第23話『狼、お次に蛇、蜥蜴、走れ走れ』
俺は思う、こんな生活を続けていたら目標への道が遠のいていくばかり、だと。
学生なのだから学業が本文であり、家業を継ぐのであっても強制されていないのだから時間的猶予はある。
なんてことを悠長に考えていたら新しい人生、かつ、目標を叶えられそうな世界なのに悔みながら一生を終えてしまう。
かといって力の限り表舞台で暴れ回れば、裏の世界で生きる人間なのに目立ってしかない。
「ちょ、ちょっと待っ――」
息絶え絶えの声が遠退いていくことき気づき、足を止める。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「大丈夫?」
「ごめんなさい、大丈夫じゃないわ」
そういえば、この世界で魔法使いは体力トレーニングをしないのかな。
だって走った距離で言えば100メートルぐらいだもん。
これで息を切らしているどころか、超息苦しそうに「ぜえぜえ」としているし、膝に手を突いて今にもぶっ倒れそうになっている。
男子が~女子が~みたいな身体的な話では説明がつかない。
でも考えてみると、俺は前世で毎日トレーニングや走り込みをしていたから感覚的に走り出したけど。
感覚だけであれば今頃、同様に立っているだけでやっとの状況になっているはず。
前の宿主も俺と同じく頑張っていた証拠だな。
「す、凄いわね。あんなに速く走ることができるなんて」
「日頃行っている練習の成果ってやつ」
そうりゃあそうか。
魔法使いの先にある職業で、軍や対人などの戦闘に関連する仕事へ就かなければ体力は必要ないのだろう。
魔法で建設などができるようだし、その他肉体労働系は魔法によって体力や技術が補われるのかな。
俺の家系は、間違いなく体力が必要な側であろうが。
だってそうでしょ? 夜の世界に生きる、謂わば暗殺などを遂行する仕事において街中で魔法をぶっ放すわけにもいくまい。
「え、今……なの……」
「ん?」
レヴィアが俺の背後方向へ目線を向けていることに気づき、振り返ると。
そこには腰ぐらいの高さがある紫毛の狼が距離を詰めてきていた。
距離にして、残り50メートル。
「休んでてよ」
「その言葉に甘えさせてもらうわ」
腋のホルスターから杖を抜き出し、前方へ構える。
「貫け――雷」
難しく大袈裟な魔法を発現させる必要はない。
最小限の魔力で、細く、簡単に、真っすぐに。
『ガ――』
杖の先端から放たれた雷は、紫毛の狼へ直撃。
顔から尾へ抜け、魔法は空中で消えた。
「す、凄い」
「これで腕輪に成績値が加算される?」
「そうね。討伐した距離は関係ないから」
いける、これならいけるぞ。
魔道具も何かしらの反応を示しているわけではないし、破損してもいない。
これが活路もとい勝路だな。
「疑問に思ったのだけれど」
「うん?」
「今まで授業は忘れてしまったの?」
「……」
「だって、授業で扱われる魔道具って『魔法の発現』と『魔核の破壊』で成績値が加算されていく、と習ったわよね?」
一難去ってまた一難きたぁああああああああああっ!
