第19話『忠実な護衛に敬意の一撃!』
「おっと」
「さすがですね」
結界の展開はいつになるのだろうか。
連絡体制は整っていそうだったから遅くなることはないと思うけど、大掛かりなものであることは予想できる。
しかしタイミングがわからなければ、完全に相手の行動を窺いつつ後手に回り続けるしかない。
それに……最初の一撃といい、今の一撃といい。
無詠唱で魔法を放っていることから、手練れということは一目瞭然。
「最初の一撃で、まずはあなたを直接狙うべきでした」
「そんな誉め言葉は嬉しくない」
「心の底から想っていますよ。可能なら時を戻したいとさえ思っていますから」
2撃目で、彼が扱う魔法は氷であることがわかった。
奇襲の1撃目は回避し、背後で地面を抉っているであろう音がした――というのは事実であり、速度こそ回避可能なものだが当たったら1発で致命傷になる。
いや待てよ……俺、転生してまだ1撃たりとも直接的に攻撃を受けてないから結果の予想が正しいかどうかはわからない――か。
「杖を出す時間ぐらいは待ってあげますよ」
「随分と優しいことで」
「学生相手に大人げない勝利を手に入れても、成果として誇れるものではないので」
自分は杖を扱うことなく魔法を発動可能、かつ、発現させるまでの時間にも自信がある、ということだな。
自意識過剰なのか、それとも敬意を払いながらも完全に格下と認識しているのか。
どちらにしても敵に対して随分と優しいものだ――まあ、相手が握っている情報は最低でも昨日までの俺だから、認識的には間違っていないのだろうが。
「なんですか、ソレは」
「コレ? 戦うための姿勢」
相手は俺のファイティングポーズを見て困惑している。
「まさか自身が置かれている立場を理解できていないのですか?」
「いいや? 命を狙われていて、殺されそうになっている絶体絶命の危機に直面している」
「言語化はできていても、頭のどこかでは演習程度と認識しているのでは?」
「そこまで脳内お花畑じゃない。命を懸けた戦いをする覚悟はできている」
「さすがに理解しかねますね。せめて杖を――」
言葉だけじゃ説明しきれないと判断した俺は、瞬時に距離を詰めて彼の顔面へ拳を振る。
「なっ!?」
顔面スレスレで回避されてしまい、後方へ退避されてしまう。
少しだけ訂正。
仮面より下、左頬の皮膚に触れていたようで出血を確認。
「魔法で仕留めるには絶好の機会だったんじゃ?」
「どういう仕掛けか。いやはや、陰の世界に伝わる秘儀ですかな」
「情報を探る時間は少なかっただろうに」
「時間の猶予はありましたので、最低限の知識は蓄えましたとも」
おいおいおい、てことはさアイツは今朝起きた件を速攻で護衛に通達していたっことだよな?
であれば“時間の猶予”という言葉に納得できるし、権力者の情報網を利用すれば4時間もあったらそりゃあ最低限の知識は蓄えることができるだろう。
沸点が低すぎるのか瞬間沸騰系なのか。
好きな女子を強引に手に入れようとする行動力、本当に凄いとしか言いようがないし、逆にその行動力を別の何かへ変換できる可能性は大いにあったろうに。
「でも、いくら早くてもこれは避けれないでしょう」
手を前にかざしたと思えば、瞬時には数えきれないほどの氷柱が俺を包囲する。
「これは凄い」
「最終警告です。強がらずに杖を抜きなさい」
「随分と手心を加えてくれるんだな」
「実戦経験というやつですよ。有望なキミと戦える事実と、これから交えるであろう陰の世界に潜む化け物たちと戦うための予行演習という意味で」
「俺と戦い、その術を学び、本番に活かす。と」
「ええ」
理に適っている話だな。
俺を捕らえる、または殺した先にこちら側の家の人間と戦う可能性は大いにある。
だが――やはり優しい手心に過ぎない。
「なんの真似ですか」
俺は両手をズボンのポケットへ入れる。
「そんな生温い戦い方で、俺を倒そうだと? 笑わせないでくれ」
「自身の最期を悟り、強がるしか平静を保つことができない……ですか」
「ご主人様からは“殺せ”という命令が出されているのにもかかわらず、最初から全部間違えてしまったな」
「いいでしょう。お望み通り、攻撃を加え、回復し、戦意を宿すまで痛めつけてあげましょう」
俺は彼から目を逸らさず。
攻撃の合図と取れる、指を下へ卸す動作をまじまじと見つめた。
「なっ!?」
「『戦意を宿すまで痛みつける』だったか。それにしては傷1つないようだが」
「いったい何をしたのですか」
「戦闘における基本中の基本。魔法を防いだだけさ」
嘘は言っていない。
しっかりと魔法障壁を展開して攻撃を防いだ、体の表面を覆う魔力障壁という特殊な魔法の使い方ではあるが。
「魔法を発現させた仕草は見られなかった。まさかポケットに杖が?」
「いやいや、ほら」
両ポケットの内側へ外へ出して証拠を提示する。
「ではどうやって……まさか、それも秘伝の1つというわけですか」
「ちなみに、最初から秘伝なんてものは使っていない。親からも習っていない」
「裏の世界に生きる人間の言葉を鵜呑みにできるとでも?」
「その意見はごもっとも。判断は任せるしかない」
「まさか【魔法奏者】の域に達しているですか」
何それ? 知りませんけど?
