第2話『悪役、華を拾う』
「――おっと」
悲鳴の発声元へ到着するには時間がかからなかった。
しかし。
「大丈夫ですか?」
「え……」
俺は、木に背中を押し付けて涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている少女? へ目線を落としながら声をかけたのに。
状況を理解できていないのだろう、キョトンとした表情で俺へ目線を向けてきている。
まあ……その理由については物凄く心当たりがあるけど。
「え、あ、あの。え? い、今」
「あー。勢い余っちゃって?」
そう、俺は軽すぎるからだと現在の限界を確かめるべく可能な限りの速度で移動していた。
結果、少女を襲おうとしていた――デカい獣の体側へ衝突し、木々が薙ぎ倒される轟音を鳴り響かせながらぶっ飛ばしてしまったのだ。
無意識ではあったものの、魔力の使い方に慣れてき――。
「あなたはいったい……」
「お――」
――いや待てよ。
この身体は既に俺が所有者となった。
だから思うがままに会話したり身振り手振りして何も問題ない。
しかし急に性格が変わったように立ち振る舞えば、いらぬ憶測を立てられる可能性もある。
女神様からの情報を活用するのなら、ここは元々の宿主に倣うべきだろう。
「僕の名前はアヤト・ザラストロフ。怪我はない?」
「え、ええ。私は大丈夫」
俺は手を差し伸べ、立ち上がる補助をする。
「先ほどは本当にありがとうございました」
「いえいえ。偶然近くに居ただけなので」
「ここは危ないから離れよう」
「そう……ね」
綺麗な青い瞳を逸らし、どこか罰が悪いような表情をしながら顔を俯かれてしまう。
「命の恩人に、これ以上のお願いをする失礼を承知の上でお願いします」
「はい?」
「先ほどまでの一件で、私は自身の能力不足を痛感したわ」
「……」
「だから、お願い。どうか森を抜けるまで同行してほしいの」
ここは女の子を助けた白馬の王子様な行動をする場合、間違いなく即答で「はい、お任せください」と応えるべきであり答えるべきだろう。
だがしかし、俺はこの世界で最強を目指すために少しでも魔力の使い方を覚えておきたい。
そんな思いが大半を占有してしまっている。
青い瞳に真っ赤な長髪。
そんな真逆な性質を持ち合わせていながら、どう考えても目立って仕方ない容姿は、単独で森の中を歩かせるには自ら危険を誘き寄せているようなもの。
助けておきながら無責任なことを想うけど。
どんな世の中も弱肉強食の世界である以上、一度助かった命をどう生かすかは本人次第。
このまま同行を断り、生還するのも命を落とすのも、どちらも自然の摂理と言えるのではないか。
彩人である俺が修行中に命を落としたこと然り、元の宿主であるアヤトがそうであったように。
「――わかった」
でも俺は、そう返事をした。
一度救った命だから、彼女の整った容姿に惹かれたから、魔力操作の練習する機会をくれたから――等々のことを思えど。
しかし本命は別にあり。
月明りに照らされた薄暗い森の中、絶望し命の危機を体験した彼女を観て。
俺は命の儚さと尊さを学んだ。
それに対しての対価として、俺は彼女をもう一度助けてみようと思った。
「あ、ありがとう」
深々と頭を下げられ、上げた表情には不安と安堵が同居する一言では表せない、なんとも複雑な表情が垣間見える。
薄っすらと目に涙を滲ませているが、本人は平静を保っているように振舞っている――なら、あえてこちらも親身になる必要はない。
「さあ行こう」
しかし俺は足を進めることができなかった。
「……ど、どうかしたの?」
なぜなら基本的な知識はあるが、この世界での道など把握しているわけがないのだから。
「キミの家はどちらかな」
「あ、ああごめんなさい。このまま真っすぐよ」
「わかった」
ただの迷子でしかない事実を噛み締めながら、歩き出す。
彼女はたぶん、転倒または逃走中に軽傷を負ったのだろう、早歩きをしているわけではないが歩く速度が合わない。
何度も小走りしては「うっ」、と痛みに顔を歪ませていそうな声が耳に届いてくる。
必死に痛みに耐えながら足を進めていることに配慮することは簡単。
しかし彼女は進言せず、プライドが邪魔をしているのか、これ以上の施しを望んでいないのかはわからず。
だが俺は、あえて問いもせず速度を合わせる配慮もしない。
これも一種のリスペクトだと信じて疑わないから。
「そ、そういえば私の名前は――」
「いや結構」
「え?」
「今宵の出来事は、現地消化ということで」
「ど、どういうこと?」
「互いに偶然の出会い。情も恩も持ち越さない、という意味で」
「え……でも……」
命の恩人に対し、そんな仇で返すことはできない、そう言いたげな言葉の端。
でも俺は素直に関係性を長引かせたくはないと思っている。
さっきの魔力操作を練習するいい機会だった、と解釈したけど、冷静に考えたら回避するべき行動だった。
最強を目指すのであれば、いずれ表舞台で力を存分に発揮する機会が訪れる。
でもそれまでは、暗躍するかたちで力を試していく方が何かと都合がいいはず。
全ては推測でしかないから、再考の余地はあるが……現状では世界に慣れてもないことを考慮すると関係性は断っておいた方がいい。
「良心の呵責に耐え兼ねる、というのなら」
「な、なら?」
「心に留めておくこともまた、『恩を返すと同義である』と解釈すればいい」
「……」
両親の抱く者であれば、納得のいかない話だということは理解できる。
「……わかったわ」
噛み締めるように出てきた言葉は、納得のいっていないソレだ。
だが、それでいい。
「でもせめて、名前だけは言わせてほしい」
「それぐらいなら」
「私はレヴィア・スカーレット」
真っ赤な髪に似合う、赤を容易に想像できる名前だ。
いや、この世界だと名前は前になるから苗字と言った方がいいのか。
これ以上能力を彼女の前で披露したくはない。
だが再び大型の獣と遭遇すれば致し方なし――と思いながら足を進め続けるも。
結局は森を抜けきるまで状況が一変することはなく終わった。
そこからは彼女とは別れ、俺はゴールはわからないが歩き出し。
完全に記憶はなくなってしまっていたものの、なぜか体は自然に動き、ほぼ無意識のまま自宅まで辿り着くことができた。
帰宅後はあれやこれやとあり、両親に泣きながら謝罪され――とあったものの、無事に自室へと戻り一日を終えた。




