくる怨霊を思わせる様子に恐怖を感じていると、その正体が照明のもとに晒された。白髪ボブカットの齢16、17ほどの少女であった。
人形のような容貌に、フリルとついた白いエプロンと黒いロングスカート……ほかのメイドと同じ、オーソドックスメイドな格好をしている。
呆然とするテラバスに向かって、少女はスカートの裾を摘まむと丁寧なお辞儀をした。
「はじめましてご主人様。主様からお世話役兼通訳を仰せつかっております。ニアとお呼びください」
凛とした声音が彼女の真面目さを物語る。
「わたくしは主様の命令次第で、閨を共にする娼婦にも、闇に潜む暗殺者にもなります。そして今回、こちらに滞在するお客様の側仕えを命ぜられたのです」
「そ、そうか……」
テラバスはうまく状況を飲み込めず、手一杯という返事をした。
何故わざわざベッド下にいたのかは検討もつかないし、少し苦労しそうな気配もするが、今後お世話になるメイドさんらしいので仲良くしていかなければならない。通訳も兼ねてくれるのなら王国語でも問題無さそうなので、ひとまず挨拶をする事にした。
「テラバス・ステイレンだ。蔡の王国から来た。これからよろしくな」
「はい、ご主人様」
2人は、ぎゅっと握手を交わした。
「ご主人様はやめろ。あと『様』はいらない」
「ではステイレン様」
「名前でいいよ。だから『様』はつけるな」
「テラバス様」
「どうやっても取れないのか……」
テラバスはため息をつきながら頭を掻く。彼女の中にポリシーでもあるのか、なかなかに頑なだった。
━━そしてこのあと、テラバスにとっての不幸が始まっていく……ニアはじっとテラバスを見たあと、おもむろに口を開いた。
「つかぬことをお聞きしますが、テラバス様は男が好きですか? 女が好きですか?」
「……は?」
急に何を言い出すんだこのメイド……と呆けていると、ニアはさらに踏み込んだ質問をしてきた。
「同性愛者ですか? 異性愛者ですか?」
「……!?」
もし、この時お茶とか飲んでいたら間違いなく噴いている。
質問の内容はとんでもないのに、彼女はいたって真面目な表情なのが余計つらかった。
狼狽するテラバスに、早く答えろという催促の視線が突き刺さる。仕方なく口を開いた。
「普通に女性が好きだけど……」
「子供が好きですか? 大人が好きですか?」
「大人……かな」
「貧乳と巨乳、どちらが好みですか?」
「……っ、その質問になんの意味が……っ」
「答えてください」
「……中間くらいで」
わずかな反抗も意味無く終わる。
表情を変えない淡々としたメイドに、テラバスはガックリ肩を落として陥落した。
そのあとも、尋問は続く。
「━━では次、清楚と妖艶でしたら?」
「……清楚で」
テラバスは大人しくニアの質問に答え続ける。
その内、初体験はいつだとか好きな体位はなんだとか聞かれるのではないかと内心ビクビクしていると、これまでノンストップだったニアの質問が唐突に終わった。
「かしこまりました。では、わたくしは退出いたします。今日はゆっくりお休みください」
そう言って丁寧にお辞儀をしたあと、ニアは踵を返しすたすたと部屋を出ていってしまった。
「えっ、ちょっ、ちょっと!?」
地獄の性癖質問攻めをたっぷりしたあと、あっさり部屋を出ていくメイド。その背中をドア付近まで追いかけたものの、姿はすでに曲がり角に消えていた。
一体、何が承諾されたのだろうか……と呆然としていると、美味しそうな匂いと共に食事が運ばれてきた。
肉と野菜を蒸したものに餡をかけた温かい料理。持ってきてくれたのは、先ほど部屋を案内をしてくれたメイドさんだった。
「あ、ありがとう」
拙いアスカラ語で伝えると、メイドは少しはにかんでからお辞儀をし、静かに部屋を出ていく。……確かにここの言語で言ったはずなのに、いまいち伝わらなかったのだろうか……と首を傾げながらも、テラバスは食事にありついた。
◇
もぐもぐと、順調に食べながらテラバスは考える。
義姉といいメイドといい……自分には女難の相でもあるのだろうか……。
このような出来事の後には大体面倒な……よくない事が起きる。
━━とりあえず、今日はもう寝たい。お腹が膨れたせいか、疲れがどっと押し寄せてきたのだ。テラバスはシャワーを手早く済ませてからベッドへ潜り込む。そして、特に何も起こりませんように……と祈りながら眠りについた。
後編は明日更新予定です。




