22 神屍の棄児
カタリナさんと鹿野さんは外を目指し、残った三人で冬子さんの救出を続行し始めてからしばらく歩き、今はウルリカさんのクールタイムのため休憩をしています。
「しっかし大丈夫かなー?」
「なんのことでしょうか?」
「カタリナちゃんたち、別行動しても平気なのかなーって」
「見習いとはいえカタリナは竜剣士隊……来た道を戻るだけなら心配ない……」
冬子さんの救出を急ぎたいとはいえ、やはり全員で行動するべきだったのではないかという思いは拭えません。
急がず確実にやったほうがよかったのではないかと。
思えばグレースさんが別行動を提案したのは私がそうしたいと思っていたのを察したからかもしれません。
もし二人に何かあったら私のせいですね。
「それに助けるのは急いだほうがいいかもしれない……」
「なぜでしょうか?」
「旧き神の屍は我々帝国の領土にあった……王国とは程遠い場所……しかしあの王国上級騎士がこの中にいた……」
「つまりー?」
「世界の融合が進行すればもっと強い何かがここに現れてしまうかもしれない……」
黒金の騎士は脅威であり、あれと対峙して私の打撲程度で済んだのは騎士本人のおかげでした。
しかしそれはあくまで生前に人々を守ろうとする意志があってのこと。
あれが悪人やただの強力なモンスターの屍骸だったのであればもっと苦労したでしょう。
「ふーん、ところでずっと気になってたんだけどさー、竜剣士隊ってなにー?」
「帝国騎士団最強の精鋭部隊……かつて帝国の建国に深く関わったドラゴン……竜剣士ディーグリーゼに肖っているらしい……」
「ドラゴンなのに剣士ですか?」
「巨大な剣を巧みに操ったとだけ……私は歴史を学ぶ立場ではないから詳しくは知らない……」
「そっかー、おっとクールタイム終わったー」
ガラスに付着した血は鹿野さんのものでしたが、カタリナさんを髪の毛からでも追跡できたように冬子さんも髪の毛から追跡しています。
冬子さんの髪の毛を見つけるのに所持品を漁ったり、机のまわりや鹿野さんといた部屋などにあった髪の毛を集めて片端からウルリカさんがスキルを発動して追跡の線が洞窟に向かう物を探しました。
ウルリカさんはなぜここまで捜索に付き合ってくれるのでしょうか。
「うーん……」
「どうかしたのですか?」
「いやさ、この辺り水の匂いすらないじゃん?」
「水の匂いというものはわかりませんが水を見ることはないですね」
「二人が攫われてから丸一日経ってるわけだけど、鹿野ちゃんって凄く元気だったなーって」
確かに誘拐された後洞窟内で一日飲まず食わずの人間にしてはかなり気力があるように見えました。
大抵の人間には高ストレス環境のはずですが鹿野さんはそういうのを耐えられる精神なのか救助が来たことで一時的に元気が出たのか。
どちらにしろ今はあまり興味を引かれるような事ではないですが。
「可能性は様々……しかし――」
「だ……い……」
グレースさんは何かに気づいたように話を中断して耳を澄まし、私達も歩みを止めて音をなくすと僅かに声が聞えてきました。
「誰かいるのですか?」というそれは非常に聞きなれた声であり、私の目的である冬子さんの声でした。
おそらく洞窟内であるため音が反響して私達の会話が遠くまで聞え、それに対して話しかけているのでしょう。
ウルリカさんのスキルは強化しなければ距離まではわからないそうですが、もはや近いことは確かなので気が逸ります。
しかし我慢しながら慎重にゆっくりと進みます。
「あーいた、あの人だよねー?」
ウルリカさんが指差す方には壁に手をついて歩こうとしている人物が、私達が向けたライトの光が眩しいらしく手で顔を覆っていましたが、紛れも無く私のよく知る冬子さんでした。
ライトを下げて近づくと、ライトを向けていたのが私であると認識した冬子さんはおぼつかない足取りで私に近づき、倒れるように抱きついてきます。
「ああ!きてくれたんですのね!」
