39話 異世界side 「バイトでもすっかな」
カン、キーン!
「うーん」
ガーン、ダスッ、ゴン!
ドカン、バス、グァン、バキ、ダン!
ダーン、グモッ、アー!
「うるさくて集中できねえ……」
そうぼやく優汰だが、そもそもこんな場所で読書している方が間違いだろう。
汗臭さが充満する、ここの正式名称は『勇者専用:修練施設』。
その名の通り、勇者が戦闘の訓練をする為だけでしか使用してはいけない施設だ。
日本でなら、税金の無駄遣いだと非難されるだろう。だがヨルテス教が浸透しているこの異世界では無問題だ。
「はぁー」
見ている方が疲れそうな溜め息を吐く優汰。いつものように異世界へと渡り、日課となっている鍛錬をこなす。
そんな合間の休憩時間。彼は雑誌を片手に、先程からずっとウンウン唸っていた。
「バイトでもすっかな……」
彼が読んでいたのはバイトの求人雑誌だ。マーカーで線を引いていく作業を、さっきから延々と繰り返していた。
というのも、ゲームセンターで散財した先月に引き続き、今月もまた予想外の出費が重なってしまったからだ。
両親からの仕送りは8日後。このままじゃ7日間断食だねー、と莉子は明るく言うが、笑って済まされる話ではないのは優汰も解かっている。
エリシアに渡れば食料は幾らでも調達できる。だがそれ以外の出費、例えば光熱費や新聞代などはきっちり支払わないといけない。とにかく手っ取り早く、まとまったお金が必要なのである。
「親はアレだし、保証人とかどうすっかな」
過去に巻き込まれた事件が原因で、両親とは今でも疎遠なままだ。
ちなみに優汰の両親は、今住んでいる中古の家から、県を3つ4つ跨いだ所に勤務している。息子である彼自身、ちゃんと把握していないようだが。
中二のときに県外に転居したせいで、頼れる親戚も近所には住んでいない。
「かといってヴァイスの魔法に頼るのもな」
イケメンで長身で美麗で銀髪で笑顔が爽やかで、しかし猛烈に鬱陶しくて小賢しい、とある魔法剣士の姿を頭に思い浮かべる。
攻撃以外の魔法もバリエーション豊かに習得しており、寧ろそれら魔法を用いた姦計のほうこそ長けている男だ。
彼なら偽札の類も作れるかもしれない。
思い返せば五島のときも、彼のお陰で事情聴取を受けずに済んだ。
まやかしの呪方で現場から優汰達の痕跡を消し、それが日本警察すら欺けるのは既に実証済みだ。
ほとんど犯罪紛いなので最後の手段だが。
などと考えていると。
「呼んだ?」
「だから気配消すの止めろ」
ニョキッと茸が生えてくるかの如く、イケメンで長身で美麗で銀髪で笑顔が爽やかな、ようするにヴァイスが出現した。
相変わらず無駄に豪奢なローブ姿で剣の修練をしていたようだ。
相変わらず服装にはこだわっていて、会うたびに違う格好をしている。
最近気付いたのだが、どうやらイヤリングや髪形も毎日工夫しているようだ。
全くもって、私生活が想像できない。
「ところでさっきからユーたんが読んでる本はなに?」
「バイト誌だよ」
バイトって何? と聞いてくるヴァイスに一応説明する。
「面白そう!」
当然のごとく目を爛々と輝かせて食いついてくるヴァイス。
お前は駄目だろと言いかけたが、なんでもかんでも否定から入るのは駄目だと優汰は考える。
「? なにユーたん」
ヴァイスの顔をじっと見つめる優汰。
そして想像する。はたして彼はどんな仕事が向いているだろうか。
彼の端麗な容姿なら間違いなく接客業だろう。少なくとも優汰が経営者ならそっちに配属させる。
レストラン、アパレル、居酒屋などなど。
脳裏に浮かぶどの職種でも、仕事中に女性とアドレス交換している場面しか想像つかなかった。
「なんでもない。それよか日本にまた来たいのか? 言っとくがバイトは禁止だぞ」
「しばらく用事があるから行けないんだ、ゴメンねー」
行けるんなら是非とも行きたいんだけどね、とヴァイス。
身分証明等々も、まやかしの魔法で何とでもなる。とは彼の弁。
もっとも何とかさせるつもりは無い。法律に触れている以上、魔法は便利だなあで済まされる問題ではないと優汰は考える。具体的には詐欺罪や公文書偽造罪など。
「何の話してんだ?」
ルリララが割って入ってくる。
彼女ならどんな仕事が向いているだろうか?
「? なあ、どしたんだ」
ルリララの顔をじっと見つめ、優汰はしばし悩む。
最も目を引くのはネコミミと尻尾だ。
それにしか意識がいかなくて、どうしてもメイド喫茶しか思い浮かばない。
CMで見た、そういう類のをルリララに当てはめてみる。
満面のスマイル。猫が甘えるようなポーズ。媚びるような声でお客様に向かってルリララが。
『にゃーん♪ お帰りなさいませご主人様。注文は、アタシですかにゃ?』
首を横に振った。絶対に無い、猛烈に似合わなすぎる。
あんまりなので別の職種も想像してみる。
彼女が得意としているのは勿論、直接戦闘である。
一見小柄なルリララが、大人の男をねじ伏せる姿はまさに圧巻だった。
あとこの間の遠征で知ったが、料理に見張りといったサポート能力も一級品だ。
作戦立案などのリーダー的な行動も彼女は得意としている。
そういったのを活かしやすい職業は。
他人の世話を焼くのが得意なら看護師、保育士とか。
チームワークを重視するなら警察官という選択肢も悪くない。体力があるんだし、いっそ格闘技のインストラクターというのもどうだろうか。
「優汰、アタシの顔になんか付いてるか?」
ルリララは怪訝な表情で彼を見上げる。いつの間にか凝視していたようだ。
いや別に、と言い訳しようとする優汰に、誰かが突然後ろから声を掛ける。
「ねえ優汰」
この声は莉子だ。
莉子ならどんな職業だろうと色々想像しながら振り返る。
「……」
「……?」
様子がおかしい。
ニコニコと微笑んでいるが、いつもの穏やかな雰囲気ではない。
むしろ凍てつくような殺伐とした空気を纏っている。
「どうしてルリララのほうをじっと見てるの?」
莉子の瞳から光が失われている。
温厚で包容力のある彼女は、それ以上に嫉妬深い。
たとえ注目した相手が友人であってもだ。
ようやく何故怒っているのか理解した。浮気するつもりは無かったが、結果的にそう受け取られてしまったことに焦り始める。
「あ、いや、これはその……」
弁明をしようとするものの、口下手な優汰は舌が回らない。
そんな彼ではなく彼女はルリララに歩み寄り、おもむろに抱きついた。
「ねえルリララ」
ネコミミに向けて、吐息を洩らすように囁く。
ギュっと力を込めた。爪が食い込む。
「り、莉子」
ルリララは、震えた声で問いただすが返事は無い。
莉子の陰に隠れた顔を覗き込む。その瞬間、ネコミミ少女の口から小さな悲鳴が漏れた。
「ヴァイス、模擬戦やろう!」
「お前ら逃げんじゃ」
ルリララの悲痛な叫びを背中に受けながらそそくさと逃げる。
「ねえルリララ、どうして優汰に注目されてたの? 優汰が魅力的なのは当然だけど、優汰は私の恋人なんだから。~~」
「待ってくれ、莉子っ、莉子―――!!!???」
とりあえず、履歴書でも用意するか。
現実逃避しつつ今日一日彼は、黙々と剣を振り続けた。




