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One's Summer  作者: 新増レン
二章「思い出の箱」
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-10- 『雛町千歳』


 小学六年生の頃。俺には好きな人がいた。


「ふーまくん、準備いいですか?」

「おう」

 雛町ひなまち千歳ちとせは頭にリボンをつけているのが特徴的な女の子だ。

 夏休み。俺と千歳で例のタイムカプセルを作り、埋めに行く計画を立てていた。

 勿論、他の三人には内緒で、だ。

 きっかけはわからない。確かにあったはずだが、そこは思い出せない。


 二人で神社まで歩いていき、例の宝箱を木の根元に埋めた。

「千歳は何書いたの?」

「内緒ですよぉ」

 この時、俺達は三人へ向けての手紙の他に、未来の自分へ向けての手紙を書いていた。

 そして七年後、確実に掘り当てるための手紙を合わせて書いた。これは菜有に渡しておくことになったが、この日は陽も傾き始めていたこともあり、神社のどこかにそれを隠し、帰ることにした。

 全てが変わったのはその後だ。



 帰り道、俺と千歳は交通事故に遭った。



 旅行者によるスピード超過が原因の交通事故。新聞にも載った大きな事故だった。

 そこで俺だけは、助かった。

 頭部への衝撃が仇となり記憶の一部が抜け落ちてしまったのだろう。

 それが、運悪く千歳に関するすべての記憶だったというのが妥当だ。しかし、俺がこれまで千歳の記憶を失っていたのには、別の理由がある。


 それは、誰一人俺に千歳のことを教えてくれなかったことだ。


 みんな知っているはずだ。

 しかし、俺は千歳がどうなったのか知らない。知らされていない。

 その理由は分からない。

 でも、きっと……。


『そうです。知っていますよ』


『千歳……!?』

 思い出した瞬間、夢の中の声が脳裏に響き始める。目の前には幻想であろう、あの頃の彼女がいた。

『ようやく、思い出してくれた』

『すまない……そんなつもりはなかった』

『知ってますよ。――まあ、私がしつこく話しかけたからだけど』

『それなんだが……お前は、生きてるのか? どうして頭の中に話しかけてくる?』

 声はしばらく黙った。本当は彼女の姿を見たいはずなのに、俺はどこかで諦めている。


『死んでいます。予想通り』


『……そう、か』

『でもでも、ふーまくんは生きてます。これは本当です! ゾンビじゃないです!』

『……じゃあ、この声は俺の幻聴なのか?』

『そうなるかもしれないですけど、実際は違うの。あの日、私達は一緒に事故に遭ったよね?』

 思い出したくもないが、そうだ。流石に、吹き飛ばされた瞬間までは知らないとしても、車がこちらに向かってきた映像は蘇る。

『それで、私の精神? ――みたいなのが、ふーまくんの中に残ったんです』

『……! だから、こうやって会話できるのか?』

『そうみたいです。私も、よくわかりませんけど』

『そ、それじゃあ、どうして今まで話しかけてこなかったんだ。いつだって、機会はあっただろう?』

『……この町でしか、こうして会話できないみたいです』

『……そんな』

 辻褄が合うことに苛立ちを覚える。


『そんなに暗くならないで。私は、ずっとふーまくんの中で生きてるから。ね?』

『辛く、ないのか?』

『んー、そんな感覚はないかな? でも、定期的に話しかけてくれるとうれしいかも』

『そうか……。わかった』

 念じるだけで会話ができるのなら、容易いことだ。でもそれでいいのか。千歳は、成仏できていないのでは? 考えれば考えるほど彼女の為にできることを模索してしまう。

『難しいこと考えてる?』

『まあな』

『気にしないで、早くタイムカプセル開けませんか?』

『千歳はこのまま納得できるのか? こんな精神だけ俺の身体にあっても、苦しいだけじゃないのか?』

『……苦しくないですよ。むしろ、また話が出来て嬉しいかな?』

『嬉しい、のか?』

『うん。だってほら、また一緒ですよ?』

 声だけで表情は分からなかったけど、きっと彼女は笑っているだろう。


 その姿がそこにあれば、どれだけ嬉しかっただろう。


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