第8話『悪役令嬢は見事に役を披露する』
無事に実技授業が終わり、俺はふと休み時間を活かして考える。
逃げるように走り去ったけど、彼らは途中まで追いかけてきたから警戒は解けないけど。
これからの立ち回り方と最強に至るまでの道すぎについて。
まず元々の宿主であった彼は、間違いなく学園での立ち位置は悲惨なものであったことは確実。
それは女神様から貰った少ない情報から考察するまでもなく、実際に体験したからわかる。
こんな状況下に置かれ続けたら、自身の実力が足りない事実を含む苛立ちは吐き出す場所がなく、心の拠り所となるものもなかったのなら自暴自棄になってしまうのも致し方ない。
体の新しい宿主になった際、全ての傷が癒えてしまっていたが――たぶん拳を握り締めた際に爪が食い込み出血をさせていただろうし、自分で自分を殴っていたと予想できる。
「……」
惨めで情けなくて。
自分を慕ってくれている使用人たちに打ち明けられるわけでも、弱さを見せられるわけもなく。
ましてや最後の砦とも言える、両親が心配してくれている状況がさらに自分を許すことができなくなり。
つい思ってもいないことを口に出してしまい、あの悲惨な最期を迎えてしまった。
そんな彼は、間違いなくやり残したことがあるはず。
既に意思も記憶もないが、無意識に握ってしまう拳が全てを証明している。
なぜなら、今もなお彼が残してくれた無意識の体の記憶は残っており、そのおかげで基本的な生活を送ることはでき、しかも勉強すらも助けてくれているからだ。
「じゃあまずは」
敵を探すのは、正直難しくはない。
だって相手の方から勝手に寄って集ってくるから。
現在の標的は2人だけだが、安全圏から嘲笑っているやつらも敵。
復讐劇――という綺麗なことはしない。
能力不足による嘲笑というのなら、能力を得た俺が嘲笑ってやろう。
地位や名誉が上に立つ人間の素質というのなら、裏の世界までも掌握し支配する圧倒的な実力で暗躍してやろう。
彼のやり残したことと、俺がやりたいこと全てを現実にしてみせる。
「あら」
唐突にそんな声が聞こえてきたものだから、俺は足を止めて斜め前へ目線を向けた。
そこに居たのは、煉瓦で舗装された赤茶色い地面や校舎の白い壁から浮きに浮きまくっている異色な赤のお嬢様レヴィア・スカーレット。
「周りの目線がないとはいえ、会話を控えた方がいいのでは?」
「でもそも……あそこまで大胆に関係性を披露してしまっては、無関係を装う方が不自然かと思いまして」
「それはそうかも」
最低限、俺が所属する教室では話が広まるまでに要した時間は0秒だった。
正しくは教室から離れ、戻ってた頃には話が持ちきりになっていた、そんな感じ。
そう思うと、あいつらは目の当たりにしてもなお突っかかってくるなんて、逆に凄いというか度胸があるというか。
やはり俺が常識に捉えていたものが通用せず、何かしらの文化や階級みたいなものがあるのだろう。
「では学園という場所において、習わしを無視することはできませんわ」
「ん?」
「私の名前はレヴィア・スカーレット。スカーレット家の次女であり、第1学年において成績トップの座をいただいております」
スカートの両端を掴みながら深く頭を下げ、あまりにも赤く長い髪がサラサラと流れ落ちる。
「加えて、現在も未来も隣に立つ男性を探しております」
顔を上げながら、何それ? 今、言う必要ある? という言葉を付け加えられ。
自分の隣に立つ男性が居ないことをアピールしたいのか、それとも自分に見合った男性を探しているのか、それとも学園を相手探しの合コンをする場所とでも思っているということなのか。
爽やかなほど清々しい笑みを浮かべている表情からは、何が答えなのかを探ることはできない。
嫌悪感を抱くことも不快感を抱くこともないのに、なぜだろう……なんだか怖いと思ってしまう。
「やられたな。まあ仕方ない」
「ええ。学び舎での自己紹介は何も嫌煙するものではなく。ましてや学友として関係性を築くことも一緒に居たとしても、何一つとして不自然なことではなくてよ」
出会いの第一印象はか弱い少女、学園での再会の第一印象は高飛車な悪役令嬢、改めましての再会では聡明な策略家。
コロコロというよりガラッガラッと変わる印象には正直驚いた。
「アヤト・ザラストロフ。ザラストロフ家は貴族など元々の血筋に頼ることなく魔力の実力一点で成りあがった優秀で勤勉な一族が表。裏の家業では、その優秀さを十分に発揮する場として黒の世界を暗躍する」
「ほう、全て下調べ済みと」
いや、全部初耳だが。
権力を存分に発揮して調べたのだろうが、全然知らない情報がツラツラと並べられているけど。
え、何? “黒の世界を暗躍する”って何? かっこよ!
