【おまけ2】 妻の指(輪)をはね飛ばす話 ~後編~
大変お待たせいたしました!
事件から約1週間……。
それからというものの、シャロラインはすごく普通だった。
「スライプ。ご飯の準備出来たぞ」
「明日は仕事だろ? 何時に家を出るんだ?」
「おい、靴下はひっくり返さないでくれ。洗濯が大変だ」
家事をこなし料理をしてスライプの世話を焼く……何事も無かったかのように日々を送っている。
それに対し、スライプは「あ、うん……」と情けない返事をするのが精一杯であった。
暮らしは普通そのものなのに、そわそわして落ち着かなかった━━
◇
「何か初めて……シャロの気持ち分からないかも……」
遊びに来たテラバスの家でコーヒーをご馳走になりながら弱音をこぼすスライプ。
シャロラインは怒り多めのツンデレなのだが、今回はその責め部分すら無いのが彼の悩みを深くしていた。
シャロラインをはじめ、アンドロイドは血管が通っているわけではないので怒って顔が赤くなったりしないし、呼吸をしているわけでもないのでため息をつくという事もない。
表から感情を隠そうとすれば可能なのである。
そんな面倒くさい幼馴染を、テラバスはうんうんと適当に相槌をうって流していた。
大まかな事情はシャロラインから聞いていたし、スライプの性格上起きるべくして起きた事件なのでさほど気にしてはいなかった。
しかし、本人がすごく落ち込んでいるような姿を見るとかわいそうにも思えてくる。
「ほんとにどうでもいいと思ってるのかな?」
「もう1回聞いてもいいと思う?」
「シャロのが無いのなら、僕のも外すべき?」
お構い無しにずっと話し続けるスライプと、適当に返事をするテラバス。
しかし、聞いているうちに疑問が浮かび上がった。
━━何故、スライプの口から一向に「直す」という単語が出てこないのか。
よもや、毎度妻を修理に出している輩が修理修繕を知らないわけでもないだろう……が、ショックのあまり頭から抜けているかもしれない。テラバスは確認ついでに聞いてみた。
「……まさかお前、壊れたらそれで終わりって思ってる?」
「へ?」
動きを止めポカンとするスライプ。
明らかに失念していたであろう様子を見て、やっぱりか、とテラバスはため息をついた。
「アンドロイドと同じだ。壊れたのなら直す、常識だろ。それに、外国にはそれを直すサービスだってちゃんとあるんだ」
少し呆れた様子のテラバスに、スライプは不満そうに口を尖らせた。
スライプが知っているのは、異国では夫婦関係の男女は薬指に指輪をはめる習慣があるという事。テラバスからの情報で得た情報がすべてなのである。
「あるある……というほどでもないけど可能性はゼロじゃないから、壊してしまった事自体は気にしなくていいんじゃないか?」
金属とはいえ指輪は細く繊細な加工品であり、当たり所が悪ければ割れる事もある。
宝飾店もそれを承知しているから、購入後のアフターサービスも完備しているのである。
「そ、そうなんだ……」
まだ何とか出来るかもしれない可能性に、スライプは手を胸に当て安堵した様子を見せる。
しかし、テラバスは目を細めスライプを睨んだ。
「オレとしては壊しかたの方を責めたいんだけど……あんまりくだらない事で仕事増やさないでくれるかな?」
先日、シャロラインの指4本をちまちまと修理した技師からのお小言。
シャロラインは伴侶であり戦闘機体なので夫婦で手合わせする事はいいのだが、破壊のツケがこちらに回ってくるのは仕事とはいえ勘弁してほしい。
頻繁なのもすこぶる迷惑であった。
「えー、その分お金は払ってるでしょ?」
「……あ、思い出した。こないだの修理費払え。お前にツケてるから」
テラバスはお小言ついでに未払いの費用を請求する。
今度は、スライプが表情を曇らせる番であった。
「DEATH! それが傷心中の友に言う事か!」
苦虫を噛み潰したように顔を歪め、もう少し配慮してくれと反論するものの、修理屋の守銭奴は請求の手を引っ込める事はしなかった。
