23 神屍の棄児Ⅱ
全身が黒金である神屍の棄児に対してインパクトハンドガンを発砲しますが、体表を傷つける程度に留まり有効な攻撃となってはいません。
黒金の強度はそれを纏う本体のステータスによって変化しているのかもしれないとグレースさんが言っていましたが、かなり高レベルなのでしょうか。
「ギギャャァァァァ!」
「っ!」
棄児は一切戦闘技術のない、ただひたすら本能から繰り出される暴力を振るってきます。
単純で読みやすい攻撃ではあるものの、一撃一撃が非常に力強く、チャージシールドで受ける度に体に来る衝撃は後退し続けなければそう何度も耐えられないものでした。
こういう場合に備えてステータスを筋力に割り振っておくべきなのでしょう。
「二十歩後ろに罠あるよ!」
「はい!」
攻撃を盾で防いでいる私には後方を確認する余裕がないので、ウルリカさんの言葉を信じるしかありません。
「あと五歩!」
そこでインパクトハンドガンをワイドモードに切り替えてバッテリーのエネルギーを全て撃ちつくします。
全身に衝撃波を受けると攻撃の手を緩め、それを続けると防御姿勢に入りました。
その隙に振り返りグレースさんの仕掛けた罠があるケミカルライトの所を避けてウルリカさんの所まで後退します。
同時にウルリカさんは事前に発動していたであろう[アンチアーマーアロー]を使用した矢を放ち、僅かながら私が再び武器構えるまでの時間を稼いでくれました。
その間にできるだけ早くチャージシールドの予備バッテリーと交換します。
「おいでおいでー……」
「アアアア!ギャャャャッ!」
防御姿勢をやめて突進して来る棄児はケミカルライトを警戒することなどなく、簡単に罠にかかりました。
罠にかかり足を動かせなくなったところで私は棄児に接近して至近距離から発砲します。
棄児の右足側でしゃがんで右膝を重点的に攻撃。
足を動かせない棄児はその姿勢から私を右腕でしか攻撃することができず、私はその攻撃を全てチャージシールドで受けます。
「ちょっと!危ないって!」
「今のうちに足を壊します!」
罠の効果は対象のレベルによって変化するそうですが、棄児であればおそらく十秒も持たないと聞きました。
なので余裕を見て五秒ほどで棄児から離れます。
「走りましょう!」
私はウルリカさんと走りながらインパクトハンドガンのバッテリーをチャージシールドのバッテリーと交換します。
チャージシールドはただの充電器が付いた盾ではなく、盾に衝撃を受けるとより早く充電がされるというものであり、あえて棄児に接近して攻撃を受けることでより素早い充電を行いました。
インパクトハンドガンの威力でも至近距離で右膝のみを攻撃すれば関節を破壊して移動を遅くすることは可能でしょう。
「罠!」
「はい!」
しばらく走るともう一つの罠が視認できたので飛び越えます。
しっかりと右膝を破壊できていたのか、追いかけて来る姿はまだ見えません。
私達が入った場所まではかなりの距離があるため二人とも走るのに疲れ始めてきました。
「はぁはぁ……諦めたのかなー?」
「ふぅ……どうでしょうね、とにかく休みましょう」
まだ屍の中ですしそう簡単に逃げられるとは思えませんが、できる限り長く来ないでくれるとありがたいですね。
などと考えて数分経ちましたが棄児の姿は見えず。
「諦めたのかなー?」
「かもしれません」
突然姿を消したことに言い知れない不安を感じますが出口を目指して歩くことにします。
いくつかグレースさんの仕掛けた罠が発見しますが発動した痕跡はなし。
「歩いた距離からしてもうすぐ出口だよねー?」
「そうですね」
とうとう何事もなく最初に黒金屍骸を倒した開けた場所まで来れてしまい、そこに佇む冬子さんとグレースさんとカタリナさんの姿が見えてきました。
「千影様!」
「おお!無事だったか二人とも!」
「ええ、しかしなぜここに?外で待っている予定では?」
私達を待ってくれるにしてもせめて冬子さんは外に出しておいて欲しかったのですが。
「それが……鹿野という子を図書館に送り届けて皆をここで待っていたのだが、いつのまにか出れなくなっていた」
「えっ?どういうことなのー?」
「出口には霧がかかっていた……この中がダンジョン化したと思われる……」
ダンジョンと言うとカタリナさんや山村さんと出会った場所のようになってしまっているということでしょうか。
「この屍の中に扉があるとは思えない、出るためにはボスを倒すしかない、おそらくは神屍の棄児を――」
カタリナさんが言い終わる前に遠くから轟音が鳴り響きました。
それは徐々に近づき、壁を破壊しながら近づいているのだとわかります。
「えーっと……神屍の棄児とは元の世界では既に倒された怪物ですのよね?」
「そうだ」
「その時はどうやって討伐なさったのですか……?」
「当時の竜剣士隊の一人が一撃で葬った……故に詳細がわからない……」
「で、でも一撃で倒したということはそこまで強くもないとか?」
「竜剣士隊は一人でも私達とは比べ物にならない程の強さ……この世界で言えば戦車が象を撃ち殺したようなもの……私達は人間で神屍の棄児は象……」
図書館でこの世界のことを調べていたようですが、例えに戦車を使うとは思いませんでした。
「神屍の棄児を倒せば出られるのですね?」
「きっとそう……」
轟音と共に壁に亀裂が入って自動ドアのように開きました。
壁、というより神の屍がまるで意志を持って導いたかのように棄児が姿を見せます。
元々広かったですが、壁が開いたことによってより広くなりましたね。
「オォギギギギャャャャャ!」