「ええ、冬子さんのためであれば私はどこへでも行きますよ」
「それ口説いてるのー?」
「そういうつもりはありませんでしたが」
「ふふっ、残念ですわ」
外傷は見受けられず、救助が来た安心からか元気があるようには見えますが疲労感が伝わってきます。
食事と水分補給と睡眠が必要ですね。
「現在神屍の棄児の姿を確認していない……早く出よう……」
確かに冬子さんに見張りは付いていないようですので今のうちに出たほうがいいでしょう。
この旧き神の屍は巨大ゆえに私達の学園以外にも外に繋がっている場所が存在する可能性が高いとのことで、神屍の棄児はそちらに行っているのかもしれません。
「そういえばもう一人、一緒に連れてこられた鹿野という子がいたはずですけれど」
「既に保護した……」
「そうでしたのね、あの子一人でどこかへ行って見失ったのでここで待っていたのですが」
「そんじゃ帰るよー」
ウルリカさんはポケットのケースから「寮長の」と書かれた小さな入れ物を取り出しました。
燐葉寮長の髪の毛を追跡して迷うことなく外へ出るために所有していたものです。
ウルリカさんが先頭で案内、その後ろでグレースさんが冬子さんに肩を貸して歩き私が最後尾。
「なんで神屍の棄児ってのは人を攫って何もしないのー?」
しばらく歩いたところでウルリカさんが雑談を始めました。
彼女は好奇心が強くとてもお喋りが好きなようで、沈黙を苦手としている節があります。
そのせいか落ち着いてはいるものの喋っていない状態がほとんどありませんね。
「私の世界では既に倒された存在……知れることは少ない……孤独感から誘拐するのではないかと聞いたことがある……」
「寂しくて誘拐した挙句餓死させちゃうってこと?」
「そうだと考える者がいた……棄児は食事を必要とせず知能が低いため餓死というものが理解できない……餓死しても黒金化して動く……」
「あー、そもそも死んだとすら思ってないのかも――」
突然ウルリカさんが喋るのをやめました。
ウルリカさんに限らずその場にいた全員が喋ることだけでなく呼吸すら忘れていました。
背後から迫る名状しがたい何かを感じ、恐怖が込み上げてくるのがわかります。
「オギギギギギギァァァァ!」
非常に恐ろしい泣き声が轟きます。
鼓膜で感じられる振動が脊椎にまで届き、呼吸を思い出したグレースさんか冬子さんの息が首にかかり冷や汗が噴き出していたことに気づきました。
「あれ棄児の声?」
「走りましょう」
「これ持って……!」
「ちょっ!グレースさんなにを!?」
グレースさんは冬子さんに杖を渡して冬子さんを両手で抱えて走ります。
全員が全力で走っていますが後ろから聞える力強い足音が離れることはなく、むしろ近づいています。
「先に行ってカタリナさんと合流してください、私が殿を勤めます」
「ち、千影様!?」
「承知した……道中に罠を仕掛けておくから気をつけて……」
「はい」
「僕も残るよー、もし来た道を戻れなくなった時は必要でしょー?」
「ええ、ありがとうございます」
ある程度時間を稼ぎ戦いながら後退して棄児をグレースさんの罠にかけて逃走、合流を目指す。
走るグレースさんの背中を見送り、チャージシールドとインパクトハンドガンを構えます。
「僕は後ろから援護射撃するからー」
「ウルリカさん、無理はしていませんか?」
「してるに決まってるじゃない、怖くて足ブルブルだよー」
それでもなぜここまで付き合っていただけるのかますます気になってきました。
後でゆっくりと話してみたいものですね。
「来るよ!」
足音が大きくなり、とうとう私達の前に神屍の棄児がその姿を現しました。
冬子さんと鹿野さんを連れ去った時と違い、その目は赤く発光し両手の爪が長く伸びており、漂う雰囲気も本能が危険だと訴えています。
「棄児さん、見逃してはくださいませんか?」
「オギギギァァァァァァ!」
「駄目っぽいねー」
「ですね」




