32 ニート&エルフ&バールⅤ
手の生えた宝箱は凄い速度で近寄ってきた。
歩幅はあまりないのに手を進める速度が尋常じゃない。
「うわっ!はやっ!」
「きもっ!」
バケツ頭のような出会った瞬間に感じる強そうな雰囲気のあるモンスターではないけどめっちゃキモくてつい逃げちゃう。
ただ私の走る速度では簡単に追いつかれ、右足をつかまれて転倒。
「ぎいゃあ!キモい!キモい!」
『ファァァァァァァァ……』
キモい宝箱は私の足を引っ張って触手だらけの箱の中へ引き摺りこもうとしている。
「ネァッス!」
エルフちゃんが私の両手を引っ張ってくれている間に私は左足でキモい宝箱を必死に蹴りまくる。
すると心なしかキモい宝箱の力が弱まるのがわかった。
というか蹴った木材の部分が壊れている、ひょっとして防御力は低いのか。
「どりゃあッ!」
秋恵がバールを振り下ろすとキモい宝箱は金属の部分も木材の部分も大きく拉げた。
『グェェェッ……』
秋恵の攻撃はかなり効いているようで、何度もバールを叩きつけられたキモい宝箱は私の足から手を放し、両腕の力が抜けたのかグッタリとしていた。
「し、死んだ……?」
シュゥゥゥゥゥ……
ボロボロになった宝箱から生えていた両腕と触手が赤い煙に変化して飛び散った。
「離れろっ!」
「やっ――」
すぐに身動きが取れなかった私はその赤い煙を顔に浴びてしまった。
赤い煙はすぐに消え、特に痛みや出血の類はない。
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫……なのかな……ひっ!」
何も問題はないと思ったけどそうじゃなかった。
私の体に無数のムカデがひっついていた。
「む、ムカデがっ!」
「ムカデ?」
体にまとわりつくムカデを手で掃う。
触るのは嫌だけど今はそれどころじゃない。
ムカデを掴んでは投げ捨ててるけど数が多すぎて一匹ずつ引きがしてたら間に合わない。
「いやっ!やだやだやだ!」
「落ち着け!落ち着くんだ!ムカデなんていやしない!」
ついにムカデは服の中どころか口内にすら侵入しようとしてきた。
「エ、エトミルァ!ハァッ!」
突然エルフちゃんに殴られて右頬に痛みが走る。
するとさっきまで私の全身にまとわりついていたムカデが姿を消していた。
いや、ムカデなんて最初からいなかったんだ。
思えばムカデは姿こそ見えていたものの触れている感触は全くなかった。
「志摩さん、大丈夫か?」
「う……う……」
「う?」
「うぁぁぁぁ……くぁぁぁぁぁ……!」
今日、私は久しぶりに号泣した。
それは安心感のせいか、幻覚とはいえ大嫌いなムカデと戯れたせいか。
「ブェネ……スタフォリレイエリィ、エセホミネヂォゼン……」
どちらにしても今は、エルフちゃんに抱きついて涙を流すことだけが唯一の癒しだった。