とりあえず表情を変えず平静を装うしかない。
「さすがに驚きの連続だったわよ。こんな逸材が下等生物の中に紛れて生活していたなんて想像もできなかったもの」
「言いすぎだろ」
「そう? でも事実そうじゃない。私も調べるまで悟ることすらできなかったわ」
まず話を聞いて思うのは、あの対面して顔がぐちゃぐちゃになるほど歪ませて泣きまくっていた両親が裏の世界を暗躍している?
抱き締められたとき、ただの優しい良心を抱いた両親って感じしかしなかったけど。
いやまあ自身らの子供に殺意なんて向けるわけもないから、感じるわけもないと言えばそうだけどさ。
じゃあさ、俺の家って実力ありありの長武闘派ってわけか。
そりゃあ意識しなくても魔法を発動できるし、魔力変換効率もいいわけだ――ん……?
「実力を隠し続け、周りの印象すらも操作する手腕。本当に見事ね」
「お褒めに預かり光栄だ」
凄い、俺が疑問に思ったことをすぐ答えをして応えてくれた。
彼らの言動を元に考察すると、元の宿主は実力を隠していたことに間違いはない。
現に実力を低く見積もられていたわけだし、我慢していた証拠に体の怯えも再現される。
もしかして、実力を隠し続けることが過大なストレスだったとか?
それはそれで……雑魚に合わせる不快感と無慈悲に向けられる悪意への苛立ちは永遠に積み重なっていくものだから、そりゃあ自暴自棄にもなるしストレスが爆発することもあるだろうな。
「私が偽りの王座に居座ることができているのは、あなたが実力を隠し続けてくれているおかげということでもあるのね」
いや、知らないけどね?
元々の宿主が実力を隠していたことすらわかっていなかったけどね?
とりあえずリアクションに困るから、「ふんっ」とだけ反応を示しておこう。
「あ! 見つけた!」
「逃げるんじゃねぇ! 雑魚が!」
「お前みたいなやつが誰と話して……――」
あちゃー。
そりゃあ立ち話を開始してしまっては、追いつかれもするか。
「あら、どなたかしら。わたくしに用件がおありで?」
レヴィアからの問いに対し、背後に居る彼らは返答をせず。
「ところで雑魚とはどういう意味でして? 先ほど、わたくしの方へ言葉が投げ込まれたように聞こえたのだけれど」
「まままままさか、めっっっっそうもございません!」
「そんな無礼を叩くことは絶対にありません! 本当です!」
「では、まさかわたくしが『聞き間違いを起こした』と言いたいわけ?」
おうおうおう、俺と話をしていた爽やかさ麗しさはどこに行ってしまったのか。
あまりにも目つきが怖いし、実際には見えないけど禍々しいオーラを感じるし、何よりも言葉の端々に棘というか鋭利さを感じる。
「いいいいいいえ! 本当にそんな意図はありません!」
「不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありませんでしたぁああああああああああ!」
終始、俺は一度も振り返らなかったけど2人が逃走するかの如く去って行った足音だけは耳に届いてきた。
「ふんっ。存在そのものが不快なのよ、ああいう自分の力を高めることなく他人を下げることによって優位に立とうとする人間」
お、おおう。
言いたいことはわかるけど、随分と容赦のない内容だこと。
「少なくとも、私も家の力を行使しているから同類と咎められたら否定はできないけど」
「それは、もはや呪いの言葉じゃない? この学園に通っている時点で、俺を含む全員に言えることだし」
「だけど違うわよ。財力や権力で地位を維持してきた人間と、実力や研鑽の果てに辿り着いた地位では明確に差があるわ」
自らを卑下しているようにも見えるが、それが本心なのだろう。
先ほどまでの態度や発言に思想が反映されているからこそ、あまりにも悪役そのものだったし。
なんというか、自己嫌悪でもあり同じ立場にある人間は同類と枠決めをし、律している――と言えるのかも。
「そろそろ次の授業が始まるわ。またね、アヤトくん」
「ああ」
ん? サラッと友人ポジションに収まってない?
あれ? 俺、流されて上手く収められた?
俺の目標――“孤高の最強”――悲しくも、1日にして儚く散ってしまう。




