49話 地球side 「お湯流すねー。」
耐水性の玩具がプカプカ浮かんでいる。それは白鳥を模して造られたものらしい。
「お湯に漬けると色が変わるんだよ」
「すごーい!」
他にもゴムのような不思議な感触の宝石や、軽くて硬い素材でできている小舟。
莉子が普段から置いているとは思えない。きっと今みたいな場面を想定してて、事前に購入していたのだろう。
こんなのを用意していたのだから。風呂に乱入する気満々だったのだろう。
まあセクハラさえしなかったら、とルリララは湯船で温まりながら眺める。
「じゃあ、髪の毛のトリートメントをしようねー」
莉子はミミナナを手まねきして、膝の上に座らせる。
今日一日でずいぶん仲良くなったものだ。
ミミナナが、初対面の相手にこんなに懐くなんて滅多にない。牙猫族の中でもとくに警戒心の強い子供だから。
「お湯流すねー」
「うん!」
まあミミナナが楽しんでいるなら、それが一番いい。
シャンプーを洗い流した後、リンスを髪に馴染ませて。その後タオルをターバン状に巻き付ける。
髪の毛を蒸しているらしい。潤いと輝きが増すのだとか。
「(相変わらずハンパねぇなあ)」
莉子の美容への拘りぶりには、ある種の執念すらルリララには感じられた。
「向こうでは椿油みたいなのってあるの?」
「植物由来の油のことか、あるぞ。……?」
なぜ油のことを突然聞いてきたのかルリララには理解できない。
椿油を髪に馴染ませることよって、キューティクルが剥がれるのを防ぎ、髪全体をコーティングするため髪の毛内部の水分を閉じ込めることが出来る。さらに表面に光沢を出し、つやのあるサラサラとした髪となる。
要は莉子、そういう椿油のようなものがあるか聞きたかったらしい。だがルリララには意図がまるで伝わっていないようだ。
亜人はあまり美容にこだわらない。
ヒトと比べて頑強な彼らは無駄な脂肪がつかないし、肌も荒れにくい。元々から整っているので、美容に気を使う必要がないのだ。
だからこそ、いざ化粧した際のインパクトが強烈でもある。エンレゥの反応を見れば一目瞭然だ。
「じゃあ次はルリララの番~~」
そうこうしている内にミミナナの髪の手入れが終わった。
次は自分なので、ルリララは湯船から上がる。
タオルを頭から取り、腰まである長い黒髪をそっと後ろで纏める。
「ルリララはどうして髪を伸ばしてるの?」
シャンプーで髪を洗ってあげながら、莉子はなにげなく聞いてきた。
「言わなかったっけ?」
「言わなかった。だから教えて!」
そう言えば話した記憶が無いとルリララは気付く。
他愛のない会話はよくしていたので、もう喋っていたとばかり彼女は思っていたようだ。
「牙猫族にとって、長い黒髪は特別な意味があるんだよ」
ルリララは自身の髪を撫でながら、簡単に説明していった。
腰近くまで伸ばしている長い黒髪。牙猫族の女性にとって、それは特別な意味を持つ。
それは純愛、純潔の印。
髪を切るのは、伴侶と離縁した時や、死に別れたときのみ。それ以外は毛先を整えるぐらいしか行わない。
「莉子にとっては不思議な文化だろうけど、昔からの伝統でな」
ただこれは牙猫族だけではなく。他の亜人種にも、髪に対して似たような考えを持つ種族は多い。
「まぁそんな訳で髪伸ばしてるんだ」
「ふーん。なるほどね」
ふと莉子は、ルリララの耳元に口を近づけて、小声でそっと呟いた。
「その割にはさ、髪の手入れサボってたでしょ」
ギクッという擬音が聞こえてきそうな勢いでルリララは硬直する。
「仕方ないだろ。その、遠征とか色々あったんだから」
ごにょごにょと言い訳。ここ10日ほど、ルリララは髪の手入れをサボっていた。
豊胸マッサージのほうは熱心に行っていたようだが。
彼女にとって重要なのは髪の長さであって、綺麗さにはあまり頓着しないのだ。
「駄目だよ、髪は女の命なんだから」
そう莉子は諭しながら、ルリララの髪を洗い終わった。リンスを丁寧に、髪の毛へ馴染ませていく。
艶のある美しい黒髪の出来上がりだ。
「ルリララって、無駄毛の処理とかどうしてるの」
「無駄毛?」
「腋毛とか、そういうの」
「アタシらワーキャットって種族は、そういうの生えないんだ。首から下は無毛だよ」
ガタッ。莉子は膝を折った。
「どした、足滑ったのか莉子」
「羨ましい。なんで無駄毛が生えないの!?」
唐突に半狂乱状態と化した莉子が、ルリララの内側に潜りこむ。そして脇の内側をペロッと舐めた。
「なにいきなり舐めてるんだ!」
「ザラザラしてない、なんで?」
「だから生えねえんだ!」
たまらず浴槽に逃げ込んだルリララだったが、構わず莉子は突撃する。
……30分後、ようやく風呂から出られたルリララは、莉子と入浴するのはこれっきりにしようと、固く誓ったのだった。




