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第9話『初めて味わう感覚の余韻に浸る』

 授業中、常に付きまとう視線、絡んでくる悪意。

 直接目線を送って確認せずとも、それらは無言の圧として多方面から注がれている。


 レヴィアが情報を提供してくれたおかげで、元の宿主が背負っていたプレッシャーや日々抱き続けていたストレスは完璧じゃないにしても理解した。

 でもだからこそ、疑問に思うことは2つほどある。

 実力を隠していたことが事実であれば、そもそも森の中で獣と遭遇したところで能を隠し続ける必要はない。

 であれば、命を落としてしまうほど追い詰められるだろうか。

 混乱していて状況判断が適切に行えなかった、という可能性は十分にある。

 だが、自身の生命の危機に躊躇することなどあるのか……?


 それほどまで厳しく躾けられているとは考えにくいし、制約……そう、封印やデバフみたいな妨害が自動で発動する仕組みなら理解できるが。


「……」


 時計は授業残り半分を示している。

 ノートは実在しているのに、シャープペンやボールペンがないことに不満はあれど。

 鉛筆や色鉛筆があるだけ、まだ救いか。


 なんて思いながら、2つ目の疑問について考えてみる。

 幻核魔力(エンハンスマテリアル)の件が気になって仕方がない。

 情報がない中で推測したところで答えには辿り着くことはできないだろうが、封印の書に記されていた――“『器となる宿主の成熟または資格が必須』”――という項目が頭から離れなくて困っている。

 要は情報を得て私利私欲に使おうとする人間の抑制、または阻止する項目に過ぎないと思うが、実際に成熟まはた資格のない人間がどうなるかなど知る術がない。

 ここで問題なのが、元の宿主が成熟または資格を得ていたとすれば……間違いなく規格外の力を手にしているだけに留まらず、さらなる力を得ていたことになる。


 いや待てよ、もしかして条件を2つとも揃わずに幻核魔力(エンハンスマテリアル)を扱おうと試みたから命を落としてしまったのか……?


「それではアヤトくん、前へ」


 でも今の俺が扱えるというのなら、彼の努力が実ったのか資格を既に得ていたことに――。


「アヤトくん、前へ」

「――は、はい」


 あれぇ……先生の話が逸れ始まったから思考に集中していたから、なぜ呼ばれて前へ行かなければならないのか聞いていなかった。

 突発的に覇気のない返事をして、とりあえず指示通りに先生の元へ行くしかない。


「それでは、ここで炎魔法を扱ってみてほしい」


 先生は穏やかな口調で話をしているから、どうやら話を聞いていなかったことを見抜かれて怒られる状況ではないようだ。

 しかし、風魔法で浮いている1枚の白紙に向かい、炎魔法を出せとの指示。

 わかりやすくて助かるが……。


「当然、燃やさないように」

「……はい」

「なーに心配する必要はない。もしも失敗してしまっても、消化までは一瞬だ」


 その言葉を聞いて、俺は先生に謝意を抱く。

 ここまでわかりやすく丁寧に説明してくれているのに、先生の話を聞き流すような行為をして本当に申し訳ございませんでした。


 加えて感じたのは、標的である白紙へ目線を向けて気づいた周りから注がれる視線。

 あからさまに悪意を向けてきている人間がチラホラと見え、しかしそれと同じく純粋な興味のまなざしを向けてきている人も居る。

 でも、だからこそ感じるプレッシャー。


 俺は昔から人の前で話をする機会は、できるだけ訪れないでほしいと懇願し続けていた。

 だから始めて見る世界の景色だというのに、どこか親近感を覚えたと同時に羞恥心や劣等生感も訪れるものだとばかり思ってしまった。


「わかりました」


 でも今は、どうやら違うようだ。


 ホルダーから杖を取り出し、クラスメイトと教卓の間に浮かぶ白紙へ向ける。


「塵となれ、炎」


 杖は白紙より少し上を狙い続け、揺れに合わせて発現させた小さな炎を紙に触れないよう動かし続ける。

 通常であれば、魔法は発現させた後は放つのみ。

 対象に接触すれば各属性の魔法がもたらす現象が発生する――炎は燃え、風は斬れ、水は濡れ――等々。


「いいぞいいぞ、その調子だ。上手いじゃないか」


 しかし魔法とは、そう簡単な要素だけで構成された浅いものではない。


 魔力を吸収し、変換し、発現させ、放出。

 操作し、変形させ、密度を上げ、鋭利にもでき、武器としても扱うことが可能。

 多種多様に魔力を扱えるからこそ、その自由な武器は極度に使用者へ依存する。


「じゃあ逆にこれならどうだ」


 先生は紙を円を描くようにグルグルと動かし始めた。

『燃やすな』という指示の元、自分が取る行動は――静止。


「おぉ」


 注目を注ぎ続けている学友たちから、そんな声が漏れ出てくる。


「凄い、凄いじゃないか。じゃあこれに対応できるかな」


 先生は紙を垂直に移動させ、上下に側面を配置する。

 次の瞬間。


「いくぞ!」

「うわっ」


 刃物を振り下ろすように紙を急降下させ始めた。


 思考を巡らせる時間の猶予などなく、俺は瞬発的に炎を二分させる。


「おぉおおおおおおおおおお!」


 先生と学友たちからの声が共鳴し、教室中に響き渡った。


「凄い、凄いぞアヤトくん! 評価に追加単位を上げる以外の選択肢はないな! なあそうだろ、みんなぁ!」


 俺が咄嗟に取った行動が、先生の気分を高揚させてしまったのだろう。

 しかし驚いたのは――共感と同意を象徴させる、拍手の数々。

 初めて音を浴びる、という経験をした俺は反応に困り立ち尽くすしかできない。


 勘違いのしようがない称賛。

 参加していない人間はハッキリと視界で捉えられるぐらいの人数は居ても、間違いなく――今――俺のためだけに拍手をしてくれている人たちが居る。

 なんて表現したらいいかもわからず、胸の中に何かが溢れてくるような感覚と体が熱くなっていく感覚が全身を支配した。


「今日は素晴らしいものを観ることができた。よし、以上だ。席に戻ってくれたまえ」

「は、はい」


 拍手は止み、静寂を取り戻した教室。

 しかし席を立ったときとは違い、数人から注がれる悪意ではない目線を感じる。

 席と席の間を進む最中、悪いことをしたわけでもないのに目線を下げてしまい。

 2つの人生の中で初めて味わう感覚は、着席した後も脳内と全身を支配し続けた。

 本当にどう表現したらいいのだろう、ふわふわした感覚というか……。


「では、これからは。今みんなが観た内容について解説していく。言葉として聞くことは簡単だが、実際に行うことは難しい。ぜひこの後すぐ、試してみよう」


 これはこれで、なんかいいな。

 ほんの少しだけ、この感覚の余韻に浸ろう――。

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