高速で突進して来る神屍の棄児は地面に両手をついて移動しており、右足を引き摺っているのがわかりました。
関節の破壊は効果的なようですね。
四肢の関節を破壊すれば一方的に攻撃できるかもしれません。
「カタリナが戦ってる間にウルリカは援護射撃ができる状態で待機……千影は私達を守りつつカタリナと交替できるように備えて……」
「せやあああああ!」
返事をする間もなくカタリナさんは[ダッシュストライク]で棄児に攻撃。
グレースさんは魔法の準備をしているらしく、杖や体の周囲が赤く発光しています。
棄児は知性が低く行動が単純であるためか攻撃して来た者にターゲットが向くようですね。
「かかってこい!」
素直に飛びかかって来る棄児に対して、カタリナさんは剣を振り下ろしましたが、剣はただ振るわれただけではない速度と威力で棄児の右手を破壊しました。
洞窟に入る前にお互いの能力を確認した際に聞いた[スペリオルカウンター]というスキルでしょう。
話に聞いた通りカタリナさんは一人でもあの怪物と渡り合える戦闘能力を有しており、カタリナさんが本格的に戦うのを見るのは初めてですが私より圧倒的に強いですね。
あれでも精鋭部隊の見習い程度だと言うのですから本来の竜剣士隊はどれほどなのか。
「ギギャッ!オヤャャャ!」
「はぁッ!」
棄児の攻撃はどれも予備動作が大きく、振り下ろした時の速度は凄いものの必ず振り上げる動作があるためカタリナさんは攻撃のほとんどを避けています。
棄児は接近すると距離をとろうとするため、棄児が攻撃しやすい適切な距離を保ちつつタイミングを予測しているのでしょう。
しかし予測できたとしてそれを回避する事が可能なのはステータスのおかげなのかカタリナさんが凄いのかその両方か。
「カタリナ……!」
「わかった!」
グレースさんの呼びかけに応えたカタリナさんは棄児に前蹴りをすると同時に後ろへ飛び避難しました。
するとそれに合わせてグレースさんが杖を突き出したと同時に杖の先端からオレンジ色に輝くレーザーのようなものが照射され、一秒も経たずに棄児が爆発しました。
「ォギヤャャャャャャャャャャ!」
「せいっ!」
グレースさんの魔法が消滅すると同時にカタリナさんが[ダッシュストライク]で攻撃をして注意を引きます。
攻撃はグレースさんに任せてカタリナさんは盾役、行動が単純な相手にはこれだけでも十分戦えるようですね。
「僕やお姉様の出番はないかなー?」
「いいえ……魔力を無駄に消耗しないため威力と命中率が高い魔法を使用した……あと二回が限界……その時はお願い……」
グレースさんの戦闘力は魔力がなければ発揮できないので、魔力がなくなっても倒せなかった場合は危険を承知で私やウルリカさんも攻撃に加われということでしょう。
「わかりました」
「あいよー」
私とウルリカさんの返事を聞いたグレースさんは再び魔法を発動しました。
カタリナさんが引きつけて時間を稼ぎ、カタリナさんの[ダッシュストライク]の再使用待機時間が終了、グレースさんの魔法が発射可能になったところで先ほどと同じ事をします。
「カタリナ……!」
「ああ!」
再び杖からレーザーが照射、爆発すると棄児は悲鳴もあげずにその場に倒れ伏して動かなくなりました。
「……倒し――」
「オギャアアアアアアアア!」
起き上がった棄児が叫ぶと、それに反応するように地面が揺れ始めました。
地面や壁や天井の金属が、まるで赤子をあやすかのように神屍の棄児に寄り添い、包み、絡みつきます。
それはやがて破壊された足や手などを補いながら棄児の体を変化させ、かろうじて人間の面影を残してた以前の姿とはかなり違ったものになりました。
「カンガルー?」
体が一回り大きくなり、後ろ足が異様に肥大化している姿は確かにカンガルーを思い出させますがそれほど可愛らしいものではなく、ひたすら禍々しい。
ですがカタリナさんは怯むことなく[ダッシュストライク]で攻撃。
「オギャャアアアアアアアアア!」
「なに!?おいこっちだ!」
しかし棄児はカタリナさんを無視して動き、やがて追いきれない速度で駆け回り始めました。
脚力に任せた高速移動で上半身が壁にぶつかったり扱けたりと、行動に知性は感じられずただ暴れているだけに見えますが私達からすれば体育館内に閉じ込められて象が暴れ回っているのとなんら変らない状況。
やがてそれは私達の方に向かってきました。
「ちょちょちょ来てる来てるー!」
「逃げ――」
棄児が早すぎるのもありますが、出口側に陣取ったのが災いし、明らかに避けるのには時間が足りないことが分かります。
棄児は走っているというより地面で体を削りながら低く跳躍している状態であるため、空中であれば方向転換させられるかもしれないという希望を持って私は前に出ました。
インパクトハンドガンを乱射しながらチャージシールドは捨てて左手で[ガットストラク]を使い。
「オギャアアアアアアッ!」
「あっ」
全身が強い衝撃に襲われました。
これは棄児と衝突したからでしょう。
バキッという枝を折ったような何かが壊れる音を最後に聞えるのは耳鳴りだけ。
視界は暗く、かろうじて右目が僅かに光を捉えていますがそれだけであり、何も見えません。
体は動かないか、動いているのに動かしている実感がないのかわからず唯一ある感覚は痛みだけですがいったいこの痛みはどこから来ているのでしょう。
これでは後ろにいた冬子さんやグレースさんやウルリカさんが無事なのか確認できません。
ああ、僅かな光も見えなくなってきました。
強制的に意識を失うというのは初めての経験ですがこんな感覚なので――