そうだよな、いずれはこうなると思っていたけど、やっぱりそうなるよな。
あまりにも俺の立ち回り方が下手すぎる。
いろいろと情報を握っているルラーナに対しては警戒心を緩めず、慎重に探り探り言葉を選んでいたのに。
自分が咄嗟にとった行動が元凶となり、発言までも引っ張られ、挙句の果てにボロを出してしまった。
こんな状況でツッコミされない方が不思議というか、そうですよねハイ。
「……み、見ただろ? 俺が教室でどう扱われているか」
「え? どうって……もしかして」
「ああ、そのもしかしてだ。雑に扱われるならまだよくて。教科書を隠されたり、授業中に妨害されたりしているんだ」
と、声から覇気を失くして目線を下げながら言ってみる。
こんな状況だ、俺に対する嫌がらせを続けていたのだから役に立ってもらわないと困る。
ただの当てつけで逃げ道として利用させてもらうぞ、じゃないと気を遣っている事実が割に合わない。
「なんて酷い……」
「毎日毎日……今日だって、先生から用事あると呼び出しをされていた事実を隠蔽し、約束を守れないようにしていたんだ」
「その方々、本当に最低ね」
嘘は言っていないし、レヴィアを騙しているわけでもない。
あいつらの名前も知らないし、架空の存在として恨みを買って話を逸らす役に立ってくれ。
「ちなみに誰なの? 今朝、廊下で会話していた2人?」
うわ、まさかの記憶に残っていたのか。
今日の出来事だし仕方ないが……。
「ごめん。でも俺はそんな人たちを煩わしくは思っているけど、憎んでいるわけではないんだ」
「その優しさは自分を苦しめるだけだわ。私が排除いたしますので、ぜひ」
「大丈夫。彼らにもきっと事情があるんだよ。あるでしょ? 家の揉め事とか、期待という名の重圧に押し潰されそうになる気持ちが」
「……それはそうだけど……」
よし効いたぁ!
あまりにも性格が悪い、レヴィアの事情を知っているからこそ使える攻撃もとい口撃!
自分にも思い当たる節があるからこそ、冷酷な決断を下させない手口! 我ながら本当に汚い!
「それはそれ、これはこれよ。自身の行いに責任が持てない人間が、この名誉ある魔法学園に通い続けていいわけがないのよ」
な、なんだってぇー!?
分別を弁えている御令嬢だからこそ、ここで引き下がらないってわけ!?
つ、強い……強すぎるぞ悪役令嬢!
「私が心の底から謝意を述べさせるまで痛めつけ、全ての悪事を学園長ならびに家の方へ報告するわ」
やろうとしていることも容赦がない! さすが悪役令嬢!
こうなったら、前世で古来より伝わる敵さえも瞬時に欺く必殺技を使うしかない!
「あ! あんなところに蛇と蜥蜴が!」
「え、敵?!」
唐突に大声を上げ、目線を逸らして興味すらも上書きする。
普段は珍しいもので釣る技だが、ここは謂わば戦場。
警戒心と敵意で上書きすることにより、容易に――あれ? 本当に居る。
「俺が対応する。動くな」
狼と同様に腰ぐらいまでの高さがある、青肌の蛇と緑肌の蜥蜴が左側から突進してきている。
「貫け――雷。凍れ――氷」
蛇には雷を、蜥蜴には氷を放つ。
先ほど同様に蛇を貫通した雷は消えたのだが、凍らせて討伐する考えだったのに氷も蜥蜴を貫通して消えていった。
「凄い。あんな的確かつ迅速に魔法を発現させて討伐するなんて」
「訓練の賜物ってやつだ」
「目に見えて努力の結果が表れているというのに。酷いことをする人間と同じ学び舎に通っているという事実が気に食わない」
えぇ……完全に注意と興味を逸らすことに成功したと思ったのに。
執着と言うのか、正義感と言うのか、庇護欲と言うのか。
何はともあれ強敵すぎる、いったいどうしたらいいんだ。
よし、さっきの成功体験を再利用させてもらおうじゃないか。
「えっ! また走るの!?」
「このままじゃ1位に届かないかもしれない」
「待ってー!」
レヴィアを置いていかないギリギリの速度を保ちつつ走る。
俺の判断が間違っていた。
刺激するのは内情ではなく、向上心と体力だった。
疲労は思考力を衰えさせ、内から湧き出る自分を突き動かすものや意志に対して働きかけることが正解だ。
「やる気がないなら置いていくぞー」
「ま、待っでぇ」
俺はクルッと振り返って足踏みをしながらレヴィアを煽る。
よし、余計な思考ができていないし言葉も出てきていない。
良案だったな、もう少しだけ走って距離を稼ごう。




