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第6話『悪役令嬢と邂逅を果たすことに』

 どうしたものかね本当に。

 今のところは脅威となる気配はないけど……いやたぶん言い分的に先の未来もなさそうではあるが……。


 授業がもう少しで終わるタイミングで、そんなことを考える。


 再度あの部屋へ行きたくても、ルラーナが待ち伏せしている可能性があるし、部屋の前で話をしていたら先生たちに怪しまれる可能性も。

 そもそも厳重に施錠などされていないのだから、生徒が誤って入ったとしても10:0でこちらが悪くなることはないはず。

 多少の注意ぐらい、頭を下げて謝罪すれば許してもらえるだろう。


 もういっそのこと行動がバレる前に、封印の本を持ち出した方が隠蔽もできるし総合的にプラスなのでは……?


「――本日は以上です」


 そんなこんな考えていると、授業が終わってしまった。


 教師が退室し、生徒たちも席を立ちあがり雑談の時間が始まる。

 俺も座ったまま考えているのは時間がもったいない、とりあえず立ち上がって廊下でも歩こう。


 と、実行してすぐに背後から呼び止められてしまった。


「おい、どこに行くんだよ」

「……」


 彼らに思入れや記憶があるわけではなく。

 同じ教室の学友ではあるものの、間違いなく友人ではない。

 なぜなら、体の震えが全ての答えを示してくれているから。


「今日も宿題みせてくれよ」

「ああそうだ、今日は遊びで忙しいから明日も忘れちゃうかもなぁ」


 俺に声をかけてきたのは、2人の男子。

 しかし直接的な侮辱を向けてきているのは彼らだが、背後からこちらへ目線を向けてきている男女含む数人も視界に入る。

 影でクスクスと嗤っている、あまりにもたちが悪い性根だ。

 いや、こういうのはなんて言ったか――ああ、『他人の不幸は蜜の味』か。


「ごめん、お手洗いへ行きたくて」

「あぁ? 俺たちの頼みを断ろうって言うのか?」

「はっ、半端な金持ち程度が随分と調子に乗るような態度をとるんだなぁ~?」


 ある程度は予想ができていたが、まあこういうこともあるのだろう。

 貴族格差、序列階級――言い方はいろいろあれど、結局は家の力を外でひけらかしている行為。

 周りの人間が誰も止めに来ないということは、彼らがその上位に組している事実を容易に想像することができる。


 元の宿主であるアヤトが自暴自棄となってしまった原因の1つでもある、と女神様から情報を貰ってたな。

 たしかに、こんなことが日々続いていたのなら自身の能力不足と繋げてしまうこともあるだろう。

 さて、どうしたものか。

 まさかここで拳を顔面に叩き込むわけにもいかないし。

 順当に勝者と敗者を決定付けるものであれば、決闘というものもある。


「――通行の邪魔に妨げになっておりましてよ」

「あぁ? なん……だ……」

「あ? あ……」


 キャンキャンと吠え続ける威勢のいい子犬にしか見えなかった彼らは、横から聞こえてきた声の方へ目線を向けると口を閉じてしまった。

 加えて、あろうことか無言のまま一歩引いて教室の内側まで戻ってしまう。

 正確にはピョンッと1歩跳んで退き。


 そんな状況になるということは、若い声でありながらも教師ぐらいしか想像できない。

 俺も存在を確認してから廊下の端、窓際へ退こう。


「……」


 わーお。

 月の光に照らされ美しいとも思った青い瞳に、あまりにも特徴的過ぎる真っ赤な長髪。

 そう――昨晩、危機的状況を救った彼女。

 まさか同じ学園だったとは、というか同級生だったのか。


「何をボーッとしているのかしら」


 邂逅してすぐ抱いた印象は、初見の印象とは真逆の横暴さ。

 左手を腰に当て、モデルみたいなポーズを取りながら不機嫌そうな表情を隠すことをしない。

 何かを話させたら「おーっほっほっほっ」と手を頬に当てながら高らかに笑いそうだ。


 と呑気に感想を抱いている場合じゃない、な。

 一歩、後方の窓際へ足を出そうとしたときだった。


「今日はわたくしの傍に居ると約束したでしょう?」


 ん? 俺のこと?


「こんなところで現を抜かす暇はなくてよ」

「は、はい」

「一刻も早く、こんな鼻が曲がりそうな場所から移動するわよ」


 拒否権などない、と言わんばかりに俺の反応を確認することなく横を通過していく。

 完全に無視を決め込むこともできなくはないけど。

 周りの目線が集中している状況で、そんな度胸が据わったことはできな――くはないけど彼女が創り出したシナリオに従うとしよう。


 行動前に彼らへ目線を向けてみると、完全に大人しくなってしまっている。

 というか体のいたるところへ鼻を向けては「すんすん、すんすん」と、匂いを気にしているようだ。

 ああ、彼女が言った言葉のせいか。

 随分と情けない姿だ。

 ついさっきまでの威勢は完全に消え去り、格上の前では威張ることは愚か姿勢を正すということか。


 格差社会とは、随分とご都合主義なんだな。


「――それで、僕はこれからどうしたらいいですか?」


 普通の学園――というか、俺が通っていたような学校であればイベントの気配が感じられたら、まず追跡されて影から様子を覗かれる。

 だが今、少しだけ距離を歩いただけなのに人間1人の気配すら感じない。


 聞き耳を立てることは“おこがましい”ということか。


「さ、さっきは失礼な物言いでごめんなさい」

「ん?」

「命の恩人に対してあんな態度……失言でしかないわ」

「お気になさらず」

「そうよね……あなたは関係性を断つ判断をしていたのに、立場を弁えずにごめんなさい」


 あー、そういう感じ?