それからあーだこーだ言いつつもきっちりお代は払い、スライプはテラバスの家を出た。
◇
帰宅したスライプは、壊れた指輪が入っている小箱のふたを開けた。
綺麗に真っ二つとなっている銀色の円環が、スライプに再び現実を突きつける。
しばらく眺めたあとため息を1つして、指輪を購入した銀細工屋へ急ごうと踵を返し━━
「なんだ、帰ってたのか」
出ていく途中でシャロラインと出くわした。
「シャロ……」
「帰ってきて、また出ていくのか」
忙しない奴だな、とシャロラインは笑ってスライプを見上げる。
いつもの気丈な妻を見て何だか胸が苦しくなって、スライプは小箱を握りしめた。
「シャロ……っ、今から君の指輪を直してくるっ。だから、もう少しだけ待ってて」
切羽詰まったような夫に、シャロラインは思わず目を見開いた。
そして、スライプは困惑したような表情の妻へ、これから指輪を直しに行く事の説明をする。
「なんだ……そんな事……」
どちらでもいいだろうと少し皺を寄せるシャロラインに、スライプはしゅんと肩を落とした。
「自分でやった事だけど、やっぱり君は僕のものだから……」
薬指の婚姻の証。この国でそれを正しく理解しているものはほんの一握りなのだけど、当人にとっては大切な想いの手枷だった。
初めて指輪を受け取った時と同じ台詞に……。
「だから━━」
シャロラインは言いかけて、口をつぐんだ。
この続きも初めてもらった時に思った事だから、自身の胸に留めておいたのだ。
━━『とっくの昔に、私はお前のものだ』
これだけは絶対に言ってやらない。言うとしたらこいつが死ぬ時だと密かに決めていた。
その代わりに、少しだけ口の端を曲げて笑って、スライプの顔を覗き込む。
「なんだ、私がつけるのに、私の好みは反映してくれないのか?」
くすりと笑って「1人で決めるなんて薄情だな」なんて意地悪を言ってみせる。
瞬間、スライプは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「……っ、行こう! 一緒に行こう! シャロが気に入るデザインで━━!」
スライプはシャロラインの返事も待たずに手を取り走り出す。
久々に感じる心の軽さに、走る最中にもういいと手を払おうとするシャロラインを一層握り返していた。
━━途中、エリアともすれ違ったが、2人は目もくれなかった。
◇
来るはずのエリアが遅いのを心配したテラバスが家を出ようとしたところ、玄関先でちょうどよく彼女と出くわした。
「おお……遅かったな。どうした」
「家出るの遅くなっちゃって……。そういえば、スライプ達とすれ違ったよ。なんかすごく急いでたけど……」
「ああ、あいつら指輪を直すらしいから、多分それだな」
そうなんだ、とやや素っ気なく答えるエリアを見て、少し考える。
物欲が無いのか遠慮しているのか、エリアはあまり物をねだらない。頼み事や文句等々……これから一緒になるのに、色々と溜め込まれるのは少々困る。
「……お前も欲しいか? 結婚指輪」
テラバスは前にいる婚約者へ問いかける。
異国では夫婦の証としてはめる結婚指輪。蔡の王国では普及された文化ではないので、その意図を誰も汲むことが出来ない。特別だと、2人だけが知っている代物である。
将来の夫からの問いに、エリアは首を横に振った。
「わたしはいいかな。……でも、そのうち欲しくなっちゃうかも。その時は……あなたにおねだりしてもいい?」
あなた、と伴侶へ語るそれのように、首を傾げるエリア。
控えめで愛らしいお願いに、テラバスもつい頬が緩んだ。
「……分かった」
━━覚えておくよ。
優しく言って、テラバスはエリアと共に家へ入った。
お読みいただきありがとうございます!
実は正直、この流れはあまり納得……というより、当初の予定よりだいぶはしょっています。
作り直しも考えていますが、新作の方にも本腰を入れたいと思いますので、ひとまず完結とさせていただきます。
今まで大変お世話になりました
ありがとうございました!