名前から考察するに、たぶんのたぶんだけど――“杖を扱わずに魔法を操作可能な人”のことを言ってるっぽい?
魔法工作のとき、みんな杖なしで魔法を操作していたけど、あれはあれで別って言うかスタート地点ぐらいな感じ?
まあでもそうか。
目の前の人みたいに思いのまま魔法を扱えていたら、魔法工作なんて余裕の余裕だろうし。
そうなるとルラーナが【魔法奏者】に該当する人間ということになるのか――やっぱり実力派天才少女じゃねえか!
「そういうことになる」
たぶん、たぶん俺もそういうことなんだと思う! 本当にたぶん!
「……これは失礼いたしました」
「急に頭を下げて、何事?」
「完全に実力を見誤っていました。ですが、なるほど。襲撃の初撃、正面からの2撃目、完全包囲の攻撃――全てがキミにとっては朝飯前だったということですね」
「まあ?」
「では、ここからは出し惜しみなしです」
お、おぉ……。
両手で拍手を1回――と、そこから手を離すと。
氷槍が出現。
「【存在武器】……」
「まさか【存在武器】のことまでご存知とは」
今日、初めて聞いた名前だけどね。
「名を【氷槍・ラシルハマード】」
何それ、【存在武器】って名前があるの? 氷の槍はみんな同じ名前なの?
「もしやとは思いますが。創ることが?」
「ここまでするつもりはなかったが――」
昨晩を思い出しついでに倉庫のこと加え、左手を鞘に見立て、右手で引き抜く感じに動かして黒い魔力で生成させた魔剣を抜く。
「な、なんですかそれは」
「権力者直属の部隊、中でも実力者が知らないと」
「ええ、知りませんよ。そんな得体の知れないものは」
幻核魔力は、想像以上に知られていないらしい。
「最強へ至るための極致。語らず、圧倒的な力は無慈悲に微笑む」
「いいでしょう。どうせ裏世界に生きる住人のハッタリですよ――っ!」
一気に距離を詰められ、俺は回避、回避、回避。
しかし想定外なのが、氷槍による一振り一振りが軌道をなぞるように地面が凍り、突きでは氷を放つ。
攻撃の総数が増えていくにつれて地面に穴が開き、凍る。
勘違いかもしれないが、気温すら低くなっているように感じた。
「どうしたのですか、その黒剣は飾りなのですはないですか」
挑発されようが、俺は回避一択。
「しかし予想外でしたよ。ご令嬢の動きが早いようで、こちらも現在進行形で手を焼いていますので」
「姫じゃないのか?」
「ああ、あれはお坊ちゃまの趣味ですよ」
そんなごっこ遊びにも付き合わされているなんて、護衛部隊も可哀そうなものだな。
しかし納得。
複数人数の襲撃を予想していたのにもかかわらず、目の前には1人しか居ないものだから変だとは思っていた。
ルラーナ側の護衛部隊と、お坊ちゃま側の護衛部隊が交戦中ということか。
そりゃあ約束の結界が展開されないわけだ。
「それにしても尋常ならざる洞察力と身体能力ですね」
俺たちは再び距離を取り、向かい合う。
「そちらこそ、お見事」
「本当に全てを見誤っていたようですね」
「停戦でもやぶさかではないが」
「残念ながら選択肢は残されていませんので」
「仕える主人を間違えると大変だな」
「負けるつもりはなかったのですが、元より殉職前提の仕事ですから」
「その心意気、天晴れ」
命を賭してまで仕事を全うする覚悟、クズな主人に仕えさえしなければ華々しい未来が待っていたことだろうに。
「こ、これは」
「――時はきた」
合図はなくても、視界に端から辺りを覆う半透明のものが通り過ぎ――いや、展開された。
約束は果たされ準備が整い。
「ああ、そういうことでしたか」
「実に惜しい。その才」
「見誤っていたことは愚か、敵と認識したそのときから全てが最初から終わっていた。そういうことですか」
全てを悟ったであろう彼は、全身から力が抜けてしまったかのように氷槍を握ったまま下ろす。
「ですが、命令は命令。命が尽きると確定した未来でも、最後の最後まで戦い抜きます――っ!」
氷槍を正面に構えながら突進してくる様は、最期としては華々しく美しいとさえ思ってしまう。
「敵ながら見事!」
「はぁああああああああああああああああああああっ!」
「その忠実なる信義に敬意を払おう。1撃だ」
俺も前へ跳び、交差し、魔力を放ちながら斬る。
「最期に素晴らしいものを拝見させて……いただき……光栄……で……す……」
彼は勢いを失い、地面へ崩れ落ちていった。