 偉い身分の相手だと悟ったから敬語で距離感を間違え内容としていたけど。

 このよそよそしい感じが、会話の隔たりとなってしまっているのか。


 言葉だけ謝意を示しているわけではなく、彼女の目線は下がり、先ほどまでの強気な表情とは打って変わって口元も弱弱しくなっている。


「おおむね間違っていない判断であり解釈だけど。別に不敬だとか礼節を欠いた態度だとは思っていない」

「そう……よかった」

「でも唐突に、なぜ?」

「偶然だったけど声が聞こえて。それで、もしかしたらあなたが居るのではと思ってしまって。ごめんなさい、関わらないよう言われていたのに」

「起きてしまったことは仕方ない。咎めるつもりはないよ」


 実際、数人……十人以上? の目撃者が居る時点で「何かの間違いでした」という言い訳が通るはずがない。

 なるようにしかならないのだから、結果論で否定したところで何も生まないから。


「で、でも。状況が状況だったから、つい割って入ってしまったの」

「人助け、と」

「あそこまでの実力を持っているあなたにとって、余計なお世話だったとは重々承知しているわ」

「ちなみにソレ、口外しないでもらえるかな」

「ご、ごめんなさい! そ、そうよね。足元にも及ばない虫以下の格下な存在を近づけても善しとするのは、何かしらの理由があるのよね」


 うわー、平然かつ無意識に他人を見下している感じ。

 第一印象パート2は間違っていなかった。


 高飛車悪役令嬢――彼女には打ってつけの役割だな。


 この様子だと、家と実力で物を謂わせる人間であり、能力の有無で他人を見下す意地汚いタイプだろ。

 礼には礼を、恩には恩を、という今の姿勢も俺のことを完全に格上と認識したからこそのことに違いない。


「別に理由はない。面倒だとは思っているが、対応を考えていたところだ」

「そう……だったら、私が視界から消し去ってあげましょうか?」

「いや、その必要はない」

「どうか、どうか私に恩を返す機会をいただけないかしら。どんな要望にも応えるつもりよ。どんな、ど……」


 ん?

 急に赤面し始めたかと思えば、手で胸を覆ったり体をクネクネと揺さぶり始めたぞ?


「わ、私……初めてだから、上手にできるかわからないけど……」

「――……いや、いい」

「そ、そう? 私は指示されたらいつでも――」

()()()()()()()()()


 あえて一語一語強調し、勘違いさせない。


「そう……」


 顔と両手を下げて少し残念そうにするの何? 期待しちゃった感じ? もしかしてムッツリスケベな令嬢なの? 変態令嬢って話?


「恩を返したいというのなら、昨晩の通りに関りを断ってもらえると助かる」

「でもそれじゃ」

「そう思ってくれる気持ちだけで結構」


 再開し、増々そう思うようになった。

 どんな地位の人間か知らないが、どう考えても頭を悩ませる状況は訪れるだろう。

 であれば、厄介は前もって振り払うだけ。


「わかったわ。私は私なりに、影からゴミが纏わりつかないようだけ気配りしておくから」

「まあ、その程度なら」

「ではそろそろ戻りましょう。それでは、わたくしの後ろを」


 あくまでも設定順守ということか。

 彼女は再び歩き方から表情までを作り直し、歩き出す。


 今更気が付いたけど、俺と一緒で彼女も『私』と『わたくし』を切り替えているのか。

 立場的な話か、それとも感情的なものかはさておき。


 俺も『では』と、言われた通りに後ろを2歩ぐらいの距離感を保ちながら歩き出す。


 何かを考えようとしていたのに、あっという間に休み時間が終わりを迎えようとしている。

 彼女の誠実さ――という名の媚にも近い恩返しは面倒事に繋がるから断って正解だっただろう。

 恩に報いたい気持ちは本物だったかもしれないが、まあ……頭を悩ませる種は偽物令嬢だけで十分だ。

 ルラーナのことを考えると目線を感じるようになってしまった。

 いろんなところに目線を配っても見えないから、居るはずもないのに。


 ああ、思い出した。

 彼女の名前はレヴィア・スカーレットだったな。

 せっかく記憶から消えそうだったが、まあ金輪際の接触は回避できそうだしいいか。

 それにしても、さっきも思ったけど彼女から漂ってくる薔薇の甘い香りは心地いいな――なんて、青春の一幕みたいな感想を抱いてみる。

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