43話 地球side 「自分を可愛くするのって楽しいよ」
お腹が膨れて満足して、ミミナナはこくりこくりと舟を漕いでいる。
そうして暫らくすると、幼子にはあまり聞かせられない、少し猥談めいた話などが始まった。
例えば生理の話。
莉子は、イライラが止まらなくなってしまうらしい。
小言が増えてしまい、優汰にも辛く当ってしまうそうだ。普段の彼女からは想像つかない。
「生理ってのも大変そうだな」
「亜人には生理無いの。羨ましいな」
「アタシらのほうがキツいぜ」
亜人には、ヒトで云う所の生理はない。その代わり月に1度、発情期が訪れてしまう。
1日足らずで終わるのだが、その間は繁殖欲が旺盛になってしまい、さらに行為をすると確実に妊娠してしまう。
つがいのいない亜人のメスは、発情期になると家に閉じこもる。レイプ被害を防ぐためだ。
「まあどっちも、野郎にゃ理解されない悩みか」
「あははー」
ひととおり生理の話が終わると、今度は化粧の話へとシフトした。
「あのさぁ。ルリララはお化粧とかはするの?」
問いかけられて短く「無いなぁ」とルリララは呟いた。
牙猫族にとっての化粧とは狩猟の為、迷彩柄のペイントを施すこと。
もしくは祭りなどで顔に極彩色のペイントを施すことだ。
莉子が言いたいのはそういうものじゃないことは、彼女にも理解出来た。
「肌白いもんねえルリララ」
ぐっと莉子は近付いた。
ルリララの肌は白い。それはワーキャットの再生能力ゆえだ。日焼けは皮膚の損傷によって引き起こされる。
透き通るように真っ白な肌は、ただただ綺麗で美しい。
傍でぐっすり眠っているミミナナもそう。
触れれば簡単に壊れてしまいそうな、硝子細工の人形のような、そんな雰囲気を纏っている。
彼女達は人外の亜人、それを強く意識させられる。
「私もワーキャットに生まれたかったなあ」
「あのな」
ぷにぷにと肌をつっつく莉子を、ルリララは手で払った。
「ヒトの女はともかく、アタシら牙猫族は中身重視だから」
「中身重視?」
「アタシらは狩猟民族だからな」
ワーキャットが異性に求める条件は、わりとシンプルである。
まず強いことが第一条件。強さは牙猫族の誇りだからだ。
そして勿論、メスも強くあることが求められる。
強靭で美しい肉体を持つものが、より優れた遺伝子を残す。そういう考え方が牙猫族には根付いている。
それゆえに化粧などで取り繕ろっても、あまり効果は無かったりする。ようするに文化が違うのだ。
「アタシは莉子の胸のほうが羨ましいがな」
「ちゃんと胸のマッサージはしてる?」
「してるって。ん」
ふとルリララは気付いた。
いつもと雰囲気が違うなと。
「莉子は、最近化粧を変えたのか?」
「うん、新しいコスメが発売されたからさ」
昔のルリララなら気付かなかっただろう。昔の彼女は戦闘一筋だったから。
ふと少し意地悪を思いついた。
「ところで優汰は、それに気付いたのか」
「あははー」
困ったように莉子は笑う。
「でも私は、そんな優汰が好きだから」
「ホント、好きなんだな莉子は」
また惚気が始まった、と呆れるルリララ。
せっかくなので更に突っ込んでやった。
「で、優汰とはどこまで進んだんだ」
「こないだは汗を舐めてくれたかな」
「そいつは、随分とマニアックだな」
若干引き気味にルリララは返事した。
「ヤることはヤってんだなぁお前ら……」
「キスとかしたいな、でも優汰ってば奥手だし。もっと自分を磨かないと!」
「大変だな」
「でも優汰の為だもん」
ルリララは苦笑する。これだけ優汰の噂話をしているのだ、彼は今頃きっと、くしゃみし放題なのかもしれない。
「ところでルリララ。お化粧って、なにも恋愛の為だけにするんじゃないんだよ」
話を化粧に戻して、何故か莉子は真剣な表情になった。
「?」
「例えばさ。優汰と一緒に歩いてるとするよね」
優汰とはよく一緒にスーパーへ買い物に出かける。
そのとき隣を歩いている莉子がだらしないと、周りからはどう映るか。
一緒に歩いてる女の子がだらしないと、優汰まで恥をかいてしまう。
だから身だしなみは整えておかないといけない。化粧もその一環だ。
「それにお化粧って、楽しいんだよ」
「楽しい?」
「オシャレとかもそうでしょ、自分を可愛くするのって楽しいよ」
「……はー。」
戦闘や狩猟が生活の全てだったルリララにとって、その考え方は新鮮だった。
「ちょっと教えてあげようか?」
そういって小物入れから何かを取り出していく。
「いっぱいあるんだな」
それは化粧グッズだ。アイカラー、グロス、フェイスパウダー、面相筆。
ルリララにとってそれらは初めて見るものばかり。
「じゃあちょっと、顔貸してね!」
向かい合うように、2人は正面に座った。
莉子の顔がぐっと近づいた。ルリララは緊張する。
柔らかいブラシで撫でられ、くすぐったそうな表情を見せる。
「ハイ完成!」
ほんの2,3分で終了した。
渡された手鏡を覗きこむ。
「えっ……」
おもわずルリララは息をのんだ。
可愛い。
施されたのはいわゆるナチュラルメイク。
桜色のリップを塗り、アイラインを整え、ファンデとフェイスパウダーをほんの薄くやっただけだ。
それだけで元から透き通っていた肌は、さらに輝きを増していた。
「んっ、おはようです……」
化粧が終わったタイミングで、ちょうどミミナナが起きた。
「ルリララおねえちゃん、かわいいです!」
「そ、そうか?」
ミミナナはすごく興奮している。おもわずルリララも、もう一度手鏡で見直した。
可愛い、かな。
こんなにも自分の顔を、しげしげと見たことは彼女は無かった。
「ミミナナちゃんも、お化粧してみる?」
勿論ミミナナは首を縦に振った。
こちらの化粧もすぐ終わる。そして手鏡を見て喜んだ。
大好きなルリララとお揃いなのが嬉しいようだ。
「(……。)」
引っ付いてくる妹分を右腕に感じながら。
ルリララは手鏡に映った自分の顔をしげしげと眺める。
この顔を見て、エンレゥはどんな感想を述べるだろうか。
なんとなく、そんなことを考えていた。




